(41)連携
「前方の敵艦隊に、エネルギー反応」
「各艦、隊列を確認せよ」
上下左右に等間隔に並んだ戦艦が、特殊なバリアーを張り巡らし、巨大な一枚板を形成する。
“スクラム”の利点は、エネルギー消費量のわりに強固なバリアーを広範囲に張れること。そして“スクラム”に隠れた艦の情報を、敵に知られにくくすること。実は攻撃するにも有利な盾なのだ。
欠点としては、行使のタイミングがずれると発動しないこと。そして隊列が崩れた瞬間“スクラム”が喪失すること。どちらの状況でも、味方の艦隊に大損害が出る。ゆえに、一度たりとも失敗は許されない。
VRゲームの成果は、やはり大きかったのだろう。やや悔しさを滲ませながらも、マモル・ザイゼンは認めていた。
もちろん実際の動きとは異なるが、重騎士部隊が一糸乱れぬ隊列を組み、一斉に特殊技能名を叫んで巨大な盾の一部となり、一撃で全滅すらありえる古代魔物の攻撃を防ぐという行為を、ザイゼン中隊に所属しているすべての艦長たちは、それこそ数え切れないほど経験している。
失敗した時の忸怩たる思いを、そして成功した時の快感を、全員で共有している。
だからこそ、ザイゼンは確信していた。
失敗などありえないと。
「“スクラム”展開!」
はたして、巨大な一枚盾は発現した。
バリアーがあるとはいえ、遥か前方から無数のレーザー砲が突き刺さってくる光景には寒気を覚える。
もっとも、戦艦部隊に所属する部隊長――タケシ・オオタ少佐、ケンタ・コスギ少佐、ゴロー・クマダ少佐などに言わせると、この光景がまたぞくぞくするらしいのだが、深くは聞かないことにした。
「味方の損害、ありません」
「よし!」
オペレーター主任であるアライ伍長の報告に、ザイゼンは思わず拳を握りしめた。
第一関門突破だ。
残念ながら、関門はこれから百以上も続くわけだが。
“スクラム”が発動した後も気が休まる時間はない。今度はすべての味方の部隊の行動に注意を払う。
「キタザワ隊、ザイゼン隊の後方につきました」
「サオトメ隊も、同じくザイゼン隊です」
「ヤナセ隊、ナツメ隊の後方につきました」
「ヤマウラ隊、オオタ隊についています」
「ハタナカ隊――」
艦橋内には、各部隊の動きを把握するために、ひとりずつ専用のバイオ・オペレーターが配置されていた。いわば第九十九艦隊のすべての動きを掌握しており、第二の頭脳とも呼べる役割を果たしているのだ。
敵艦隊の射線を見切り、“スクラム”の陰から出てレーザー砲を放った部隊に、すぐさま覆い被さる。高度な技術を要求される“スクラム”を展開させたままの部隊移動については、細心の注意を払う必要があった。
「集中せよ。レーザーの一本たりとも逃すな!」
「艦長。ザイゼン中隊の平均エネルギー残量は、九十四パーセントです」
副官のスミダ大尉が報告する。
各部隊は順番に戦線を離脱し、補給を行う。その行動順は本隊である旗艦ユウナギ号から指令が出るが、離脱や復帰のタイミングについては、現場の判断が必要だ。
ザイゼンは攻撃と防御のみに集中し、補給に関してはスミダ大尉に一任していた。
第四戦目のヒー艦隊は、初手から激しい攻撃を仕掛けてきた。おかしなことに駆逐艦や巡航艦の数が多く、艦隊の前衛を任されるべき戦艦の姿が見えないようだ。
完全に防御を捨てた撃ち合い。しかも“魔の矢”を使って特攻をかけてくる気配もない。
「……どういうことだ?」
「艦長。敵左翼部隊に動きがあります」
それは、第九十九艦隊の右側面を包み込もうとするような部隊行動だった。数の差にものをいわせて、半包囲網をとろうというのだろう。
「あ、シロ様より指示が出ました! オオタ隊、コスギ隊、ヤマウラ隊、ハタナカ隊にて敵左翼部隊の動きを牽制せよ」
アライ伍長が、どこかうっとりとした声で報告した。
隣にいるスミダ大尉の口元が歪む寸前、ザイゼンはそっと目を逸らした。
軍隊では互いを名前と階級で呼び合う決まりになっている。規律を乱す言動は、生真面目なベテラン副官であるスミダ大尉のもっとも嫌うところなのだ。
第九十九艦隊においては、トップのサダム・コウロギがあまりにもゆるいので、通信や艦長会議でも気安い呼び方が飛び交ったりするが、バイオ・オペレーターたちは、副艦隊長のシロ准将のことを最上級の敬意を込めて“シロ様”と呼んでいた。
理由を聞くと、電脳制御との同調が、あまりにも完璧で美しいからだという。
自分たちでは束になっても、彼女の足元にも及ばない。その言葉を聞いて、ザイゼンは驚いた。バイオ・オペレーターたちは総じてプライドが高く、階級差があっても容易には従わない。このような発言が飛び出してくるとは思わなかったのである。
「オオタ隊、コスギ隊は独自の判断にて行動するように」
ザイゼンが命令を下すと、追加の指令が入った。
「シロ様からです。ザイゼン隊は、キタザワ、サオトメ両隊の動きに注意せよ」
「……」
きりきりと、胃が痛んだ。
◇
ダイキ・キタザワは、感性の男である。
戦艦部隊のように一糸乱れぬ隊列を組んで “スクラム”を発動させたり、敵の攻撃をじんわりと耐え忍んだりという行為には、まるで魅力を感じなかった。
鮮やかで華やかな活躍をしたい。
ゆえに彼は、小回りの効く駆逐艦部隊で戦場を駆け回り、隙を見ては敵艦隊に突撃する行為を好んでいた。同僚のシュウ・サオトメに言わせると、「ネジが五、六本外れている」とのことらしい。
「うぉおお、敵さん、元気だなぁ」
『うん。ほとんどバリアーを張っていないみたい。どういう艦隊なのかしら?』
甘ったるい声で考察したのは、ダイキが手塩にかけてカスタマイズを施したロボット副官である。アニメ声で言葉遣いも人間に近い。気遣いもできる。ただ残念なことに、ソフトウェアに金をかけすぎたせいか、姿形は標準スタイル――やかんとタライをくっつけたような、無骨なブリキのおもちゃのままだった。
「撃ち合いなら負けねー、と言いたいけれど」
VRゲーム“七種族幻想物語”における軽戦士部隊の役割は、玉砕覚悟の突撃ではない。単位時間あたりのダメージ量――DPSを稼ぐことにあった。
それはそのまま、第九十九艦隊の方針でもある。
“差し合い”の距離では、へたに動くことはできない。血気盛んなキタザワ隊としても、敵の射線を見切りつつ“スクラム”の陰から顔を出しては、ちまちまと長距離レーザー砲を撃つしかなかった。
「いっそのこと、“魔の矢”で突撃してくれねーかなぁ」
そうすれば突撃して近距離から魚雷ミサイルで派手な戦果を上げることができるのだが。
ダイキの願いが届いたのか、戦闘開始から四十分後、じりじりと“スクラム”から飛び出るタイミングを窺っていたキタザワ隊に、転機が訪れた。
ヤナセ隊からの波動粒子砲に続いて、
『ダイキ君! 本隊から、ものすごいスピードで――』
本来であれば「お兄ちゃん」と呼ばせたいところだが、さすがに軍務規定に抵触するようだ。名前で呼ばせるのが精一杯だった。
『トンシ丸だぁ。すっごい!』
サダム・コウロギが、アニマ軍から拿捕した奴隷船である。
特殊なカスタマイズを施された光速巡航艦は、目を疑うようなスピードで敵艦隊の側面に突き刺さると同時に、すべての魚雷ミサイルを全方面に向けて発射した。
まさに、玉砕覚悟の特攻だ。
思わぬ攻撃を受けた敵艦隊は、一瞬攻撃の手を止め、状況確認に奔走する。
その気配を、ダイキは察知した。
「突撃する!」
トンシ丸とは別の方向に弧を描きながら、敵の逆側面を衝く。
その動きを、近くにいた同期の部隊長は見逃さなかった。
◇
『焦ることはありません、シュウ。あなたは、やればできる子です』
「分かっている。心配はいらないよ」
落ち着いた女性のハスキーボイス。時には教師のように厳しく、時には母親のように優しいAI副官。
だがしかし、ソフトウェアのカスタマイズで資金が尽きたため、残念なことに姿形はブリキのおもちゃのままだ。
「オレは、焦ってなどいない」
シュウ・サオトメは、前髪を指先に絡ませた。
彼が率いる部隊は、波動粒子砲を備えた艦が多い。おもに中距離から放たれるその威力は絶大で、並みのバリアーであれば、艦艇ごとぶち破ることができる。
問題点は命中率が低いことと、射撃後に急激にエネルギーを消耗すること。
敵であれ味方であれ、軍艦乗りであれば誰もがその欠点を理解しており、すぐさま反撃のレーザー砲が襲いかかってくる。
自力でかわすか、他の部隊に守ってもらうか。そのあてがない限りは、迂闊に発射の指示を出すことはできないのだ。
だがここに、例外がいた。
やや離れた位置にいる別の部隊から、明らかにレーザー砲とは出力の桁が違う光の束が放たれ、敵艦隊に突き刺さった。
数瞬後、いくつかの光の粒が生まれる。
「ヤナセ隊か」
『……そのようね』
カスミ・ヤナセ少佐。
VRゲーム“七種族幻想物語”ではともに弓使い部隊を、そして現実世界では、これまた同じく中距離攻撃をメインとする砲撃部隊を率いている。
いやでも自分と比較せざるを得なかった。
彼女は射撃に関する天賦の才を持っていた。“古の氷竜”を始めて撃破した時も、その角にダメージを与えて硬直時間を稼いだのは彼女の弓矢だった。そして艦隊戦においては、部隊内の照準を完全掌握して、有効射程外から遠慮なく波動粒子砲をぶっ放す。
その精度は、撃つたびに上がっているようだ。
『敵の反撃は、ナツメ隊が防いだようだわ』
ヤナセの親友である戦艦部隊の小隊長、マオ・ナツメ少佐との息の合った連携は、まさに攻防一体といえる。二人は独自の戦闘スタイルを確立しており、第九十九艦隊に大きな戦果をもたらしていた。
『シュウ』
「分かっているさ」
自分にはカスミ・ヤナセほどの砲撃のセンスはない。そのことをシュウは自覚していた。前回の戦闘ではこちらも対抗しようと無理な行動を起こそうとしたところで、光通信による注意を受けた。
ぼんやりしているようでいて、観察眼の鋭い艦隊長だ。
「どのみちこの距離では、決定的なダメージは与えられない。戦況が動くまでは――」
『シュウ!』
艦橋内のディスプレイに表示されている小さな光源。それは味方のとある艦艇を表していた。明らかに目立っていたのは、光の尾を引きながら、他の光とは段違いのスピードで動いていたからだ。
突如として本隊から飛び出してきたその一隻の艦艇は、敵どころか味方の意表すら突いた。弧を描くようにして、敵艦隊の側面に突き刺さる。
「ここだ!」
あいつは必ず動くと、シュウは確信した。
「突撃準備」
『進路の指示を』
「必要ない。ダイキがやる」
『え?』
「ザイゼン隊に連絡。オレたちに続け!」