(4)万獣将
アニマ軍の万獣将たるバロッサ提督は、猛将として知られていた。
茶褐色の毛並みの堂々たる体格、分厚い耳と太い尻尾。そして獰猛そうな牙。
その姿を見、声を聞いた者は、敵味方を問わず震え上がると言わしめた、歴戦の軍人であった。
彼の乗艦は、戦艦ゲルニカという。
一対一で正面から対峙すれば、どんな相手でも木っ端微塵に叩き潰すことができる、攻撃特化型の巨大戦艦だ。
「メインエンジン停止確認」
操舵士からの報告を受け、副官が告げた。
「バロッサ様、ゲルニカの個人宙港への着艦、完了しました」
ブリキの玩具のようなロボフクとは違う。アニマ族に近い姿形をした、高性能アンドロイドの副官だ。
「うむ」
バロッサは艦長席から立ち上がると、大声で命令した。
「オレ様は部屋で休む。何があろうとも起こすな。緊急連絡も禁止だ!」
艦橋内にいたすべてのアンドロイドが立ち上がり、敬礼した。
「お前たちは、保管庫にある“まねき猫”を艦内に積み込んでおけ。作業は慎重にな」
「はっ、了解しました」
気難しい顔で副官に命じてから、バロッサは大股歩きで艦橋を出て行く。
廊下を進み、艦長室に入ってひとりきりになると、バロッサはぷるぷると両肩を震わせた。
「……ついに」
鋭い牙をむき出しにして吼える。
「ついに来たか、オレ様の元へ!」
部屋の中央には大きな荷物が置かれていた。棺桶のような直方体で、しっかりと梱包されている。
荒々しく包装を外すと、中からカプセルが出てきた。
「はっ、はっ、はっ」
自然と呼吸が荒くなる。
戦場では無類の豪胆さを誇る猛将バロッサだが、彼には誰にも知られていない一面があった。
それは、アンドロイドの収集癖だった。
彼の船には副官だけでなく、操舵士、通信士、射撃士、整備士など多くの乗務員がいるが、そのすべてを高性能アンドロイドが担当していた。
強く、賢く、美しく、しかも従順。
戦艦ゲルニカは、まさにバロッサ好みの王国なのだ。
そして今回、彼は禁断のバイオロイドに手を出した。
これまで密かに懇意にしていた業者のつてを使って、裏ルートの転送便で届けさせたのだ。
「おおう。なんという毛並みよ!」
カプセルの中に横たわっていたのは、見事な白い体毛を持つアニマ族の少女だった。
身体的な特徴としては、骨格が金属炭素、内臓、循環器類はすべて機械、筋肉は強化繊維、皮膚、体毛、血液などは有機物で構成されている。
これまでのアンドロイドとは違って、触れれば暖かいはず。
また、脳髄に関してはハイブリッドで、生体部位と集積回路が組み合わさっている。
生物と機械の得意分野を共存させたような存在であり、AIと同等の演算能力に加えて、豊かな感性を有している。
性能もすごいが、価格はまさに桁違いであった。
新造戦艦をまるごと十隻ほど購入できるほどのクレジットを注ぎ込んで、バロッサはこのバイオロイドを手に入れたのだ。
「で、では。神聖なる起動の儀式を執り行う」
まさに至福の瞬間。
誰にも邪魔をされたくはない。
だからこそ彼はわざわざ休暇をとり、巨大な氷の塊をくり抜いて建造した個人宙港に身を潜めつつ、さらには乗務員たちに命じて邪魔をさせないようにしたのである。
この起動の儀式に比べれば、“招き猫”の積み込み作業など、瑣末な仕事に過ぎない。
「うん?」
バロッサは知らなかった。
彼が個人宙港を建設した氷の塊に、“物体X”などという名前をつけた不届きなロボット副官がいたことを。
そして“物体X”との衝突を必死に回避しようとしたヒューマル族の新任艦長が、ありったけの魚雷ミサイルを発射したことを。
「今、揺れなかったか?」
次の瞬間、巨大な爆発に巻き込まれて、バロッサ万獣将は消し飛んだ。
◇
駆逐艦ユウナギ号が探知した金属反応は、戦艦ゲルニカの残骸であることが判明した。
『艦長はバロッサ万獣将。この階級は、ヒューマル軍では大将に相当します』
何故このような情報が判明したかいうと、種族を問わずすべての宇宙船に搭載が義務付けされている認識球のおかげだという。
これは宇宙船の核となる電脳制御が完全に停止した時に初めて起動する装置で、船の基本情報と撃沈する直前の情報が記録されている。
また、この認識球は、独自のAI機能を有しており、自分の船を撃沈させた相手の情報を収集し、GRネットワークに自動発信する。
「GRネットワークって?」
『銀河系最大の情報通信ネットワークです。運営主体は、マシナリー族が経営する配達企業連合、ギャラクシー・レイン・デリバリー・カーテル――通称GRDCです。GRネットワークの軍事利用については、七種族間協定によって制限されており、たとえば戦闘行動中においては、座標点を確定するための基準点情報と認識球情報以外は利用できません』
サダムはため息をついた。
「偶然とはいえ、不運だったなぁ」
戦艦の中にいた艦長と、その乗務員のことである。
「生存者はいないのか?」
『爆心地の熱と水蒸気により、生体反応を計測することはできません』
「しばらく待ってから捜索しよう」
宇宙空間へ放出された水蒸気は一気に冷え固まる。
三時間後、ようやく視界がクリアになった。
“物体X”は十分の一ほどが削れていた。ユウナギ号に搭載されていた魚雷ミサイルをすべて撃ちつくしてしまったが、かなりの破壊力である。
クレーター状にえぐられた表面に、わずかに艦の形を残した金属の塊、戦艦ゲルニカの残骸が埋もれていた。機能は完全に停止しており、熱源や電磁波などは確認できない。
ユウナギ号はスラスターを駆使して、ゲルニカに接近した。
『どうやら“物体X”は、軍宙港だったようです。調査艇を出しますか?』
「ああ、頼む」
ユウナギ号から無人の小型調査艇が発進する。
戦艦ゲルニカのどてっ腹に開いた大穴から進入し、様々なセンサーを駆使して内部を探索する。
この船にはレーザー・メスが装備されており、障害物を切断しながら進むことができる。
戦艦ゲルニカの内部探索によって発見されたものは、幾つかのアンドロイドとおぼしき残骸と、奇妙なカプセルだった。
調査艇がユウナギ号に映像を送る。
カプセルの中にはアニマ族らしき人物が横たわっているようだ。
「生存者か?」
『生体反応がありません。おそらく死体でしょう』
とりあえず持ち帰ることにした。




