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(39)差し合い


 ヒューマル軍第九十九艦隊とデモリア軍ハドゥ艦隊の戦いは、ごく平凡な形で始まった。

 それは、有効射程ぎりぎりの距離で正対せいたいし、レーザー砲を撃ち合うというものであった。

 俗にいう“差し合い”である。

 戦闘に参加する軍人たちにとって、これは一種の博打バクチとも言えた。

 レーザー砲を撃っている間は、バリアーを張ることができない。その隙に攻撃を受けたならば、防ぐ手立てはない。

 このタイミングには、艦を操る艦長のセンスや経験が大きな影響を与えると考えられていた。

 敵の陣形や艦の種類を見極め、砲撃のタイミングと射線を見定め、確実に防御し、適確に攻撃する。

 攻撃方法にも幅がある。大出力の“溜め撃ち”で一撃必殺を狙うか、低出力のレーザー砲の連射で敵を蜂の巣にするか。攻撃的な艦長であれば、バリアーの出力を減らして積極的に攻撃の機会を窺うだろう。臆病な艦長であれば、大出力のバリアーを張って、慎重に攻撃のタイミングを窺うだろう。

 その割合に、艦隊の個性が現れるという。

 ハドゥ艦隊の個性はというと、


『全軍、慎重に行動せよ!』


 ハドゥはロボット副官を通じて、全艦艇に光信号を飛ばした。

 艦隊のポリシーとしても、防御力やバランスを重要視しており、攻撃に特化した艦は少ない。

 いわば、肉体も精神も“受け”の艦隊であった。

 守りを固めつつ、ハドゥは第九十九艦隊のポリシーや艦隊長の個性を慎重に見定める。

 敵艦隊は、遠慮なく――というよりは、まるで自暴自棄になったかのように、大出力のレーザー砲を撃ちまくっていた。

 守りを旨とするハドゥ艦隊とは、相性のよい相手だ。

 こちらはバリアーで防ぎつつ、相手が息切れしたところで反撃すればよい。

 だが、戦闘開始から約三十分。

 敵の攻撃は一向に弱まる気配を見せなかった。


「どういうことだ?」

『分かりません』


 確度の高い情報や意見がない場合、そう答えるようロボット副官のAIにはカスタマイズが施されている。


「これでは、躾のなっていない野良犬ではないか」


 勇気ではない。闘争心でもない。

 それは、恐れや怯えから生じる蛮勇のように思えた。


「敵のエネルギー残量は、急激に消耗しているはず。それまでは、防御して耐えるのだ」


 敵の艦隊長は攻撃的な個性を持っていると、ハドゥは判断した。しかし光学映像を見る限り、こちらの攻撃がまるで効果を上げていないように思われる。


「敵味方の損害状況を報告せよ。数だけでよい」

『はい。現時点における確定認識球(ナンバーズ)情報を報告いたします。敵艦隊の損害、三隻。味方艦隊の損害、四十五隻』


 情報分析専門のロボットAIが報告が、あまりにも淡々としていたので、ハドゥが驚くまでにひと呼吸の時間が必要だった。


「……なんだと?」


 その時、巨大な光の柱がハドゥ艦隊の右翼を貫いた。

 ロボットAIが追加報告する。


『敵艦隊からの波動粒子砲による攻撃です。戦艦バグツ撃沈。巡航艦スーデル大破。これで、味方艦隊の損害は四十七隻となりました』

「ちぃ!」


 巨大な砲門から撃ち出される超出力のレーザー砲による攻撃だった。デモリア軍では魔撃砲と呼ばれている。

 一般的に波動粒子砲の有効射程は、通常のレーザー砲よりも範囲が狭い。出力は大きくても、命中精度に難があるためだ。むろん、魚雷ミサイルの射程よりは遥かに広いが、“差し合い”の距離で命中させるのは、神業に等しい。


「撃ち返せ!」


 波動粒子砲を使うと、一時的にエネルギーが枯渇し、バリアーが弱まる。そこを狙うのは艦隊戦の常識であった。


『敵損害、ゼロ』


 ハドゥは目を剥いた。


「どういうことだ?」

『分かりません』


 不可解すぎる。

 唯一考えられるとするならば、防御特化のポリシーと攻撃特化の個性を併せ持つ艦隊……。


「馬鹿な」


 そんな矛盾を抱えた艦隊など、存在するはずがない。



     ◇



 シロが報告した。


「ナツメ隊による“スクラム”の発動を確認。ヤナセ隊に損害はありませんでした」


 カスミ・ヤナセ少佐は、VRゲーム“七種族幻想物語セブン・トライブズ・ファンタジー”で弓使い(アーチャー)部隊を率いていた。第九十九(ツクモ)艦隊では、波動粒子砲を多く備えた砲撃部隊を率いている。時おり長距離でも命中させるという反則技の持ち主だ。

 また、マオ・ナツメ少佐は、マモル・ザイゼンが統括する戦艦部隊の小隊長である。身体を鍛えることが趣味らしく、暑苦しい戦艦部隊の男たちの中に混じって、日々ウェイトトレーニングに勤しんでいるらしい。

 性格も趣味も正反対の二人は同期で仲がよく、ゲームの中でも現実でも、互いに助け合いながら大きな戦果を上げていた。

 ヤナセ隊より短距離用の光信号が発せられ、ナツメ隊が返す。“ありがとう”、“どういたしまして”の合図だろう。


「いいコンビだねぇ」


 嬉しそうに頷くサダムに、シロもまた同意した。


「はい。ヤナセ少佐が波動粒子砲を撃つタイミングを、ナツメ少佐は完璧に把握しているようです。本人曰く、野生の勘とのことですが、意味は分かりませんでした」


 連携しているのは二人の部隊だけではない。攻撃特化の駆逐艦部隊が最大出力でレーザー砲を撃ち、その直後に防御特化の戦艦部隊が覆い被さる。しかも、敵に的を絞らせないよう互いに位置を変えながらだ。

 いわば身をかわしつつ、盾と剣を同時に使っているようなもの。


「う〜ん。カスみんに触発されたかな? シュウがちょっと突っ込みすぎ」

「命令である。サオトメ隊、後退せよ」


 補助席のダェンは、瞠目どうもくしていた。


「なん、なのだ。この艦隊運動は?」


 いや、そもそも()()は、艦隊運動といえるのだろうか。

 それぞれの部隊が好き勝手に行動している、ように思える。旗艦ユウナギ号の艦橋ブリッジにいるサダムは、ドーム型ディスプレイで戦況を観察しながら、簡単な指示を行うだけ。

 艦隊運動とは、攻撃、防御、移動という基本三行動を、旗艦からの命令をもとに全艦艇が実行することだ。これが乱れてしまうと、後方から味方を誤射したり、味方同士で衝突したり、艦隊からはぐれたりする。ゆえに意思の発信、受信確認、行動、微調整というサイクルを、徹底的に訓練する。

 そのための光通信のはずだ。

 挨拶を交わし合うようにちかちかと瞬かせるものでは、断じてない。

 ダェンの中にある用兵の常識は、木っ端微塵に砕かれいた。

 第九十九艦隊は、機能している。驚くべきことに遊軍が存在しない。強いて挙げるならば本隊くらいのものだ。

 数の上での不利を、すべての部隊が全力を尽くすことによってくつがえしている。

 しかしと、ダェンは考えた。

 すべての部隊が全力で攻撃し、全力で守り、全力で移動する。

 このような行動は、長くは続かないはずだ。

 すぐに――



     ◇



「すぐに、限界がくるぞ!」


 ハドゥもまた、感じとっていた。

 状況は不明瞭ふめいりょうだが、第九十九艦隊が大出力のレーザー砲と大出力のバリアーを、宇宙空間に気前よく放出しているらしいことは確かだ。

 ならば、


「防御を固めろ。耐え切れば、我々の勝ちだ!」


 しかしハドゥの確信は、時間の経過とともに徐々に溶け出し、焦燥へと変わっていった。

 一時間後。


『現時点における確定認識球(ナンバーズ)情報を報告いたします。敵艦隊の損害、十二隻。味方艦隊の損害、三百七十隻』


 敵の攻撃の激しさはいささかも衰えない。逆にこちらが防御に徹したことにより、波状攻撃を仕掛けてくるようになった。


「どういうことだ? 何故エネルギーがもつ」

『分かりました』

「えっ?」


 情報分析専門のロボットAIが報告が報告した。


『敵艦隊から百隻単位の部隊が、戦場を離脱しては、再び戻ってきます。後方支援の部隊から補給を受け、然るのちに戦線に復帰しているのです。でなければ、エネルギー計算が合いません』

「補給を受けつつ、戦闘行為を行なっている、だと? そんな、ことが」


 ぞっとするような寒気とともに、ハドゥは理解した。


「これが、奴らの仕掛けか!」


 ダェン艦隊とゾリグ艦隊が敗れ去った理由。


「我が艦隊のエネルギー残量は?」

『約七十四パーセントです』


 ロボット副官が答えた。

 大出力のバリアーを継続して張り続けたことが、思わぬ消耗に繋がった。このままでは、いずれ戦線を維持することができなくなるだろう。


「戦闘継続可能時間は?」

『現状のまま推移しますと、約四時間十三分です』


 圧倒的な物量――いや、エネルギー量作戦。

 ダェン艦隊とゾリグ艦隊も、この罠にかかった。

 “魔の矢”などではない。

 むしろ逆。

 守りを固めたことで、彼らは敗れたのだ。

 これだけ激しく砲撃が飛び交う戦場で、補給をするわけにはいかない。一時的に無防備な状態になるし、補給艦を狙われてしまえば、戦闘どころか帰還することすら困難になるだろう。

 ハドゥは戦術の変更を余儀なくされた。



     ◇



「敵艦隊、前進してきます」

「全艦隊、後退!」


 嬉々として、サダムは指示を出した。

 シロの報告によれば、こちらが優勢らしい。ならば、現状維持で正解のはず。

 それにこういった指示は、艦隊長らしくもあった。

 第九十九ツクモ艦隊では、VRゲーム“七種族幻想物語セブン・トライブズ・ファンタジー”の戦い方を取り入れている。

 すなわち、部隊単位で考え、独自に行動すること。

 大規模集団戦闘――いわゆるメガ・レイドでは、たったひとりのミスが、全員の死に直結する。古代魔物レイド・モンスターの行動パターンはある程度決まっているとはいえ、その難易度と責任の重さは、時として軍人でさえ震え上がらせるほどだった。

 全員が一丸となって同じ行動をとることはない。

 そして“キング”という職種を持つサダムは、みんなの戦いを見ているだけだった。

 それは、現実世界での艦隊戦でも同じだった。

 ほとんど見ているだけ。

 自分だけ“戦争”をしていないことに彼は不満を感じており、艦隊長の指示によりすべての艦が同じ動きをとるという、()()()()艦隊運動に対して、皮肉にも憧れに似た感情を抱いていたのである。

 ダェン艦隊やゾリグ艦隊との戦いのように乱戦になってしまえば、手出しはできなくなる。

 だがこの距離での“差し合い”ならば、別だ。


「はいはい。ダイキが遅れてるよ」

「キタザワ少佐、何をしている。速やかに攻撃を中止し、後退せよ」

「あ、そうだ。後ろにいるリンにも連絡しておいて。同じ距離だけ後退するようにって」

「了解しました」

「シロ。オレ、艦隊長してるよな?」

「はい! 完璧です」


 整然と後退する第九十九ツクモ艦隊に対して、ハドゥ艦隊は警戒するように動きを止めた。


「敵艦隊、後退します」

「じゃ、こっちは前進」


 じりじりと距離を詰め、有効射程を確保する。


「敵艦隊、前進します」

「後退、後退」


 ハドゥが戦術を変えたことを、ダェンもまた理解した。

 確かに、このまま“差し合い”を続けても戦況は覆せないだろう。エネルギー残量の問題もある。

 短期戦で決着をつけるならば、近距離からの魚雷ミサイルによる攻撃しかない。

 そのための、これは下準備だ。

 ハドゥ艦隊が近づけば、第九十九ツクモ艦隊は後退する。

 ハドゥ艦隊が遠ざかれば、第九十九ツクモ艦隊は前進する。

 この時、第九十九ツクモ艦隊の各部隊長たちも多少混乱していた。ヤマさんことジロー・ヤマウラ中佐より、意見具申の要望が光信号によって届けられたが、シロが封殺した。

 

『控えよ。銀河最高の英雄たるサダム・コウロギ閣下の御心みこころを惑わすことは、敵に利する行為である』


 この時、シロが要望を聞き入れていれば、ヤマウラ中佐はダェンと同じ見解を述べたことだろう。

 すなわち、敵の動きは陽動であると。


「敵艦隊、後退します」

「またか」


 何度目かの往復運動。

 だがこの時、敵艦隊の動きが変わった。


「艦長。ハドゥ艦隊が、密集しつつ突撃してきます!」


 見事なタイミングだと、ダェンは思った。

 引くと見せかけて、敵が前進してきた瞬間に突撃する。

 同じタイミングに慣らされた敵は、反応が遅れる。

 “揺り動かし”。

 古くからある戦術ではあるが、実際に行われると、即座に対応することは難しい。経験の少ない艦隊であれば、なおさらである。


「ちょ、ちょっと待った!」


 サダムが情けない言葉を口にした。

 戦争はボードゲームではない。自分が不利になったからといって、進めた駒を戻すことはできないのだ。


「やばっ」


 陣形を整えたハドゥ艦隊が、全速力で突撃してくる。

 その勢いに押されて、第九十九(ツクモ)艦隊の前衛である戦艦部隊が切り裂かれた。

 いや、違う。

 部隊単位で、回避行動をとったのだ。


「マリモ機雷、ほーしゅつ」


 頬杖をつきながら、サダムがため息つく。


「あ……」


 ダェンは間の抜けた声を出した。

 次の瞬間、ドーム型ディスプレイに無数の光の粒が瞬いた。


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