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(37)艦長投票


『ところでさ』


 ダイキが発言した。


『タチバナ少佐は、何で死にそうになってるんだ?』

『あん?』


 髪はぼさぼさ、目の下にはクマを作っている。頬杖をついて不機嫌そうにしていたリン・タチバナは、ぎろりと目を釣り上げた。


『……みんな、物資使いすぎ』


 心なしか、部隊長たちが身じろぎした。


補給部隊うちらはなぁ。戦闘中も戦闘後も、不眠不休で積み込み作業やってんだよ。まったくどいつもこいつも、たった一時間でミサイル撃ち尽くすか? 普通』


 軍事要塞マスラオから、ほぼ無尽蔵に補給物資を引き出せるとはいえ、このような使い方は戦闘シミュレーションでも行なったことはない。弾やエネルギーが切れてしまえば、敵を攻撃するどころか、自分の身を守ることすら難しくなるからだ。ある意味、この二回の戦闘でもっとも仕事をしたのは、リンが率いる補給部隊とも言えた。


『……ふっ。もっとだ』


 リンは無理やり、にやりと笑った。


『もっとだよ。どんどん使え。私たちが、いくらでも補給してやるから。だから、遠慮なんかするんじゃねぇぞ。デモリア軍の土手っ腹に、大穴を開けてやれ!』


 一瞬静まり返ったドーム型ディスプレイが、沸き返った。リンの男気を讃えるコメントで埋め尽くされたのだ。


『ようし、やってやる!』

『ああ。補給部隊にそこまで言われてはな』

『ったく、新人のくせに。頼りになる野郎だぜ』

『私は、女だ!』


 次の戦闘にしても、敵の数は倍。さらには敵艦隊が合流してしまえば、その数は四倍にもなる。だというのに、若き部隊長たちも艦長たちも、恐れる者は誰もいなかった。

 高揚感渦巻く艦橋ブリッジの中で、ただひとりダェンは呆然としていた。艦隊とはその指揮をとる上級魔士のもの。勝利の栄光も敗北の屈辱も、ただひとりが背負うべきもののはず。

 部下が意見を具申し、それを取り上げることはあったとしても、決して舵をとらせることはない。

 だというのに。

 まるでマグマの噴火のように、足元から戦いの意思が噴出している様子は、彼にとって価値観の破壊に等しい衝撃だった。


「お前たちは、こうやって互いに士気を高め合い、私の艦隊を打ち破ったというのか……」


 思わず呟くと、サダムは困ったような笑顔を浮かべた。


「いやぁ。最初はみんな真面目だったんだけどね。ダェン君の艦隊に勝ってから、たがが外れちゃったみたいで」


 帽子のつばの陰から、ドーム型ディスプレイをじっと見上げる。


「……これじゃあ、誰が主役かわからないよね?」


 これまでの戦いの振り返りが終わり、今後の話となる。

 シロが解説した。


「現在、我々はこの位置にある」


 ワビスケ星系を取り囲むオールトの雲の、すぐ外側。


「そして今から四十五分前と、二十分前に、さらなる敵がワープアウトしてきた」


 宙域地図スペースマップに、赤色の凸型マークがふたつ表示された。ひとつは星系内、岩石地帯の近く。そしてもうひとつは第九十九ツクモ艦隊と同じく、星系外――しかし、恒星ワビスケの反対側であった。

 ハタナカ中佐が挙手した。


『発言してもよろしいでしょうか』

『許可する』


 第九十九(ツクモ)艦隊がダェン艦隊とゾリグ艦隊を打ち破ったことは、認識球ナンバーズ・ボール情報によって、他のデモリア軍にも伝わっているはず。だが、どのようにして破ったかのは分からない。


『どちらの艦隊と戦うとしても、敵は“魔の矢”を行使してくる可能性が高いと考えます』


 ハタナカ中佐の予想は、他の艦隊長たちにとっても頷けるものであった。

 調子に乗ったダイキが拳を突き上げる。


『そんな戦術、返り討ちだぜ!』

「……そう、うまくいくかな?」


 落ちついた声で疑問を呈したのは、サダムであった。

 部隊長全員の視線が――実際のところは、それぞれの鑑の艦橋ブリッジで映像を見ているだけだが――集中する。


『何か、気になることでもあるのか?』


 シュウが問いかける。


「デモリア軍だって、馬鹿じゃない」


 普段の気安い感じではない。

 まるで優秀な若手将官のような毅然とした感じで、サダムは自らの見解を述べた。


「二度の敗北で、彼らは疑念を抱いているはずだ。そして、敵の戦術を見破ることはできなくても、味方の戦術であれば別。ダェン艦隊とゾリグ艦隊はどのようにして戦ったのか。彼らの予想の中に、“魔の矢”がないはずはない」

『……』


 予想外に説得力のある言葉に、お調子者のダイキでさえ、口をつぐんだ。


『つまり、戦術を変えてくる可能性があると?』


 ハタナカ中佐の問いかけに、サダムは首を振った。


「それは分らない。だが、これまでのような戦い方では勝てないと思う」

『どうしたの、団ちょー。そんな深刻な顔して。いつもはいるかどうかも分かんないくらい、軽い感じなのにさ』

「ヒイラギ少佐」


 サダムはじっと見つめ返した。


『な、なに?』

「君も知っての通り、戦争はVRゲームとは違う。敵はプログラムに沿ったパターンでは攻撃してこないからだ」


 部隊長たちは黙りこくり、コメントさえもなくなった。

 そんな空気を払拭ふっしょくするかのように、サダムは微笑んで見せた。


「だから、こちらも全力を尽くす必要があると思う」

『全力ったって……』


 自分が調子に乗っていたことを反省するかのように、ダイキが真顔になった。


『今だって、そうじゃねぇか』

「いや、まだ力を残している」


 サダムは艦長席から立ち上がった。

 生死をかけた戦いに身を投じていながら、絶えず戦艦部隊の陰に隠れ、バリアーを優先して大出力のレーザー攻撃を控え、逃げのびようとする敵を追撃さえしない部隊。


「本隊さ」


 サダムは艦長席の隣にある、球体ディスプレイに手をついた。そこに映し出されているのは、駆逐艦ユウナギ号の姿だった。


「旗艦を含めた本隊も、一部隊として戦いに参加する」

「か、艦長!」


 たまらず、シロが叫んだ。


「危険です。艦長の御身にもしものことがあれば、取り返しがつきません!」


 部隊長たちもこぞって反対した。

 本隊が被害を受けて指揮が取れなくなったら、第九十九ツクモ艦隊は瓦解する。そもそも旗艦自らが戦闘に加わるのは、周囲に味方がいない時だけ。つまり旗艦が戦っている状況は、負けに等しいのである。


『それに、お前の艦は駆逐艦だろう? 防御力に難があるし、乱戦じゃ“ファントム”だって使えない』


 シュウの発言に、サダムを除く全員が頷いた。

 艦隊の旗艦といえば、いわゆる戦艦だ。巡航艦や駆逐艦に比べて加速性能は劣るが、防御力やレーザー兵器の出力、そして魚雷ミサイルの搭載容量などが大きく、長期間戦い抜ける機能を有している。

 実際、第九十九ツクモ艦隊が発足した時に、艦隊長として相応しい艦に乗り換え下士官を追加するよう軍上層部より打診がなされていたのだが、面倒くさいからとサダムは断っていた。

 また、駆逐艦ユウナギ号には九機のオプション・システム――“ファントム”が搭載されているが、自立可動式のこの特殊な兵器は推進力が弱く、部隊単位で急加速、減速を繰り返す第九十九ツクモ艦隊では役に立たない。

 まさに無用の長物なのだ。


「集中砲火を受けたら、巨大戦艦や空母だって沈むよ」


 サダムは意に介さなかった。


「二度に渡る戦いで、各部隊は戦いに関する多くの経験を積んだと思う。それは喜ばしいことだ。だがこのままでは、仮に総力戦になった場合、経験の少ない本隊が足枷になりかねない。敵の弱点を突くことは戦術の初歩。であるならば、動きの悪い本隊を、敵は見逃してはくれないだろう。すべての部隊に等しい練度が必要なんだ」


 謎の説得力により反論が途絶えた。


『おい、ザイゼン』


 リン・タチバナが、苦々しい声で言った。


『本隊が攻撃に参加すると、戦艦部隊の動きにも影響が出るぞ。いいのか?』

『……』


 この艦長会議で、マモル・ザイゼンはひと言も発言をしていない。そんな余裕がなかったのだ。

 彼はリン以上に疲れ切った顔をしていた。目は窪み、頬はこけ、げっそりとやつれている。


『自分は、別に。ただ与えられた仕事を、こなすだけ……』

「ザイゼン少佐」


 琥珀色の目が、見開かれる。

 小首を傾げるようにして、シロはザイゼンに告げた。


「仮に、“スクラム”の発動ミスなどにより、本隊に損害が出た場合、貴官に弁明の余地はない。たとえ戦闘中であろうとも、すぐさまスペースカロ――」

『断固反対でありますっ! 旗艦あっての本隊、本隊あっての艦隊。軽々しく動くべきではないと小官は愚考いたします!』

「シロぉ」


 サダムはシロの頭を撫でた。


「か、艦長」

「オレがこの提案をしたのは、シロがいるからさ」

「え?」


 にこりと笑い、頷く。


「シロがいてくれるから、オレは全力で戦えるんだ。それに、たとえこのユウナギ号が撃沈したとしても、オレたちは最後の瞬間までいっしょだ。そうだろう?」

「――っ!」


 ビビビッと、白い毛並みが逆立つ。

 感極まったかのように、シロは全力で敬礼した。


「はっ! このシロ、命に代えましても、サダム艦長をお守りいたします。そして仮に――万が一のことがあったとしても、どこまでもお供いたします!」

「よしよし、いい子だ」


 シロを懐柔したサダムは、補助席に座っているダェンにちらりと目をやった。


「みんなも気にはなっていたと思うけれど、ここにいるデモリア族の人は、一応、軍の専門家でね。アドバイスを受けるために、艦長会議に参加してもらったんだ」


 こいつ何を言い出すんだという顔で、ダェンはサダムを見返した。


「どうかな? 艦隊の責任者である艦隊長が、自ら本隊を率いて戦いたいと希望した時、部隊長や艦長たちは、どうすべきだと思う?」


 ダェンははっとした。

 自分を打ち破った者に軍事的なアドバイスなど、死んでも送るつもりはない。だが、サダムが身のほど知らずにデモリア軍に突進して、返り討ちに合うのであれば……。

 ダェンは鼻を鳴らした。


「ふん。当然、上官の意思に従うべきだ。艦隊すべての意思が統一されなければ、まともな戦いなどできはしない」

「ありがとう」


 サダムは艦長席に座った。


「――さて。強引に艦隊の方針を決めるのは、あんまり好きじゃないからね。古き慣例に従って、今から艦長投票を行おうと思う。選択肢は二つだけ。棄権は認められない」


 シロに教えてもらいながら汎用端末ポータル・パッドを操作する。

 ドーム型ディスプレイの映像が切り替わった。

 表示されたのは、二つの選択肢。

 カウントダウンの時間が表示され、シンキングタイムの音楽が流れ出す。


「それでは、みなさんよろしく」


 肘かけに手を置き、足を組みながら、サダムは満足げに目を閉じた。

 勝利こそしたものの、先の二回の戦闘は、彼にとって不満の残るものだった。

 最初に回避のタイミングを指示してから、ただ座っているだけ。

 自分だけ“戦争”をしていない。

 だが艦長投票の結果であれば、誰にも文句を言われることなく、堂々と交戦することができる。そのための説得材料として、無理やりダェンを艦長会議に参加させたのだ。

 やがてカウントダウンがゼロになり、鐘の音鳴り響いた。

 ドゥルルルル……。

 ドラムロールの音とともに数字とグラフが変化していく。

 ……ジャン!

 サダムはかっと目を開いた。


 一、第九十九艦隊の団結とさらなる勝利のために、旗艦ユウナギ号と本隊も、みんなとともに戦いに参加するべきである。……七票。〇.〇〇二%。

 二、艦隊長は大人しくしていろ。……三千五百十八票。九九.九九八%。


 ――否決。


「何でだよっ!」


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