(36)艦長会議
会議に先立ち、戦死者に対し黙祷を捧げる。
「――黙祷やめ。諸君、悲しむのはすべてが終わってからだ。今は次なる戦いに向けて、頭を働かせ、身体を動かす時である」
駆逐艦ユウナギ号の艦橋で、シロは高らかに宣言した。
「ではこれより、第三回第九十九艦隊艦長会議を開催する。司会進行役は、副艦隊長のシロ准将である。諸君、よろしく!」
そう言ってシロが敬礼すると、ドーム型ディスプレイ上に数百にものぼる短文が流れた。
『よろしくー』
『シロちゃーん!』
『可愛い』
『かわいい』
『シロちゃん笑って』
『シロちゃん大佐ぁ〜』
『うぉおおおおおっ!』
それからシロは、ひと際気合を入れて紹介した。
「艦長会議の議長を務めるのは、マスラオ要塞司令長官代理兼第九十九艦隊長、常勝無敗の英雄、サダム・コウロギ中将閣下である。諸君、最高の敬意を持ってコメントを送るように!」
「どーも、みんなの艦隊長です」
シロの隣、艦長席にはサダムいて、嬉しそうに両手を振った。白い軍服姿で、金の縁取りが入った襷をかけている。襷の文字は「油断大敵」だ。
『かんたいちょー』
『よ、大統領!』
『さだむくーん』
『ぜひとも我が艦に、臨時予算を!』
『予算を!』
『シロちゃん可愛い』
黙っていれば十五歳くらいの純朴そうな少年である。年上の女性将校たちの人気は高いようで、こちらもコメントが溢れた。シロが全力で拍手を送り、さらに擬似音声の大歓声を追加した。
「次に、各部隊長を紹介する」
ジロー・ヤマウラ中佐、ユージ・ハタナカ中佐、モエミ・アラカワ中佐、ユタカ・カネマル中佐、カスミ・ヤナセ少佐、マオ・ナツメ少佐、タケシ・オオタ少佐、ケンタ・コスギ少佐、ゴロー・クマダ少佐、ヒロユキ・ホシ少佐、マモル・ザイゼン少佐、ダイキ・キタザワ少佐、シュウ・サオトメ少佐、リン・タチバナ少佐、アケミ・ヒイラギ少佐。
部隊長たちは、分割画面で登場する。それぞれがひと言ずつノリのよい挨拶をすると、応援のコメントが流れた。
「最後に、特別ゲストを紹介する」
艦長席の隣にある補助席に、黒マントに身を包んだ青年が座っていた。苦々しそうに口元を歪め、そっぽを向いている。
それは、デモリア族の青年だった。
身長は百九十センチ。銀色の髪から二本の黒々とした角が伸びていて、それを加算すると二メートルを優に超えるだろう。肌の色は青白く、唇は黒い。サダムなどよりもよほど貫禄があった。
『……誰?』
『ツノ? 仮装かよ』
『ビジュアル系バンド……』
『いや、デモリア族じゃん』
『嘘だろ』
『魔王だ!』
『魔王様だ』
『かっけー』
ムンフ・ダェンである。マントの下はロープで縛られたままだ。ヒューマル族から見ても美丈夫である上に物珍しさが加わって、コメントが沸き返った。
その人気に便乗するかのように、サダムが強引に肩を組んで、ピースサインをする。
「な、何なのだ、この馬鹿騒ぎは!」
「ま、いいからいいから」
艦長会議は、おもに戦場でどのように戦いを進めていくのかを話し合うための場だ。最終的にはすべての艦長による多数決――艦長投票にて艦隊の方針を決定する。でなければ艦隊運用そのものに支障をきたしかねない。そんな伝統が、ヒューマル軍には根強く残っていた。
場合によっては、政界並みの駆け引きや派閥争いなどもあったりするのだが、こと第九十九艦隊に限っては、そのような風習とはまったくの無縁であった。
結成直後、わけも分からないままに強制参加させられたVRゲームによって、全員が一丸となって困難に立ち向かうという、強力な意識づけがなされたためである。誰かの足を引っ張ったり出し抜こうとする者などいない。また、他の艦隊と比べて艦長たちの平均年齢が断トツに若いということもあった。
実のところ、軍事要塞マスラオを慌ただしく出発した第九十九艦隊の、記念すべき第一回目の艦長会議は、終始、陰鬱な感じであった。
何しろ自軍に倍する敵艦隊が、四個艦隊も迫っているというのだから、自暴自棄にもなろうというもの。
それが今や、お祭り騒ぎと化している。
「諸君、静粛に」
司会進行役のシロが、ぽんぽんと肉球を合わせた。
「すでに三分四十秒ほど時間が押しているぞ。敵は、我々を待ってはくれない」
艦長会議における注意事項を、シロは説明した。
会議で発言できるのは部隊長のみ。他の艦長たちはコメントを自由に流すことができる。
「これはという意見があれば、ピックアップすることもあるが、基本的にはスルーである。どうしても発言したい場合には、所属の部隊長を通じて行うように」
『うっす』
『はーい』
『了解!』
シロは現状と作戦の概要を説明した。
現在、マスラオ要塞駐留艦隊の本隊は、ハナミズキ星系にてデモリア軍の本隊と交戦中である。
通信が届かず詳しい状況は不明だが、敵艦隊約二十万五千隻に対し、味方艦隊は約八万一千五百隻ということで、苦戦が予想される。
さらには、デモリア軍の別動隊である四個艦隊がそれぞれ別ルートにて侵攻していた。
目的地はワビスケ星系。
「諸君、おさらいだ。注視せよ! これが、ワビスケ星系周辺の宙域地図である」
ドーム型ディスプレイ上に、恒星や惑星さらには公転軌道などが映し出された。すべての艦艇に同じ映像が表示されていた。
「ワビスケ星系内には、大小様々な岩石群が豊富に漂っている。過去の事例より、デモリア軍はここでワープ機構の調整時間を稼ぎ、マスラオのあるツバキ星系にワープするものと思われる。そうなってしまっては、もはやなす術はない」
宙域地図に赤い凸型マークが表示された。デモリア軍のダェン艦隊である。その近くに青色の凸型マークが現れる。第九十九艦隊だ。
「まずは、第一の戦闘」
赤と青のマークが接触すると、雲のようなものと、デフォルメされた二隻の軍艦がビームやミサイルを撃ち合うアニメーションが展開した。アニメーションが終わると、派手な効果音とともに、赤のマークが粉々に砕け散った。
「第九十九艦隊は、デモリア軍ダェン艦隊と交戦し、これを殲滅した。撃沈数七千二百隻に対し、被撃沈数は二十七隻。圧倒的な勝利である!」
『うぉおおおっ!』
『わあああああ!』
『壊滅!』
『粉砕!』
『撃滅!』
『すげー』
『信じられない』
『ぱちぱちぱち』
膨大なコメントで宙域地図が埋まる。補助席に座っていたダェンが「くっ」と顔を背けた。
「そして、第二の戦い」
やや離れた位置に、再び赤い凸型マークが現れる。互いに引き合うように移動して接触する。再びアニメーションが展開。派手な効果音とともに、赤いマークが粉砕された。
「第九十九艦隊は、デモリア軍ゾリグ艦隊と交戦し、これを殲滅した。撃沈数は七千二百隻。被撃沈数は三十一隻。またもや圧倒的な勝利だ」
再びコメントが爆発した。
『あらためて見てみると、オレたちってすげぇよな』
不謹慎にもダイキ・キタザワが口笛を吹いた。
『二倍の敵と真正面からぶつかって連勝とは、誰も予想だにしなかっただろう。我々すら驚いているのだから』
シュウ・サオトメが同意する。
『みんなで頑張った結果ですね』
カスミ・ヤナセの言葉に、最年長の部隊長であるジロー・ヤマウラが呆れ返った。
『いやいや。お前たち――っていうか、オレたちか。絶対おかしいって。頑張ってなんとかなる戦力差じゃねぇから』
最年長といってもまだ三十歳で、みんなからは親しみを込めてジロさんと呼ばれている。
『そうなんですか?』
『過去の艦隊戦データ見りゃわかるさ。ありえねー』
頭を抱えたジロさんに対して、笑いを示す特殊文字が飛び交う。
『別に、変な戦いをしているわけではないさ。艦隊としての動きは、ちょっと独特だと思うけれど』
ユージ・ハタナカは二十六歳、短髪ですっきりとした精悍な顔立ちをしている。人望厚き人格者でもあった。
『でもさぁ、団ちょーが言ってた通りだったよね』
前髪をいじりながら発言したのは、派手な化粧をしたアケミ・ヒイラギだった。
『ほら、VRの時、最初に言ってたじゃん。この訓練の成果は、いずれ表れるであろう、疑うなって。……あれ? 言ってたのはシロ准将だったかな?』
「その通りである」
シロが熱心に賛同した。
「強大な古代魔物を、一糸乱れぬ部隊行動と連携で倒す。その経験を、現実世界における艦隊運動に反映させる。これこそが、サダム・コウロギ中将閣下の真の狙いだったのだ!」
「……へ〜」
と、こっそり呟いたのは、当の本人だ。
「ここで、ヒイラギ少佐に賛同するコメントが七件出たので紹介する」
どうでもよいコメントを、シロは生真面目な口調で読み上げた。
「オ、オレは、最初から信じてたぜ。これは認めざるを得ない。誰だよ、ただ遊びたかっただなんて言ってたやつは――オレでした。くそー、何も言い返せねぇ。サーセン。正直、馬鹿にしてました。伏してお詫びいたします。サーセンでした」




