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(35)連勝


「我々、誇り高きデモリア族は――」


 悔し涙の跡が残る真っ赤な目で、ダェンは言い放った。


「捕虜などという存在を認めていない。このようなことをしたところで、無意味だぞ」

「そうなのか、シロ?」

「はい。ヒューマル族とデモリア族との間に、捕虜交換に関する条約や協定は存在しません。ですが、この者はデモリア族の第七王子です。現在、領域侵犯を侵しているデモリア軍の責任者、ムンフ・アルトゥ魔軍司令官は第一王女であり、血縁関係にあるはずです。王族専用の専用チャンネルを所有している可能性もあり、交渉の余地があるのではないかと判断しました」

「ふんっ」


 ダェンは鼻で笑った。

 専用チャンネルなぞ、誰が教えるものか。


「無駄なことだ。姉上は常に大局を優先されるお方。決して私情に流されたりはしない。残念だったなぁ、無能なヒューマル族の……」

「口のきき方には」


 角と角の間に、チョップが叩き込まれた。


「気をつけなさい!」

「うぶげっ」


 硬い床の上に、ダェンは顔面からダイブした。

 駆逐艦ユウナギ号の艦橋ブリッジである。艦長席に座っているサダム・コウロギは、気だるそうに頬杖をついていた。

 次の戦いに備え、第九十九ツクモ艦隊には交代で休憩をとるよう指令が出ていたが、サダムはたっぷり熟睡してしまった。低血圧気味で、寝起きに弱いのだ。

 その間、薄暗く冷たい艦橋ブリッジの床にひとり転がされていたダェンは、絶望のあまり涙を流していたのだが。


「オ、オレは、仮にも王族だぞ?」

「銀河最高の英雄であらせられる至高の存在、サダム・コウロギ閣下に比べれば、お前の存在など塵芥ちりあくたも同然。分をわきまえなさい、負け犬が」

「ぐっ」


 最後の言葉に、ダェンは心の傷をえぐられた。

 半数の敵と正面から渡り合いながら、自分の名を冠した艦隊は全滅。しかも英雄ツェベクまで失った。

 そして、


「ふわぁ」


 目の前でだらしなく欠伸あくびをしているこの男、サダム・コウロギが率いる第九十九艦隊の損耗率は、一パーセント以下。

 無能者どころか、居眠りでもしていたのかと罵倒されてもしかたがない、まさに歴史的敗北である。

 涙が浮かぶ目をこすりながら、サダムは軽い感じで言った。


「ま、いいんじゃない? しばらくここにいれば」


 てっきり独房にでも入れられるかと思ったのだが、ダェンは艦橋ブリッジに残された。

 死のうと、ダェンは思った。

 先ほどサダムに伝えたように、デモリア族は捕虜の存在を認めていない。例えばこの艦を乗っ取って自分の国に帰ったとしても、厳しい処罰を受けることになるだろう。

 自分の軍人としてのキャリアは、終わったのだ。

 この場で舌を噛み切ってもよかったのだが、次なる戦いが迫っているという話を聞いて、思いとどまった。

 自分はわけも分からないまま敗れ去った。せめてその理由だけでも知りたいと考えたからだ。

 何とか身体を起こして胡座をかき、ドーム型ディスプレイを睨みつける。


「観測装置が敵影を捉えました。艦艇数、七千二百。艦隊識別信号確認。サンジャ・ゾリグ上級魔士率いるゾリグ艦隊です。周辺宙域はクリアー、通信状況は良好」


 つまりは、先ほどの戦いと同じ状況。


「本艦隊との距離、約二十スペースマイル。相対速度から、約一時間後に有効射程に入ります」


 しかしすぐに、情報の訂正が入った。


「敵艦隊、密集陣形を取りながら加速しています。有効射程まで、約四十分」


 おかしな軍艦だと、ダェンは思った。

 艦橋ブリッジ内にいるのは、黒髪黒目の少年――のように見えるサダム・コウロギと、白い毛並みを持つアニマ族の少女がひとりだけ。シロというこの少女は可愛らしい姿をしているが、自分の艦に乗り込んできて、破壊と殺戮を欲しいままにした凶悪な存在だった。何故アニマ族がヒューマル族の軍服を着て、協力をしているのか。

 それに、ここには電脳制御ブレイン・システムと情報交換を行うはずのAIロボットやアンドロイドもいなければ、下士官の姿もなかった。

 この人員で艦隊の指揮などとれるのだろうか。


「陣形は――“魔の矢”」

「ダェン君さぁ?」


 艦長席のサダムが、不思議そうに聞いてきた。


「デモリアの人って、みんな猪なの?」

「ちがっ」


 一瞬血が上ったダェンだったが、すぐに口をつぐんだ。

 感情的になってはならない。相手に気づかれぬよう虚偽の情報を与えて、サダム・コウロギの判断を狂わせるのだ。


「有効射程まで、十五分」

「時間合わせ、よろしく」


 光信号が放たれる。


「敵艦隊に、エネルギー反応」


 味方艦隊のスピードを落とさないため、そして敵艦隊を釘づけにするための、レーザー砲での攻撃。

 サダムは指示を出さない。

 

「“スクラム”発動。損害、ゼロ」


 特殊なバリアー装置をそなえた艦を等間隔に配置し、同じ出力でバリアーを展開する。するとバリアー同士が連結して、巨大な壁になる。これが“スクラム”だ。デモリア軍にも似たような装置は存在するが、採用している艦隊は少ない。

 艦の位置調整に時間がかかるため、実戦向きではないし、発動が失敗することもある。そうなれば被害は甚大だ。それに“スクラム”が発動している間は、味方も攻撃することができない。


「ゾリグ艦隊、突撃してきます」


 ダェンはドーム型ディスプレイを睨みつけていた。

 そこにはヒューマル軍とデモリア軍の艦艇の状況が、色分けされた光の粒と帯とで表されていた。光の粒は艦艇の数を、帯の形は陣形と進行方向を示しているようだ。

 ゾリグ艦隊が“魔の矢”の陣形で向かってくる。

 当然だ。敵の数が少なく、宙域がクリアーで、速やかな勝利が求められる。この状況で“魔の矢”を試さないわけがない。

 一方の第九十九艦隊は、特に特徴のない陣形だった。確かヒューマル軍では“魚鱗ぎょりんの陣”と呼ばれているはず。


「まだよー、まだまだ」


 サダムもまた、ドーム型ディスプレイを凝視していた。


「……ん〜、いま!」

「散開っ!」


 シロの号令とともに、光信号が放たれた。

 ひと呼吸後、第九十九艦隊の陣形が崩れた。

 いや、自ら崩したのだとダェンは理解した。

 艦隊を構成している百隻単位の部隊が、それぞれ好き勝手に、別の方向に向かって進み出したのだ。ダェンは慣性の力を感じた。旗艦を含む本体が動いたからだろう。前衛に配置されていた戦艦部隊も、信じられないことに――“スクラム”を維持したままいくつかの部隊に分かれ、散っていく。

 それはまさに、花がほころび、散っていくかのような光景だった。

 ぞっとするほど滑らかで、複雑な艦隊運動である。

 

「マリモ機雷、起動時間です」


 ゾリグ艦隊を構成する艦艇の光が、消えていく。


「あ、ああ……」


 ダェンは声にならない声を漏らした。

 既視感デジャビュである。

 ばらばらになったと思われた第九十九艦隊の各部隊は、それぞれが弧を描きながら反転し、攻撃を仕掛ける。

 機雷原に突っ込んだらしいゾリグ艦隊は、速度を緩め、球状に集まっていく。

 当然だ。機雷原に突っ込んで陣形が崩れ、四方八方から攻撃を受けている。

 密集して防御体制を――


「とってはだめだ、ゾリグ! どの方向でもいい。突き進んで、戦場を離脱するのだ!」


 ダェンの叫びは、もちろん届かなかった。

 信じられない勢いで光の粒が減っていく。まるで穴にこもったうさぎのように、ゾリグ艦隊は動きを止めた。破壊された艦の残骸や残留物資が障害となり、味方同士の連携がとれず、敵の動きがつかめなくなっているのだろう。旗艦からの指示もなく、勝手に行動を起こせる部隊などいない。

 敵艦隊を全方位から取り囲む――このような陣形は、机上の空論だったはず。実現できたとしても、敵に十倍する味方がいなければ不可能なはずであった。

 だが目の前で、光の粒と帯が、まさに現実離れした陣形を表している。

 ダェンは幼い頃、姉に読み聞かせてもらった絵本のことを思い起こしていた。

 それは、伝説の化け物の話だった。見かけは美しい女だが、髪がない。代わりに数十匹もの蛇を生やしている。蛇の一匹一匹が意思を持ち、獲物に襲いかかる。しかも牙に毒を持つので、獲物は動けなくなってしまうのだ。

 無数の部隊へびが、艦隊えものに喰いつき、喰い荒らしていく。

 これでは、自分とまったく同じ結末――


「敵旗艦、エルデニーン号の撃沈を確認しました」


 にはならなかった。

 ゾリグ艦隊は分裂した。旗艦が撃沈された場合、首席の大隊長が後を引き継ぐことになっているが、混戦状態で連絡が取れない時には、各大隊の判断で行動することができる。

 いくつかの部隊が、決死の覚悟で脱出を試みたのだろう。

 その動きにダェンは希望の光を見出したが、


「ああ……」


 群れからはぐれた獲物を、蛇は逃がさなかった。もはや陣形ともいえない船団の側面に喰らいつく。敗走する味方に戦意はなかった。あえなく粉砕され、飲み込まれていく。

 自分を助けるために飛び出したツェベクと、同じ末路であった。

 そして、戦闘開始から三時間後。


「敵影、消失しました。艦長、我々の大勝利です!」

「お疲れさん」


 ダェンは確信した。

 この艦隊と“魔の矢”は、最悪と言ってよいほどに相性が悪い。誰かがこの事実を伝えなければ、デモリア軍の被害はどこまでも拡大していくだろう。

 それにしても、これはどういうわけだ。

 第九十九艦隊の戦いを目にしたダェンだったが、謎は深まるばかりであった。

 一番の大きな謎は、サダム・コウロギである。

 開戦当初に回避のタイミングを出してから、一度も指示を出していない。

 それなのにどうして、あの複雑極まりない戦いをコントロールすることができるのだろうか。

 艦長席の様子を覗き見たダェンは、思わず息を飲んだ。

 勝利を鮮やかに彩る宇宙花火の中、圧倒的な勝利をおさめたはずの少年は、ふくれっ面で頬杖をついていたのである。


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