(33)崩壊
敵の前衛を突破したら、そこは機雷原だった。
などという理不尽極まりない状況を、ダェンは許容することができなかった。
「ば、馬鹿なっ。ヒューマル軍のやつらは、腹の中に爆弾を抱えたまま、我々と交戦したとでもいうのか!」
よほど防御に自信がなくてはできない芸当である。いや、たとえ自信があったとしても、やろうとする者はいないはず。
完全に常軌を逸した行為だった。
このままでは損害が拡大するとダェンは考えた。一気に突き抜けてしまうならば、誘導型機雷を振り切れるはずたが、今、艦隊には減速反転の指令が下されている。
多少は混乱が生じるだろうが、命令を変更すべきだと思った。
しかし、
「天頂方向に、敵影! 突っ込んできます」
「なにっ」
ほとんど不意打ちの形で、数千もの魚雷ミサイルが、ダェン艦隊を襲った。
“魔の矢”によって敵艦隊を喰い破った――はずではなかったのか。陣形を失った敵が何故襲いかかってくる。別動隊でもいたのか。いや、見晴らしのよいこの宙域で伏兵を使うことはできないはず。ツェベクも問題ないと言っていたではないか。
宇宙空間で物音は伝わらない。艦橋内の天球ディスプレイに、白い小さな光が灯されるだけだ。実戦経験のないダェンには、その光の密度で損害の度合いに検討をつけることができなかった。
だが、攻撃には普遍的なパターンというものがある。
そのことを知識として、ダェンは知っていた。
「次、レーザー砲がくるぞ。天頂方向にバリアーを集中させろ!」
「敵影、方向転換し、離脱していきま――えっ?」
オペレーターが疑問系の声を上げた。
「て、天底方向に、高エネルギー反応!」
その直後、無数の――通常のレーザーを何倍も太くした光の柱が、ダェン艦隊を串刺しにした。
光の残滓が消えると、半呼吸ほど置いてから、ダェン艦隊に新たなる火花が生まれた。
それは、ヒューマル軍では波動粒子砲と呼ばれているレーザー兵器に違いなかった。決して数は多くないが、バリアーの薄い方向から狙われてはひとたまりもない。百隻を越える艦艇が、一度に爆発四散した。
「さらに、新たな敵影あり!」
「どっちだ!」
機械的に事実を告げる訓練をほどこされているはずのオペレーターが、まるで陸に打ち上がった魚のように喘いだ。
「ぜ、全方向から、です!」
その報告は正しかった。
尋常ではない数の魚雷ミサイルが、エネルギー残量を完全に無視した最大出力のレーザーの連撃が、発射後エネルギー兵器やバリアーが一時的に使用できなくなる波動粒子砲が、四方八方から、まったくばらばらのタイミングで襲いかかってきたのである。
しかもここは、機雷原の中。
迂闊には動けない。
「き、旗艦を中心に集まれ。“蜂の巣”の陣形を築き、守りを固めるのだ!」
一般的に艦隊戦とは、攻撃する側が圧倒的に有利である。防御に徹するということは、敗北を先送りにするだけの時間稼ぎに過ぎない。だがそれ以外の選択肢を、ダェンは見出すことができなかった。
やりたい放題に、やられていく。
「こ、これは……」
声が。
「いったい、なんなのだ!」
そして、足が震えていた。
オペレーターが何やら喚いていた。ディスプレイ上に羅列される認識球情報を読み上げているようだ。敵のレーザー砲のいくつかが旗艦のバリアーに突き刺さり、船体が激しく揺れた。天球ディスプレイの一部が破損する。スパークが走り、焦げ臭い電熱臭が漂う。
それらがすべて、まるで別世界のことのようにダェンには感じられた。
「お、おい、戦況はどうなっている? て、敵の動きは、分かったのか?」
「不明です!」
爆発した艦艇からは、金属の破片の他に、大量の塵や煙、急激に冷やされた水蒸気の結晶等が、放射状に飛び散る。それらが艦隊の周囲を分厚く取り巻いて、通信装置や観測装置を使い物にならなくしていた。
いわば、目と耳と口を塞がれたようなもの。それは皮肉にも“蜂の巣”の陣形がもたらした惨状であった。
もし仮に、ダェンに戦場を俯瞰できる視点があったならば、大海の中、球状に集まった小魚の群れに四方八方から襲いかかる、大型の肉食魚たちの狩りを連想したことであろう。
肉食魚たちは、球形群を掠めるようにして反転離脱を繰り返しながら、少しずつ小魚の群れを喰い散らかしていく。
いっそのこと、群れを放棄して各自がばらばらに逃げ出せば、小魚たちの多くは逃げのびることができただろう。
だが、残念ながらその選択肢はない。
小魚たちはその本能によって。
そして軍隊は、厳しい規律と強固な理性によって。
新設されたばかりのダェン艦隊には、優秀な中級魔士――艦長たちが集められていた。彼らはたとえ撃沈されたとしても、自らの役割を放棄することはない。敵前逃亡した軍人は、軍法会議にかけられて処刑される。そのことを知っているからだ。死よりも重い罪――それはすなわち、不名誉な死であった。
艦隊としての支援もなく、部隊同士の連携もなく、孤立無援のまま、ただ闇雲に敵の攻撃に反応するだけ。
最大エネルギーでバリアーを広範囲に張り巡らし、無駄球を撃っては牽制し、急激に消耗していく。
そこに、完全に統率された敵の部隊が襲いかかってくる。
戦闘開始から二時間後。
数の上では圧倒的に有利だったはずのダェン艦隊は、崩壊の憂き目に遭っていた。もはや認識球の情報さえ定かではない。
「……私は、負けたのか?」
震える声で、ダェンは呟いた。
だが、彼の精神が崩れ落ちることはなかった。
幼い頃から大好きだった、自信の塊のような不敵な笑顔が、頭の中をよぎったからだ。
「姉上……」
百歩譲ったとして、負けることは許容できる。それは自分に将としての才覚がなかっただけのこと。だが、何故負けたのかさえ理解できぬまま死ぬのは、あんまりだ。
これでは無能者以下ではないか。
ダェンは必死に考えを巡らせた。
通信はできない。光信号も届かない。味方の状況も、敵の状況も不明。であるならば、想像するしかない。自軍の陣形。敵軍の位置。どこから襲ってくる。自分だったらどうする。
その時、艦内に大きな衝撃が走った。
艦長席から放り出されそうになるのを、ダェンはぎりぎりのところで堪えた。
「直撃か?」
「いえ」
敵の攻撃ではなく、味方の艦艇との軽い接触とのことだった。
『ほっ。若、ご無事でしたな?』
艦橋内のディスプレイに映し出されたのは、よく見知った老人の顔だった。
「じぃ!」
ツェベクである。
驚くべきことに、この老人はダェンの艦のバリアーの内側に入り込み、互いの艦を壊さない程度に接触させ、併走したのである。
まさに神業といえるべき艦艇運動であった。
『ほっほっ。数十年ぶりになるか。久しぶりに視えましたぞ』
気のせいだろうか、その瞳が虹色に輝いているように見えた。
伝説の老将は時間を無駄にしなかった。彼は口頭で、ダェンが一番知りたかった情報を伝えてきたのである。
『味方の艦艇の残存数は、六百隻ほど。推進力を失っている艦も多い。そして敵の艦艇数は、いまだ三千五百隻ほどか。すでにミサイルは撃ち尽くしたはずですが……ふむ。まだ攻撃が続いておりますな』
「何故、解る?」
当然の疑問に、老人は答えなかった。
『これよりわたくしめは、残存兵力の一部を率いて、戦場を離脱いたします』
「何を、言っている?」
『もちろん、敵は見逃しますまい。その隙に、ダェン様は単機にて、別の方向にお進みなされ』
姉君が待つ、戦場へ。
「ふ――」
ダェンは激昂した。
何もかもが分らない。おまけに信頼する味方の会話まで意味不明である。
これはもう、怒鳴り散らすしかなかった。
「ふざけるな! 負けることは仕方がない。無能者の誹りを受けてもよい。だが、味方を犠牲にして逃げ出した卑怯者として嗤われることだけは耐えられん。ひとりで逃げるくらいなら、いっそのこと自爆した方がましだ!」
『そうはなりませぬよ』
静かに、ツェベクはダェンを見据えた。
『姉君――アルトゥ様は、この老いぼれに最後の役目を託された。言いにくいことですが、若の艦の電脳制御には、仕掛けが施されておりましてな。有事の際には、このワシが、管理権限を行使できるようになっているのです』
直後、艦艇が揺れた。スラスターが勝手に動作して、その向きを変えているのだ。
『若は、逃げるのではありません。無理やり逃がされるのです』
老人は好々爺とした笑みを浮かべていた。
『英雄とは、煌びやかでいて、冷たく孤独なもの。若――いえ、ダェン様。どんなことがあろうとも生き延びて、アルトゥ様をお支えくだされ』
「じ、じぃ!」
傷ついた二百隻ほどの艦艇を率いて、ツェベクが陣形から飛び出していく。
わずかに遅れて、ダェンの艦が別方向に加速する。
通信装置と観測装置がその機能を取り戻した。
それからの展開は、まるで悲劇映画の結末を強制的に見せられている感じだった。
ツェベクの動きを封じるかのように、いくつかの敵部隊が先回りする。
レーザー砲による攻撃。
バリアーを張って防御した瞬間、別の方向から魚雷ミサイルの攻撃を受ける。
ツェベクの部隊が、無数の光の粒に変わった。
「あ、ああ……」
我知らず、ダェンは涙を流していた。
「じぃ、オ、オレは――」
「何かが、こちらに向かってきます!」
ダェンには絶望する暇すら与えられなかった。
艦隊の中でも最高のカスタマイズを施されたダェンの艦の速度を、さらに上回る速度で突進してくる艦。
「艦艇識別信号確認。敵です!」
オペレーターが絶叫した。
艦艇名は、トンシ丸。




