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(32)魔の矢


「――ねぇ様。僕、いっこくも早く、いちにんまえの軍人になって、姉様のはぎょうのお手伝いをします! それまで待っててくれますか?」 

「ふふっ、お前が一人前になるまでに、戦争は終わらんさ。過去、幾人もの偉大な英雄が現れたにもかかわらず、七種族間戦争セブン・トライブズ・ウォーは、数千年も続いているのだからな」


 デモリア王国第一王女であり、デモリア軍最強の上級魔士である姉のことを、ダェンは幼い頃から尊敬していた。


「どうした、ダェン。浮かない顔をして」


 それは、魔士官学校の卒業式のこと。


「首席だったのだろう? 父上も、それはお喜びになられていたぞ」

「こんなもの、本物ではありません」


 ダェンは胸につけた首席証を引きちぎった。


「親の威光のおかげだと、陰口を叩く者がいるのです」

「小さなことだ。その者も、お前もな」

「え?」


 尊敬する姉は、不敵に笑った。


「本物であろうと偽物であろうと、関係ない」

「……え?」

「お前はいずれ、六大隊(ザガン・テュメン)を率いる身。親の威光だけで、数万もの部下たちが命を預けてくれると思うか?」


 ダェンははっとした。


「違う。彼らが従うのは実力ある上級魔士だ。だが、最初から実績を示せる者などいない。彼らの力を結集し、強大な敵と立ち向かうためならば、私はなんだって使う。ちっぽけな首席証だろうと、肩がこるほど重い勲章だろうとな」

「姉上……」

「堂々と真っ直ぐに、王道を歩むのだ、ダェン。陰口を叩かれて悔しいのであれば、その者が陰口さえ叩けぬくらい活躍すればよい。それだけの大人物になればよい。そうであろう?」

「は、はいっ!」


 尊敬する姉は、大きな人であった。


『……まったく。父上も難儀な役目をお与えになられた』

「実は、私が願い出たのです」


 それは今回の出撃前のこと。

 専用回線(チャンネル)にて姉とかわした最後の会話だった。


『むっ、そうなのか?』

「はい。六大隊(ザガン・テュメン)での初陣は、是非とも姉上が指揮される戦いでと」

『それでか。父上もおひとが悪い』

「必ずや、活躍してみせます」

『言っておくが、戦場で私は、お前を弟だとはみなさないぞ』


 その冷たい視線に、ダェンは息をのんだ。


『勝つための駒として、お前とお前の六大隊(ザガン・テュメン)を使う。その結果、お前が苦境に立たされたとしても、一顧いっこだにしない』


 鏡に向かって何度も練習した姉のような不敵な笑みを、ダェンは何とか浮かべることができた。


「望むところです。敵領域内でたおれるならば、それも本望。見事に散ってみせます!」

『よくぞ言った』


 遠征軍を統括する魔軍司令官の顔で、姉は言った。


『お前に、重要な役目を与える。私がヒューマル軍の要塞駐留艦隊を引きつけている間に、お前が――』


 ツバキ星系内にある軍事要塞マスラオ。

 この奇妙な名前を持つ要塞を、とす。

 破壊するのではない。補給基地がなくなれば、この宙域を支配したところで、いずれ手放すことになるだろう。

 巨大な質量を持つ攻城兵器を用いて、もはや抵抗は無意味だと分からせた上で、降伏させる。

 そのための重要な役目を、姉は自分に与えてくれたのだ。


『約束を果たしてもらうぞ』

「約束、ですか?」

『私の覇業はぎょうを、手伝ってくれるのだろう?』

「――っ」


 ほんの一瞬だけ笑みを浮かべて、通信が切れた。 

 身体が、精神こころが震えた。

 それは、ようやく憧れの人のために自分の能力のすべてを使うことができるという、歓喜の震えであった。

 今、一歩目を踏み出したのだと、ダェンは思った。

 細く険しく気が遠くなるほど遠い、英雄へとつながる階段。

 その第一歩目を。

 ああ、それなのに。


「こ、これは……」


 声が。


「いったい、なんなのだ!」


 そして、足が震えていた。

 未知なるものへの恐怖のために。

 あるいは、これまで築き上げてきたものが無になることへの絶望のために。


「戦艦チャナサン、撃沈。戦艦ザガス、撃沈。撃砲艦ウルム、アロール、アイラグ、連絡途絶。光信号が届きません。カイシャン部隊、ナラン部隊、オユン部隊から支援要請が、ああっ――」


 ディスプレイ上に無機質に羅列される認識球ナンバーズ・ボール情報に、オペレーターがパニックを起こした。

 何故、こうなった。

 味方の艦隊が崩壊していく光に包まれながら、若き上級魔士ムンフ・ダェンはこれまでの行程を省みていた。



     ◇



 別動隊四個艦隊の集結地点であるワビスケ星系に、ダェン艦隊はいち早く到着した。

 この星系内には比較的動きの小さいアステロイド帯がある。これらの岩石群に身を隠し、()()を行う。然るのちに軍事要塞マスラオがあるツバキ星系にワープする計画だった。

 ヒューマル軍の要塞駐留艦隊は、打って出てきた。

 第九十九艦隊、艦艇数は約三千五百。こちらの半数以下だ。創設されたばかりの艦隊であり、実戦経験はないのだという。

 全力で叩くべきだと、ダェンは判断した。

 気になるところといえば、敵艦隊の指揮官であった。

 サダム・コウロギ少将。

 若干二十歳(はたち)にして銀河英雄名簿ギャラクシー・ネームド・リストに登録されたという、若き英雄。

 同じ年齢の軍人として、ダェンは無関心ではいられなかった。

 デモリア族は十五歳で成人する。それは魔士官学校を卒業する年齢でもあった。

 つまり、ヒューマル族よりも五年早く実践につくわけだが、常識を疑うほどの早さで戦歴を積み重ねてきた姉でさえ、銀河英雄名簿ギャラクシー・ネームド・リストに登録されたのは、二十五歳の時。十年もの歳月が必要だったのだ。

 昨年、マサムネ・キサラギというヒューマル軍の女が、二十二歳で銀河英雄名簿ギャラクシー・ネームド・リストに登録された時も驚いたものだが、サダム・コウロギはそれよりも若い。

 自分と同じ、二十歳だという。

 ありえないというのが、正直な感想であった。

 一応、映像も確認した。

 そこに映っていたのは、派手に舞い上がる紙ふぶきの中、奇妙な動物型ロボットの背中に乗って、満面の笑みで手を振っている少年の姿だった。

 とても才覚のある軍人には見えない。

 完全に浮かれきった馬鹿だと思った。

 銀河七種族英傑セブンズ・スター委員会の決定を軽んじるわけではないが、何かの手違いがあったのではないか。


わか、ご注意を』

「若はよせ、ツェベク」


 艦橋ブリッジ内に映し出されたお目付役兼参謀であるツェベクの忠告も、具体性のあるものではなかった。


「罠がしかけられている可能性はないな?」

『おそらくは。この宙域ちゅういきであれば問題はありますまい。懸念けねんがあるとするならば、敵艦隊の特性ですが……』


 距離が近くにつれ、敵艦隊の情報もつかめてきた。

 巨大戦艦や空母の数は少ないようだ。かといって小型の艦をそろえて機動力を確保しているわけでもない。

 バランスのとれた――言い換えるならば、何の特徴もない艦隊編成のように思えた。


『それが逆に、不気味ではありますな』

「ふむ……」


 慎重派のツェベクも、実は英雄のひとりである。本来であれば引退して然るべき年齢なのだが、ダェン艦隊の副艦隊長としてついてきたのだ。

 おそらくは、姉の配慮によって。

 そして、新設されたばかりのダェン艦隊には、実戦経験豊富な中下級魔士たちが集められていた。

 期待には、応えなくてはならない。


「“魔の矢”でいく」

『ほっ、その根拠は?』


 “戦歴の書庫”とも呼ばる老軍人は、生徒の解答を見守る教師のような笑みを浮かべた。


「敵の艦隊編成だ。あまりにも粗末に過ぎる。弱点を補おうとして強みをなくす、典型的な失敗の形。聞くところによれば、ヒューマル軍の第九十九艦隊は、三月みつきほど前にエルフィン軍によって完敗した第六十七艦隊を再編したものらしい。真新しい艦も多く見受けられる。つまりは、烏合の衆というわけだ」

『そこまでお調べでしたか』


 同じとしの敵の英雄に負けたくなかった、とは言えない。


「少なくとも、“魔の矢”をかわせるほどの艦隊速度は出せないだろう。それに、一度完膚なきまでに敗れ去った艦隊には、恐怖の影がつきまとう。二倍以上の数の艦隊で堂々と突撃すれば、その心胆しんたんを寒からしめることができるはずだ」

『ほほっ。それでは、敵の指揮官については? 僭越せんえつながら、姉君やわたくしめと同じ英雄ですぞ』

「同じなものか!」


 つい感情が出てしまい、ダェンは反省した。


「サダム・コウロギの戦歴は、艦隊を率いる将として得たものではない。おそらくは艦長としての才覚と、並々ならぬ運が味方したものだと思われる。あの艦隊編成を見よ。将としては素人だ。少なくとも、準備期間が足りなかったに違いない」

『なるほど』

「それに」


 ダェンは付け加えた。


「この艦隊を叩くことは、戦略的にも意味がある」


 現在、ヒューマル軍の要塞駐留艦隊の本隊は、ハナミズキ星系内にてダェンの姉が率いるデモリア軍の本隊と交戦中である。圧倒的な大軍を相手にするのだから、迎撃には一隻でも多くの軍艦が必要なはず。

 つまり、こちらに向かってくる第九十九艦隊は、マスラオを守る最後の兵――なけなしの戦力であるはずだ。

 これを殲滅せんめつすれば、ヒューマル軍の抵抗の意思をくじくことができるだろう。

 

「今回の遠征の最終目的は、軍事要塞マスラオの奪取だ。空っぽの要塞に立てこもることの愚かしさは、ヒューマル軍(やつら)も知っているはず。この戦いにおける勝利は、敵を降伏勧告に応じさせるための呼び水となるであろう」

『お見事ですな』


 老教師から及第点を得ることはできたようだ。

 ダェン艦隊は、矢尻の形を模した“魔の矢”の陣形を整えた。

 

「全艦隊、突撃!」


 勇ましい号令をかけた後、注意深く相手の動きを観察する。

  “魔の矢”をかわそうとする動きあがあれば、即座に対応する手はずであった。

 オペレーターが報告した。


「敵艦隊に動きはありません」

「ほう」


 少なくとも臆病者ではないらしい。

 だが、賢い選択とは言えないだろう。

 こちらの半数以下で、しかもわけの分からぬ艦隊編成で、真っ向から組み合う気か。


「狙いを定めよ。撃て!」


 速度を落とさないために、大出力の主砲は使わない。また、魚雷ミサイルは敵艦の破片を撒き散らし、こちらの進行を阻害する恐れがあるため、使わない。

 通常のレーザー砲による攻撃は、第九十九艦隊の前面を守るように配置されていた戦艦部隊に吸収された。バリアーを集中させることでうまく防がれたようだ。

 だが、これが狙いであった。

 艦隊運動は、すべての艦艇が一丸となって動くことに意味がある。

 今の反応で()()()

 第九十九艦隊は、守りに徹することに決めたようだ。

 こちらの動きに押されるかのように、敵の前衛部隊が崩れた。その綻びは全体に広がって、敵艦隊は一気に瓦解がかいしていく。


「減速反転行動!」


 旗艦となるダェンの高速戦艦から光信号が発せられ、すべての艦艇から了解の合図が返ってくる。

 敵艦隊を突き抜けた直後に反転、再度攻撃する。そのためには、事前に予測して命令を出す必要があるのだ。

 ――姉上、勝ちました。

 口にこそ出さなかったものの、ダェンは確信していた。

 艦橋ブリッジ内の天球ディスプレイが真っ白に染まる、その瞬間までは。


「な、何事だ!」


 それは明らかに、味方の艦艇が爆発する光だった。


「き、機雷原です。誘導型の! 無数の――!」


 オペレーターが絶叫した。


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