(31)出撃
三日後、デモリア軍の別動隊の一部は、再びワーブ機構を行使した。ワープアウト地点は、ワビスケ星系――から千スペースマイルほど離れた宙域だった。あと一回のワープで、軍事要塞マスラオのあるツバキ星系へとたどり着くことが可能な距離だ。
第九十九艦隊はマスラオを出撃した。セレモニーすら行われない、慌ただしい出撃だった。
こちらもワープ機構を行使して、ワビスケ星系近くにワープアウトする。次にワープ機構が使用可能となる前――つまり三日以内に、敵艦隊を撃破しなくてはならない。
オールトの雲の外側、何もない凪いだ宙域で、第九十九艦隊は、デモリア軍の艦隊と対峙した。
「敵艦隊の艦艇数は、七千二百」
シロが緊張した様子で報告した。
「艦隊識別信号を確認。デモリア軍、ムンフ・ダェン上級魔士率いる、ダェン艦隊です」
距離、約百十五スペースマイル。現在の相対速度を維持すると、約三時間後に有効射程に入るという。
今のところ、他の別動隊の動きはない。
幸いなことにそれぞれの艦隊が個別で動いているらしく、各個撃破する余地は残されていた。だがそれでも、艦艇数の差は二倍以上ある上に、時間的制約まである。
「ダェン君の戦歴は?」
と、サダムはシロに聞いた。
「記録にはありません。おそらくは初陣かと」
「それで別動隊の先鋒か。優秀なやつに違いない」
「ムンフ・ダェン上級魔士は、デモリア王家の第七王子という情報があります」
「なんだ、ぼんぼんか」
サダムは決めつけた。
ちなみに、デモリア軍の艦隊の艦艇数は、七千二百隻で統一されている。千二百隻の大隊が六部隊で構成されており、六大隊と呼ばれている。
また将官や将校の階級については、ヒューマル軍よりも大雑把な区分けだ。艦隊長が上級魔士、大隊長が中級魔士、そして艦長が下級魔士である。
「いよいよ戦争だな、シロ」
「はい、艦長」
駆逐艦ユウナギ号の艦橋で、サダムはわりと上機嫌だった。
最近はまっているワサビ茶をシロに入れてもらい、顔をしかめながらちびちび飲んでいる。
奇妙な高揚感があった。
仲間とともに準備をして、必要な場面で行動する。
必然性があると、サダムは感じていた。
怖いことは怖いのだが、それは遺伝子に組み込まれている反応――死に対する恐怖だけではない。この馬鹿騒ぎが終わって欲しくないという、感情の裏返しでもあるようだ。
それはつまり、能動的に生きているということの証左でもあった。
であるならば、もっとも密度の濃いこれからの数日、あるいは数時間を、このまま前向きに生きていけばよい。
みんなとともに。
「全艦艇に、映像通信を」
「はっ」
こういったお約束にも、それなりの意味があるはず。
『やあ、みんなの艦隊長、サダム・コウロギです』
決起式の時には「よろしく!」のひと言だった。
今回は「頑張ろう」と伝えるつもりだったのだが、口に出す直前にサダムは考えを変えた。
『え〜、今から約三時間後に、戦いが始まります』
第九十九艦隊に所属している将校や下士官たちの士気を高める意図はない。だから自然と口から漏れたのは、つまらないありきたりな言葉だった。
『第九十九艦隊の初陣です。相手はデモリア族のダェン君。頭に角をつけたやつ。艦艇数は、七千二百隻。まあ、こっちの方が数は少ないけれど……』
慣れないことをするものではない。
早くものどが渇いてきた。
『あ、そうだ。魚雷ミサイルとか使い放題だから、ガンガン撃つように。使わずに撃沈したら、もったいないしね。ははっ』
通常の戦闘では、物資の消耗率と戦闘継続時間を天秤にかけつつ、機会を伺いながら魚雷ミサイルなどを発射する。撃たずに機会を逃せば見えないミスとなり、撃って外せば無駄となる。
その枷が、解かれた。
サダムは自分に与えられた権限を使って、マスラオ内のすべての物資を最優先で第九十九艦隊に割り振るよう命令を下したのである。
実際の運用にあたっては、副艦隊長のシロと補給部隊長のリン・タチバナが協議して、補給経路を決定していた。
『え〜と、第九十九艦隊ができてから、二ヶ月くらいが経ちました。短い間だったけど、VRゲームで遊――訓練したし、現実世界でもいっぱい艦隊運動をしました。最初はバラバラだったけど、最後の方は綺麗になったね。シロも褒めてたし』
これは本当である。
ゲーム内の大規模集団戦闘と同じような動きを、第九十九艦隊は現実世界の宇宙空間で再現してみせたのだ。
『だから……』
もう、のどがカラカラだ。
サダムは手にしていた飲み物を一気飲みした。
――ぐっ?
ワサビ茶だった。
両肩を震わせながら、サダムは俯いた。
『ううっ……』
目と鼻がツンと刺激され、胃の奥から何かが込み上げてくる。
まずい。
咳き込む。いや、吐くかもしれない。
みんなが見ている前で、この鮮やかな緑色の液体をぶちまけてしまったら、さすがに非難が殺到するだろう。
『み、みんな』
あとひと言で、話を終わらせるのだ。
意を決して、サダムは顔を上げた。
帽子の鍔の陰から覗く目は、涙に濡れていた。鼻は真っ赤。歯をくいしばるようにして、サダムは声にならない声を絞り出した。
『がんば、ろう――っ』
すかさずシロに合図して、通信を終わらせる。
「シ、シロ! 水っ、ごほ、うえぇえっ!」
「は、はいっ、ただいま!」
それからほどなくして。
駆逐艦ユウナギ号の艦橋を覆うドーム型ディスプレイに、第九十九艦隊のすべての艦艇から発信されたメッセージが、次々と表示された。
その数、三千五百以上。
さながら、メッセージウィンドウの仕掛花火である。
この文字情報は、すべての艦艇が共有していた。
『団ちょー、泣かないで。私が、頑張ってあげるから!』
『死ぬ時は、共に有り――』
『コウロギ少将。自分は、閣下のことを誤解しておりました。何の意味もないゲームで時間と労力を浪費しているだけの阿呆ではないかと。しかし違った。貴方は……』
『慣れないことすんじゃねーよ。ばかサダム。ふざけんな、まだ、終わってねーんだからな! 次に会ったら、ぜってー文句言ってやる。覚えてろよ!』
『この戦いが終わったら、ギガ・レイドに挑戦するんですよね? ですから、それまでは死ねません』
『我らが第九十九艦隊に、栄光あれ!』
はからずも、艦隊の士気は最高潮に達していた。
間もなく戦場となる領域に、岩石や氷などの浮遊物はなかった。ただし、ヒューマル族の領域ということもあって、観測装置の密度は高い。
「あのガラム隊ほどではないにしろ、かなり足の速い艦隊です。おそらく、スピード重視のポリシーを持つ艦隊なのでしょう」
「他の艦隊は?」
「目の前のダェン艦隊を除くと、三個艦隊あります。それぞれが別の星系で待機しており、今のところ動きはありません」
シロがもたらす情報は、軍事要塞マスラオ内にある統合電脳制御のものだった。
マスイ元帥により、要塞司令長官代理に任命されたサダムは、すぐさまシロを要塞防衛司令官代理に任命した。療養休暇を取得したハットリ中将のポストである。この時点でシロは准将に特別昇進し、統合電脳制御の管理権限を得ていた。
通常ヒューマル軍の将官や艦長たちは、AIやバイオ・オペレーターを介して電脳制御との情報のやり取りを行う。だが、バイオロイドであるシロであれば、そのような手順を踏む必要はない。リアルタイムに近い形で、感覚的に宙域情報を把握することができるのだ。
「明らかに、ダェン艦隊のみが先行していますね」
「猪ぼんぼんだな」
サダムが勝手につけたあだ名は、的を射ていた。
艦隊戦を行う場合、互いに相対速度を落とし、レーザー砲や魚雷ミサイルの精度を上げるもの。実際、第九十九艦隊は相対速度を小さくするための減速運動を行なったが、ダェン艦隊はまったくスピードを落とさず、そのまま突っ込んできたのである。
「これは、“魔の矢”」
軍務に特化したバイオロイドであるシロは、その戦術に関する知識があった。
「なにそれ、かっこいい」
「デモリア軍が得意とする、古典的ですが合理的な戦術です」
最高速度で敵艦隊に突っ込み、その陣形を突き破る。同時に反転して、再度襲いかかる。
基本的にはこの行為の繰り返しだ。
「おそらくこちらの速度から、第九十九艦隊のポリシーを、攻撃重視か防御重視と予測したのでしょう」
定石としては障害物に身を隠すことだが、この宙域には何もない。
古代の戦場で言い表すならば、見通しの良い平原のようなもの。そして相手は、屈強な騎馬隊で突撃してくる。
次善の策としては、艦隊を移動させ、“魔の矢”をかわすというものだった。
騎馬隊の突撃をやり過ごし、その背後を突くわけだが、この作戦を実行するためには、入念な準備と訓練が必要だった。
“魔の矢”をかわすタイミングが早過ぎると、敵艦隊はすぐさま進行方向を修正するだろう。
そしてタイミングが遅ければ、粉砕される。
つまりは冷静な状況判断と完璧なタイミングの他に、素早い艦隊運動が必要となるのだ。
混成部隊である第九十九艦隊のポリシーは、攻撃重視でも防御重視でも、そして速度重視でもなかった。




