(29)緊急艦隊長会議
軍事要塞マスラオに生還してからのサダムの日常は、おおむね平和であった。
第九十九艦隊の決起式の後、VR装置と“七種族幻想物語”を一括購入すると、艦隊に所属するすべての艦長を招き入れて、“ツクモ団”を結成、古代級魔物の討伐――メガ・レイドに挑戦することにしたのだ。
同時に、現実世界においても定期的に艦隊訓練を行ったが、これは艦長席に座りながら口を出すだけだったので、かなり楽だった。
仕事が休みの日には、シロを連れてマスラオ内の商業区に出かけた。何しろ記憶がないのだから、流行のスポットやアミューズメント施設などさっぱり分からない。すべてが物珍しく、露天でジャンクフードを買って食べ歩きをするだけでも、楽しめたりする。
そんなサダムの姿を見て、シロも嬉しそうだった。
居住しているのは、駆逐艦ユウナギ号である。
少将であるサダムには、マスラオ内の居住区にも戸建ての家をあてがわれていたが、そこは多くの将官たちが住んでいる区画であり、サダムは寄りつかなかった。ハラダ中将のような堅苦しい提督が、彼は苦手だったのである。
ユウナギ号であれば、ダイキやシュウも気軽に呼べて、メガ・レイドの対策会議も立てやすい。もっとも、リンを呼んでからは、女性士官たちも押し寄せてくるようになった。
目当てはシロが作る料理と、会話らしい。
「サダム君、ずるいよね。毎日こんな美味しい料理食べて」
「毎日食ったら太るって。いつもは質素だぞ、なあ、シロ」
「はい。艦長の体調管理は、副官である私の重要な仕事ですから。カロリー計算は完璧です」
「シロちゃん、なんだか奥さんみたいだよね」
「ねー」
シロは毛を逆立てて否定した。
「わ、私は、副官です。公私の別は、完全につけています。その、つもりです。そもそも奥さんとは、婚姻届を提出して認められた夫婦の、妻に対するやや砕けた表現のことですから、つまりは住居と生計をひとつとし、死がふたりを別つまで――はっ」
にやにやと口元をゆるませながら、女性士官たちはシロを囲んで、サダムとの生活について根掘り葉掘り聞き出すのであった。
約二ヵ月後、軍事司令塔の作戦会議室にて艦隊長会議が開かれ、エルフィン族の領域への遠征が決定した。
サダムは遠征軍から外れたため、見送るだけだった。
出撃したのは十三個艦隊、艦艇数八万二千隻である。遠征軍にはハラダ中将が信頼する熟練提督たちが選ばれた。
第四十九艦隊のオガミ少将や第九十八艦隊のニシキオリ少将も、居残り組みである。
「もし今回の遠征で戦果を上げたら、ハラダ中将は大将に昇進するだろうね。遠征組みと居残り組みで、派閥争いが起こるかもしれない」
喫茶店“ガンリュウ”でそう予想したのは、ニシキオリだった。
シラトリ大将とハラダ中将はそれほど仲が良くない。年下の女性の上司という部分に、昔かたぎのハラダ中将は引っかかっているようだ。今回の遠征計画で、ハラダ中将はマスイ元帥を支持しており、二人の亀裂は決定的になったのだという。
「じゃあ俺は、シラトリ派か。いつの間に派閥に組み込まれたんだ?」
しゃきしゃきフルーツクラッシュドゼリーを口に運びながら、オガミが不機嫌そうに言う。一匹狼の彼は、組織内の人間関係にまったく興味がなく、煩わしいと感じているようだ。
「派閥ってのは、そういうものですよ。知らず知らずのうちに色分けされていて、優遇されたり嫌がらせを受けたりする。艦の修理や補給の順番待ちとか、艦隊戦での配置とか」
オガミは舌打ちをした。
「だから俺は、いつも端っこなのか」
「いや、オガミさんの艦隊は、波動粒子砲がメインですから」
平均防御力の劣る第四十九艦隊を中央に配置するわけにはいかないという、マスラオ内では周知の事情であった。
オガミは隣でほろにが抹茶プリンを食べながら微妙な顔をしているサダムを皮肉った。
「残念だったな、サダム。あそこで立候補しなきゃ、マスイ、ハラダ派になれたのにな」
「元帥のことは、応援してるんですけどねぇ」
サダムは嫌なことを思い出したようだ。
「ハラダ中将は苦手なんですよ。あの人、怒るとすぐ人の耳引っ張るし」
「そんな怒られ方するの、君だけだと思うけど」
ニシキオリは汎用端末を操作して、サダムの口座にクレジットを振り込んだ。
「ほら、コウロギ君、完了したよ」
「まいど。VOL三です」
サダムが机の上に滑らせたのは、シロのスナップ写真一式だった。
それを見たオガミが、ぎょっとしたように目を剥いた。
「なんだ、その犬っ娘は」
ニシキオリはにこにこ笑っている。
「あ、やっぱり知りませんか。彼女は“シロちゃん大佐”ですよ。コウロギ君の副官の」
「副官? アニマ族じゃないか」
「そこらへんは謎なんですが、人事的には問題ないようですね。うちの艦隊にもファンがいるみたいだし、いずれ銀河ブレイクすると思いますよ」
ニシキオリとしては、とりあえず話のネタとしてグッズを集めているらしい。
「噂で聞いたんだけど、次は動画を作るんだって?」
「シロが歌って踊ります。曲はプロに依頼しました。振り付けは、同期に詳しいやつがいて――」
金儲けのためではなく、シロの可愛らしさを銀河中に広めるための活動だった。
サダムズ・コレクションの注文も殺到しており、公式ファンクラブ会員第一号のダイキが物販の取りまとめを行なっている。
ちなみにファンクラブの会長はサダムだ。
「へぇ、かなり本格的だね。曲名は?」
「“シロをぷにぷにしないで”」
「……」
遠征軍が旅立ってから、半月後。
STFの世界にて、“ツクモ団”は初めて古代級魔物を撃破した。その後も次々と古代級魔物を撃破していき、そろそろ伝説級に挑戦しようかとサダムが口にしたところで、シロを除くギルドメンバー全員から大顰蹙を買った。
伝説級魔物の討伐は、最大一万五千人が参加可能な超規模集団戦闘――ギガ・レイドである。三千五百余りの“ツクモ団”では、瞬殺されて終わりだ。
こめかみに青筋を立てながら笑顔を浮かべているメンバーたちに詰め寄られて、さすがにサダムも提案を引っ込めた。
「じゃあ、中将になるまではお預けってことで」
中将になると、最大七千五百隻の艦隊を指揮することができる。ギルドメンバーを増やしてから挑戦ということになった。
そして、遠征軍が旅立ってから、ひと月半後。
ダイキとシュウとで、ファンクラブ会員限定の“シロちゃん大佐”シークレットライブを企画しているところに、緊急艦隊長会議が招集された。
遠征軍の派遣を決定した臨時会議よりも緊急な案件を扱う会議であり、それはつまり敵が攻めてきたことに他ならなかった。
現在、マスラオ内に残っている艦隊は、十二個艦隊、艦艇数は約七万五千隻。要塞駐留艦隊の半数以上が出払っている状態である。
それに対して、ヒューマル族の領域に侵攻してきたデモリア軍の艦隊数は、二十万隻以上とのことだった。
「おやおや。マスイ元帥と情報統括本部長の顔が、死んでるよ」
ニシキオリの言う通り、作戦会議室の奥の座席に座っているマスイ元帥は、目を閉じながら苦しそうに眉根を寄せていた。隣の本部長などは、額の汗をハンカチで押さえながら、真っ青な顔で俯いている。
大きな苦悩と葛藤、そして厳しい責任追及があったのだろう。
しかし、最終的に責任をとるのは上役の役目だ。
たとえデモリア軍を退けたとしても、この時期に遠征軍の派遣を決断したマスイ元帥の責任は免れない。
「敵軍の侵攻ルートから、その目標がマスラオであることは明白です」
一方、演台で状況を説明するシラトリ大将の口調は淡々としていた。
「諸提督もご存知の通り、過去十年間、十万隻以上の艦隊をもって他種族が攻めてきた事例は三回ありました。十年前の“カシャ大戦”、七年前の“ジャミ大戦”、そして四年前の“ヌエ大戦”です。いずれもデモリア軍による侵攻であり、その間隔からすれば、今回の侵攻は必然だったのかもしれません」
マスイ元帥の弛んだ頬が、ぶるりと震えた。
「ハラダ中将率いる遠征軍が出発してから、約一ヶ月半。エルフィン族の領域に入った時期を見計らったように、デモリア軍が侵攻してきたということは、不本意ながら、こちらの動きが筒抜けだったということでしょう。早急に対策を講じる必要がありますが――」
シラトリ大将は口調を強めた。
「まずは、目の前の危機を乗り越えることが先決ですね」
シラトリ大将は、すでにハラダ中将に対し、専用WD通信にて帰還命令を出したことを告げた。
だが、遠征軍はすでにエルフィン軍と交戦状態にあり、すぐに撤退できるとは限らない。中央政府に対しても援軍の要請を出しているが、他の要塞を空にして駆けつけるわけにもいかない。まずは戦況を見て判断するという、悠長な返答が帰ってきたところだ。
「我々は、少なくとも一ヶ月半の間、現有戦力にてもちこたえる必要があります」
諸提督たちはざわめいた。
「宇宙での戦いにおいて、籠城するという選択肢はほぼありえません。可及的速やかに、最大戦力にて出撃し、デモリア軍の足を止めるべきです」
軍事要塞はそれなりの攻撃力と防御力を有しているが、移動力に欠ける。
動かない的といってもいい。
こちらの射程外から、長距離誘導ミサイルを、それこそ数十万発単位で撃たれたら、防ぐ手立てはない。
木っ端微塵に破壊されるだろう。
要塞とは、艦艇が待機し補給や修理を行なう場所であり、戦う場所ではないのだ。
「シ、シラトリ要塞駐留艦隊司令官」
マスイ元帥が意見した。
「最大戦力というが、仮に敵軍に別動隊がいて、この要塞が攻撃された場合はどうするのだ。艦隊が帰る場所を失うぞ。少なくとも二、三個艦隊は、ここに残ったほうがよいのではないか?」
マスイ元帥は事務方上がりの高級軍人であり、艦隊を直接指揮する立場にない。
つまりは、マスラオ内で待機しなくてはならないのだ。
それが不安なのだろう。
シラトリ大将はあっさりとかわした。
「むろん、要塞を空にするわけにはいきません。第九十九艦隊を残す予定です」
「第九十九? ツクモ艦隊? 馬鹿な!」
「馬鹿なとは、どういう意味でしょう?」
シラトリ大将の冷たい口調に、マスイ元帥は怯んだ。
「いやいや、深い意味などない。口癖なんだ。しかし、たった一個艦隊では……」
「今は、一個艦隊でも貴重な戦力なのです」
「ぐっ」
多くの提督たちが見ている前で、トップとナンバー二が言い争うわけにはいかない。
そのくらいの分別は、マスイ元帥にもあった。
「わ、分かった。コウロギ少将、頼んだぞ」
「お任せください、元帥閣下」
へらへらと笑いながら、サダムは安請け合いした。
「オレとツクモ艦隊がいる限り、元帥閣下には指一本触れさせません」
まったく信用できないという感じで、マスイ元帥は頷いた。




