(28)策謀
ヒューマル族の領域とエルフィン族の領域を隔てる公宙領域を渡るためには、ワープを駆使して約ひと月半かかる。
ハラダ中将率いる遠征軍の第一目標は、エルフィン族の領域で最も外側にある恒星オリーヴァだった。その恒星内空間には、大気を持たない極少の岩石惑星群がある。
身を隠すのに適したこの場所に陣を敷き、周辺に機雷や観測装置などを敷設する。その後、偵察隊を出して敵軍の動向を探りつつ、宙域地図を広げていく。
最終的には有利な条件で艦隊戦を行うか、エルフィン軍の軍事施設を叩く。
これが、遠征計画の概要だった。
しかしこの計画は、最初から頓挫することになる。
エルフィン族は総じて選民意識が強く、野蛮なアニマ族や不合理なヒューマル族を見下す傾向にあった。そんな相手に自分の領域内を荒らされる状況を、彼らは許容することができなかったのだ。
ヒューマル軍の遠征軍は、司令官の几帳面な性格通り、正確な日程を刻んで、エルフィン族の領域内に入った。
そしてすぐさま、エルフィン軍の大艦隊を補足した。
艦艇数は、ヒューマル軍八万二千隻に対して、エルフィン軍六万隻。
数の上ではヒューマル軍が有利だが、
「長期戦は望むところではない。短期決戦で決着をつけるぞ」
遠征軍の司令官であるハラダ中将に余裕はなかった。
時間の経過とともにエルフィン軍が次々と援軍を送り出してくることは、明白だったからである。
一方のエルフィン軍としても、迎え撃つ体勢が十分に整っているとは言い難かった。
艦隊の数もそうだが、“永樹会”と呼ばれる長老たちの決定は「無頼者を、可及的速やかに排除せよ」という、艦隊行動を著しく制限するものだったのである。
「猿どもと、真正面から戦えと言うのか?」
エルフィン軍の迎撃艦隊の司令官は、マニュエル・ド・テンペナス・ロクシュナ黄樹帥という。ヒューマル軍でいうと大将に相当する階級を持つ、新進気鋭の提督だった。
エルフィン族は耳が長く、額に水晶を埋め込んだような特殊な器官を持っている。彼らはこの器官を使って、艦の電脳制御にアクセスすることができる。
また寿命が約三百年と他の種族よりも長いが、その分、種族としての繁殖力は弱く、個体数が少ない。
ゆえに彼らは、“幹”と呼ばれる乗艦に、“葉”と呼ばれる無人艦を連携させることで、艦隊数を確保していた。
優秀なエルフィン族の軍人であれば、十隻もの“葉”を自在に操ることが可能だ。
エルフィン軍の艦隊は、いわば完全に統制のとれた小隊の集まりであり、ツボにはまった時には恐ろしいほどの強さを発揮するが、“幹”が倒れるとすべての“葉”が散ってしまうという危険要素を含んでいた。
これらの特徴から、エルフィン軍がもっとも得意とする戦法は持久戦であった。
“葉”で“幹”をしっかり守りつつ、隙を窺っては、やはり“葉”で攻撃する。
その戦い方は、“猟犬”ガラム隊に対してサダムが使った“ファントム”による三×三システムに近いかもしれない。
「敵を領域内の奥深くに引き込み、奇襲なり挟撃なりで粉砕する。これこそが、もっとも理に適った戦い方ではないか」
誰もいない艦橋で、ロクシュナ黄樹帥はひとりごちた。
彼は百歳弱とエルフィン族の中ではまだ若く、種族としての凝り固まったプライドよりも合理的な行動を優先させたいと考えていた。
だが、エルフィン族は年功序列の考え方が根強い。長老たちが取り仕切っている“永樹会”は、絶大な権限を有している。
いくら黄樹とはいえ、面と向かって逆らうわけにはいかないのだ。
「相対距離を保ちつつ、守りを固めよ。後続部隊が到着次第、一気に反撃する!」
それが、せめてもの妥協点であった。
ヒューマル軍の宿将たるハラダ中将は、エルフィン軍の戦い方や強みを、もちろん熟知していた。
しかし身動きが取りづらい大艦隊である。地の利のない場所での遭遇戦とあっては、下手に動くこともできない。
「全軍、陣形を整えつつ、加速せよ!」
ハラダ中将の声は苦渋に満ちていた。
何という工夫のない戦い方だろうか。
敵軍は相対距離を保ちつつ、守りを固めようとしている。このままでは、長期戦に引きずり込まれるのは明白だった。
どこかで流れを変えなくてはならない。
その隙を、冷静沈着なエルフィン軍が見せてくれるだろうか。
もちろん、戦ってもいないのに撤退などするわけにはいかなかった。艦隊戦での勝利こそが、この遠征の目的のひとつなのだから。
「敵艦隊、有効射程内に入りました」
通信士からの報告受けて、命令を下す。
「全軍、レーザー砲による一斉砲撃。撃て!」
こうして、ヒューマル軍の遠征艦隊とエルフィン軍の迎撃艦隊は、双方の司令官にとって不本意な形で交戦状態に入ったのである。
◇
さて。この時期を見計らったように、デモリア軍の大艦隊がヒューマル族の領域内に押し寄せてきたのには、理由があった。
デモリア軍とアニマ軍が一触即発の状態にあり、とても動ける状態にないという情報統括本部の報告は、間違ってはいなかった。
ただ、その争いにあっさり片が付いただけの話である。
デモリア族の領域とアニマ族の領域の間には、公海領域は存在せず、代わりに二種族間協定に基づく緩衝領域を設けて、突発的な軍事衝突が起こらないような措置がとられていた。
この領域に、アニマ軍が小型の移動軍事要塞を差し向けたことが、争いの発端であった。
移動要塞を放置すれば、艦隊の補給や修理を行える拠点となり、アニマ軍が侵攻してくる恐れがある。
そう考えたデモリア軍は、緩衝領域に大艦隊を集結させた。
アニマ軍は強弁した。
「我が軍の移動要塞は、推進装置が故障している。現在修理中であり、協定で禁止されている軍事行動には当てはまらない。デモリア軍の対応は不適切だ」
そして自分たちも、緩衝領域に大艦隊を集結させた。
この状態のまま、両軍は約四ヶ月間に渡って睨み合いを続けていたのである。
しかし状況は一変した。
紛争の要因となっていたアニマ軍の要塞が、突然移動を開始したのだ。
アニマ軍の公式発表としては、要塞の修理が完了したため帰還するというものだったが、これには裏の事情があった。
移動要塞は故障などしていなかった。デモリア軍を挑発するために、あえて緩衝領域で動けないふりをしていたのである。
それは“招き猫作戦”という、激烈な作戦の一環であった。
緩衝領域内で停止した移動要塞を、デモリア軍は放置することができない。必ず攻撃を仕かけてくるだろう。
アニマ軍は軽く戦った後、要塞を残したままワープで撤退する。
そして要塞を乗っ取る、あるいは破壊するために近づいてきたデモリア軍を消滅させるのだ。
反物質爆弾――AMBを使って。
この爆弾が稼働すると、半径五百スペースマイル内にあるすべての物質は消滅する。
ゆえに、物証や証言などは残らない。
さらにはAMB使用の疑いがかかる前に、アニマ軍はこのように発表する予定だった。
「当宙域にて強力な重力波が検知された。デモリア軍の攻撃によって要塞内のワープ機構が誤作動を起こし、ランダム・ワープが実行されたことは明白である。ワープアウトの痕跡がないことからも、我が軍の要塞はデモリア軍の艦隊とともに、別の銀河へと跳躍したものと考えられる。この悲劇の原因は、故障中であった我が軍の要塞を不用意に攻撃した、デモリア軍にあることを明記せよ」
真実に意味などない。理論的にわずかでも可能性があれば、それで十分なのだ。
だが、肝心要のAMBを、移動要塞に積み込むことはできなかった。
AMBの調達を任されたバロッサ万獣将が、AMBを保管していた個人宙港内で不慮の死を遂げたからである。
さらには、“招き猫”に偽装していたAMBまでも奪われてしまった。
すべてはヒューマル軍の新たなる英雄、サダム・コウロギの仕業であった。
この時点で、“招き猫作戦”の中止は確定し、アニマ軍を率いるライオカンプ獣王帥には、頭痛の種だけが残った。
AMBを所有しているサダム・コウロギは、ヒューマル軍の前線基地、軍事要塞マスラオに帰還した。
これではもう手を出すことができない。
戦況が不利になれば、ヒューマル軍はいつでも“招き猫作戦”を実行することができる。
最強最悪のジョーカーを渡してしまったも同然であった。
自室のベッドで養生しながら、ライオカンプは考えた。
ならば、そのジョーカーをデモリア軍に引かせるというのはどうか。
緩衝領域から、移動要塞と艦隊を引き上げる。
デモリア軍は喜び勇んで、ヒューマル族の領域へと遠征に出かけるだろう。
こちらは高みの見物をしているだけでよい。
思いのほか早く、その機会は訪れた。
何を血迷ったのか、ヒューマル軍がエルフィン族の領内へ遠征を開始したのである。
ここ十年ほどほどの戦いで、ヒューマル族の国境沿いの宙域は荒らされていた。
好き放題暴れ回っていたデモリア軍、アニマ軍、エルフィン軍は、それぞれが密かに観測装置を設置しており、それらが大艦隊のワープによる巨大な重力波を検知したのである。
エルフィン軍は迎撃体制を整えた。
デモリア軍は遠征軍を出撃させた。
そして、アニマ軍は動かなかった。
もともと弱小勢力である上に最悪のタイミングで遠征軍を派遣したヒューマル軍の劣勢は必至である。民族存亡の危機に陥ることになるだろう。
となれば、AMBが使用される可能性は高い。
「これで、頭痛の種がなくなるかもしれんな」
ライオカンプ獣王帥は、ヒューマル軍とデモリア軍の共倒れを秘かに期待していた。




