(25)立候補
もちろん第九十九艦隊は、VRゲームばかりやっているわけではない。
現実世界においては、軍事要塞マスラオから出撃し、安全なヒューマル族の領域内で軍事演習を行なっている。
この時ばかりはサダムも比較的真面目に、艦橋でドーム型ディスプレイを鑑賞していた。
といっても、気になった部分に口を出すだけで、あとはシロに任せきりである。
演習計画を立てたのもシロだ。
「戦場ではバリアーを使うため、おもに光信号によって意思疎通を図ります。旗艦が命令を発し、すべての艦艇から命令を受諾したという返信を受けてから、艦隊行動を行います」
そうしなければ、何かの事情で行動できない艦は置き去りになってしまう。一度艦隊からはぐれると、短時間で合流するのは至難の技だ。戦場では撃沈されたに等しい損害となる。
「ですから、命令の発信と受託の返信、そして行動をワンセットにして、繰り返し訓練します」
「なんだか、まどろっこしいなぁ」
サダムがそう感じたのは、STFでの柔軟な連携行動を観戦していたからだろう。
実際の艦隊同士の戦闘においては、すべての艦がかたまって単調な行動をとることが多い。複雑な命令を出して味方が混乱すると収拾がつかなくなるからだ。
サダムはシロに注文した。
「こちらからは部隊長に指示を出して、あとは任せたらいいんじゃない?」
「艦隊から分隊を出す場合には、そのような方法がとられるようですね」
「うちなんて、分隊の集まりみたいなものだし」
「確かに」
ツクモ艦隊には、いわゆる艦隊ポリシーというものが存在しない。
攻撃特化型、防御特化型、移動特化型、汎用型と、様々な特性を持つ艦が混在しており、すべての艦でまとまった艦隊行動をとることは、それぞれの長所をなくすことに等しい。
ゆえにツクモ艦隊では、艦の特性ごとに部隊分けを行い、それぞれが半ば独立した行動をとる形式を採用していた。
傍から見れば、烏合の衆である。
「各部隊への行動命令を細分化し、コードを割り振ることによって、柔軟な艦隊運動を行うことができるかもしれません」
こういった作業は、シロの得意分野であった。
軍事演習はおよそ週に一度、三日間に渡って行われた。
光信号が激しく飛び交う宇宙空間を、ツクモ艦隊を構成する十五の部隊が分裂し、あるいは塊となり、タイミングを合わせて攻撃する。
「メガ・レイドのようにはいかないなぁ」
「練度が足りていません」
多少のタイムラグや不揃いはあるものの、各部隊は何とかシロの指示に食らいついているという感じだ。
「特訓あるのみです」
現実世界では副艦隊長、仮想世界ではサブマスターを勤めるシロが、遠くの獲物を見定める肉食獣のような、真剣な表情で呟く。
その後もツクモ艦隊の艦長たちには、現実世界と仮想世界における厳しい訓練が課せられることになった。
◇
軍事要塞マスラオの軍事司令塔内において、臨時艦隊長会議が召集されたのは、ツクモ艦隊が創設されてから、ひと月後のことであった。
作戦会議室は半円形の部屋で、弧を描く側に沿って階段状に二百ほどの座席が配置されている。
だが、出席者は四十名に満たない。
演台のある場所が一番低い位置になっており、そこでマサオ・マスイ元帥が頬を震わせながら力説していた。
「ここ十年間というもの、我々ヒューマル軍は他種族による領域侵犯を受けており、こちらから公宙領域を超えて遠征を行うことはできなかった。このような状況を打破するためには、積極的な軍事行動が必要である」
いまいち風体の冴えない太った老元帥である。
極度に汗をかきながらもごもごと発言する姿は、艦隊長たちに感銘を与えなかった。
「けっ。ことなかれ主義の尻に、火がついたみたいだな」
甲高い声で毒づいたのは、ヒョウエ・オガミ少将である。
三十三歳の若手の提督であるが、色白で痩せており、目の辺りが不健康にくぼんでいる。
“死神”の異名には、その異様な風貌も含まれているようだ。
「最近うちは、負けが込んでますからね」
サダムのすぐ後ろに座っていたアキラ・ニシキオリ少将が、上体をかがめるようにして、裏事情を教えてくれた。
「半年くらい前に、前艦隊指令官が詰め腹を切らされる形になってね。それでシラトリ大将が昇進されたんだよ。本当なら、マスイ元帥も勇退するはずだったんだけど。あの人、見苦しいくらいに粘ってねぇ」
近いうちに軍事的な成果が得られないようだと、再び自分の立場が危うくなるというわけだ。
「これは作戦本部にいる知り合いからの極秘情報だけど。今回の遠征に、シラトリ艦隊司令官は反対されたみたいだね」
マスイ元帥の斜め後方にも座席があり、そこにはシラトリ艦隊司令官が、厳しい表情で座っていた。
「マサオさん、頑張ってるなぁ」
サダムの呟きは、やや羨望に満ちたものであった。
戦う理由どころか生きる目的さえ不明確な彼は、自暴自棄になることはやめたものの、いまだに手探り状態の中にあった。
とりあえずは自分に与えられた役割や、自分の下に集まってくれたみんなの目的に乗っかって、楽しくやっていこうと考えていたのだ。
ゆえに、退官間際の年齢になってもプライドを捨ててまで自分の地位にしがみつき、艦隊司令官に反対されてまで多くの部下を戦地へ送り出そうとするマサオ・マスイ元帥の妄執と独善的な行動力に、サダムは感銘を受けたのである。
よし、この素敵な元帥のためにひと肌脱いでみようか、などと気前のよいことまで考えていた。
「諸君らも知っての通り、ひと月半前に起きたクチナシ星系での戦闘では、第六十七艦隊がエルフィン軍の卑劣なる奇襲によって敗れ去った。我々は、多くの仲間と艦艇、そして将来を嘱望された艦隊長を失うという悲劇を味わったわけだが」
そこでマスイ元帥は、ちらりとサダムの方を見た。
「第六十七艦隊は、新たに第九十九艦隊へと生まれ変わった」
サダムはその視線の意味を理解した。
元帥は、ツクモ艦隊と自分に期待しているのだろうと。
「情報統括本部からの報告によれば、アニマ軍とデモリア軍の群艦隊は、緩衝領域を挟んで睨み合っている状況にある。現時点においてマスラオが攻撃される危険性は小さい。今こそ、大艦隊をもってエルフィン族の領域内になだれ込み、正義の鉄槌を下す時である。なお、今回の遠征軍の規模であるが、十三個艦隊、艦艇約八万二千隻を導入する予定だ。我こそは遠征軍の司令官を努めんと思う者は、挙手をして立候補せよ。私は、経験や実績にとらわれない果敢なる挑戦者を」
「は~い!」
「待ち望んでおぇ?」
サダムがぴんと手を伸ばすと、マスイ元帥は口を開けたまま呆けたような顔になった。
驚いたのは元帥だけではなかった。彼の後方にいたシラトリ大将が、動揺したように身じろぎした。
聴衆席に座っていた艦隊長たちがざわめき、一斉に注目した。くぼんだ目を見開いたオガミ少将が、サダムを凝視したまま少し顔を傾けた。
「あっちゃあ」
顔を手で覆って嘆息したのは、サダムの後ろにいたニシキオリ少将である。
演台のマスイ元帥は、今しがたの記憶を忘れたかのように、話を繰り返した。
「わ、我こそは遠征軍の司令官を努めんと思う者は、挙手をして立候補――」
「はいはい、元帥殿。サダム・コウロギ、立候補します!」
ざわめきが広がり、大きくなった。
大々的に公開された第九十九艦隊の決起式のせいで、サダム・コウロギの奇行っぷりはマスラオ内どころか銀河中に知れ渡っていた。
マスコミなどは面白がり、さすがは英雄らしい大胆かつ奔放な行為だと褒め称えたが、身内の、特に同僚となる高級軍人たちは、まるで異物の混入を許してしまったかのような居心地の悪さを感じていたのである。
ここで彼らは我に返り、冷静に状況を予測し始めた。
遠征軍の司令官ともなれば、中将の階級が必要となる。仮に少将のサダム・コウロギが司令官に抜擢されたならば、特別昇進が適用されるだろう。
通常ではありえない措置だが、サダム・コウロギはヒューマル軍でふたりしかいない銀河英雄名簿の登録者、つまりは英雄である。
軍の枠を超えた格付けでいえば、あり得なくはないのではないか。
そしてもし、今回の遠征が何事もなく、それこそ艦隊戦すら発生せず終了し、無事に帰還した場合はどうなるだろう。
不手際や失点はないのだから、降格はありえない。
ということは。
名だたる歴戦の提督たちをごぼう抜きにしたサダム・コウロギ中将が、軍事要塞マスラオ内に居座ることになる。
誰も、立候補をしなければ。
そういった危機感を一番感じていた男が、立ち上がった。
それは禿げ頭の中年男だった。
「お、おうっ。ハラダ副艦隊指令官!」
救いの女神でも現れたかのように、マスイ元帥の顔は紅潮した。
「遠征軍の司令官に、立候補してくれるのかね?」
「はい。非才の身ではありますが、このゲン・ハラダ、ヒューマル軍のため立候補いたします」
「よ、よくぞ言ってくれた。やはり、経験と実績は大切だ。何しろどんな事態が発生するか分からない敵領域内なのだからな。これは、ハラダ中将に決まりだろう」
先ほどとはまったく逆のことを口にして、マスイ元帥は話を終わらせようとした。
「異議のある者はいないな」
「はいはい、異議あ――」
「わー、馬鹿っ!」
手を上げて立ち上がろうとするサダムの後ろから、ニシキオリが手を回す。
そのままサダムの口を押さえると、代わりに発言した。
「まったくもって、異議はありません」
「よし。遠征軍の司令官は、ハラダ中将で決定とする。詳細は後ほど中将から報告があるだろう。では一同解散!」
これまでが嘘のようなはっきりとした口調でまくし立てると、マスイ元帥は艦隊長たちの視線から逃げるように、早足に作戦会議室を出て行った。
周囲が騒然とする中でただひとり、ミヤビ・シラトリ大将だけは微笑を浮かべていたが、そのことに気づいた者はほとんどいなかった。
「あーあ、マサオさん行っちゃった」
「おいこら、コウロギ君」
さわやかな笑顔を浮かべつつも、こめかみの辺りをひくつかせながら、ニシキオリはサダムの襟首を引っ張った。
「ちょっと話をしようか」




