(24)サダムズ・コレクション
「やっぱ、メガ・レイドの要は、重騎士隊だって。過去五回の敗戦は、すべて重騎士隊の崩壊から始まってる」
そうダイキは力説した。
「問題を指摘するのは簡単だがな、具体的にどう対応するかだろう。あんな怪物の攻撃を耐え続けるだけでも、かなりの恐怖心が刻み込まれる。よく食いついている方だと思うが」
堅苦しい口調で、シュウが意見する。
「重騎士隊のハタナカ少佐が、軽戦士への転職を希望してるんだよねぇ」
湯呑みのお茶をすすりながら、サダムがぽつりと漏らすと、
「やばいじゃねーか」
「ハタナカ先輩は、状況判断がよく、人望もある人だ。止めたのか?」
「いや、ぜんぜん」
ここは駆逐艦ユウナギ号の談話室である。
半纏を着たサダムと普段着のダイキとシュウが、コタツに入っている。
客人はもうひとりいて、
「しっかし」
ザイゼンなどが不良軍人と呼んでいる金髪のリン・タチバナが、物珍しそうに周囲を見渡した。普段はラフなジーンズやパンツスーツが多い彼女だが、今日はロングスカートを身につけている。
「ずいぶんと変わった部屋だな。妙に落ち着くけど」
ユウナギ号の談話室は畳敷きになっており、障子戸と床の間があって、さらには皐月人形やら壷やら香炉やら、わけの分からないものがごちゃごちゃと飾られていた。
「なんでタチバナが来てんだよ」
ダイキが不機嫌そうに指摘した。
「ここは、男たちだけの秘密の作戦室なんだぞ」
「ガキか」
「それは否定できん」
「シュウ、お前はオレの味方をしろ」
「まあまあ」
サダムがリンを呼んだのは自分であることを伝えた。
「今後のVRゲー……訓練について、リンにアドバイスをもらおうと思ってね」
「私なんかでアドバイザーが務まるのか?」
もちろんと、サダムは太鼓判を押した。
リンはギルドメンバーの体力を回復させたり、状態をケアしたりする神官隊の部隊長だ。
時には危険を冒して他の部隊の元へと駆けつけ、神聖魔法を使わなくてはならない。
縁の下の力持ち的な役割である。
「つまり、一番近くでみんなの背中を見ているわけさ」
だからこそ、各部隊の長所や欠点も見えてくるはず。
「たとえば、ザイゼンなんかどう? あいつ、けっこう頑張ってるよね」
「ザイゼンか」
渋々ながら、リンは同意した。
規律を重んじる堅苦しいザイゼンのことだ。サダムに反発するなり、ハラダ中将あたりに上申書を出すなり、何らかの動きを見せるのではないかと予想されていたが、意外なことに、彼は真面目に自分の役割をこなしていた。
真面目どころか、誰よりも積極的に取り組んでいるように思えた。
仲間を助け、励まし、隊列が崩れても決して諦めない。強大な魔物に怯むことなく立ち向かう姿は、ともすれば美しくさえ感じられた。
「確かに頑張ってるよ。気持ち悪いくらいに。なんていうか、う~ん」
リンは少し考え込む。
「涙ぐましい努力、って感じ?」
なかなか鋭い観察眼といえるだろう。
シロがザイゼンに対して、スペースカロリー製造工場への異動をちらつかせながら脅迫している事実を知る者は、この場にはいない。
話を聞いて、ダイキとシュウは別の感想を抱いたようだ。
「重騎士は、ただただ耐えるだけの、マゾ仕様だからな」
「あいつに、そっちの気があったのかもしれん」
サダムは納得したようだ。
「というわけで、ハタナカ少佐の代わりに、マゾのザイゼン君を部隊長にしようと思う」
「……」
ダイキとシュウが黙り込んだのは、せっかくの馬鹿騒ぎに水を差されると考えたからだろう。
一方、STFを訓練だと信じているリンは、それほどこだわりもないようで、肩を竦めて賛同した。
「ま、いいんじゃない? 部隊の中でも信頼あるみたいだし」
「それと、神官隊の、キバ少尉だけど。ちょっと突っ込みすぎかな」
「あ、あの子は」
リンは慌てた。
それは同期の女性士官だったが、優しさと献身さが裏目に出てしまい、敵の攻撃を受けてしまうことが多かった。
「神官は、自分が生き残ることが仕事だからね。真っ先に死んじゃうと、誰も助けられない」
「分かった。鎖をつけてでも、引き止める」
自分の甘さに気づいたのか、リンは歯噛みした。
何かを思い出したかのように、サダムが聞いた。
「そういえばさ、弓使い隊にすごい人いない? ひとりだけちょっと離れたところに陣取って、百発百中の人」
シュウが頷く。
「おそらくそれは、カスミ・ヤナセ先輩だろう。おっとりとした性格で、団体行動には向かないかもしれんが、射撃の腕は……。あれは、天性のものだろうな」
その後もサダムはそれぞれの部隊の中で気になる人物を指摘し、情報を収集していった。
少し感心したように、ダイキが言う。
「お前、案外みんなのこと見てるんだな」
「ふっ、他にすることないからな」
サダムの職種は“王”である。その特性のひとつとして、一定範囲内にいるギルドメンバーの攻撃力を数パーセント上昇させるというものがあった。下手に攻撃に参加して“王”が死亡すると、超規集団戦闘では致命傷になる。ゆえにサダムは、敵からやや離れた位置に陣を敷き、そこでメンバーの戦いっぷりを観戦しているのだ。
出入口の障子戸がスライドして、シロがやってきた。
「お食事ができました」
ワゴンの上には、土鍋、お櫃、取り皿、お酒などが乗せられている。
「待ってました!」
「こいつは、いい鳥だな」
ダイキが歓喜の声を上げ、普段無表情のシュウが、どことなく優しげな眼差しを鶏肉に向ける。
「今日は水炊きです。ヤシマ星から取り寄せた、生後六ヶ月のミロク鳥を捌きました。野菜も有菌土壌で栽培されたもので……」
STFの対策会議として、しょっちゅうユウナギ号に押しかけてくるダイキとシュウの目的のひとつが、シロが作る料理だった。
軍事要塞マスラオ内にある食堂は安くてボリュームはあるが、効率的な栄養補給が求められるため、どうしても画一的な食事になってしまう。民間の料理店はとにかく高く、新任艦長の給料では気軽に利用することはできない。
「相変わらず、割烹着姿のシロちゃんは可愛いなぁ。あ、写真撮っていい?」
「だめです」
ダイキには食事以外の目的もあるようだ。シロにはまったく相手にもされていなかったが。
「美味しっ」
思わず目を見張ったのは、リンである。
「なに、このスープ!」
「ナダ星の深層コンブから出汁をとりました。ナダ星は陸地のない海洋星で、魚介類や海藻類が有名です」
軍人としては上司と部下の関係かもしれないが、ユウナギ号ではあくまでも友人である。
だからシロは、彼らを主の客人として接しているし、主の評判を落とさないためにも決して手を抜かない。
「お前ら、いつもこんな料理をご馳走になってたのか」
恨みがましい目で、リンがダイキとシュウを見る。
「この前はステーキだったなぁ。しかも最高級のルビー牛。肉汁がじゅわっと出て、肉がこうふわっと、とろけるように消えるんだ」
「その前は岩窟ガニだ。ナダ星の、伝説的食材。甘みとうまみの凝縮した身を、酢醤油でシンプルに食べる。そして酒だ。カニ味噌が、これまたうまい」
「お、お前ら……」
幸せそうに思い出を語る二人に対し、リンはぐぬぬと箸を握りしめた。
「はい、どうぞ、艦長」
「おう」
シロはお櫃からご飯をよそって、サダムに差し出した。
「それと、お飲み物です」
「……」
湯呑みに入っているのは、冷たいお茶である。
ダイキ、シュウ、リンには酒が用意されており、サダムは何かを言いたそうな顔をしたが、指定席とばかりに隣に座ったシロの笑顔を見て、何かを悟ったようにがっくりと肩を落した。
酒が入ってしまえば、仕事の話どころではなくなる。
シロに対しセクハラ発言を連発するダイキに、酔えば酔うほど話がくどくなるシュウ。リンは顔を真っ赤にして、サダムに絡んだ。
「ずるいぞ、サダム。私にもシロを貸せ」
「無理。オレが生活できなくなる」
「うちの隊のみんなも、シロと話がしたいんだよ」
「私と、ですか?」
シロがきょとんとする。
「ああ、何しろシロは、ミステリアスだからな」
「じゃあ、艦にくれば? シロはお菓子作りも得意だし」
「本当か? 言ったな」
食事が終わると、シロは片付けをするためにキッチンへ向かう。リンも手伝おうとしたが、お客様にそんなことをさせられませんと、断られてしまった。
シロがいなくなると、ダイキがサダムににじり寄った。
「それで閣下、例のブツは?」
「ふふん」
サダムが立ち上がり、部屋の隅にある茶箪笥から何かを取り出した。
「シロには内緒だぞ」
コタツの上に出されたのは、十数枚の写真だった。
モデルはシロである。
「うおぉおおお!」
それは何気ない日常のひとコマだった。
ピンポンでちょっと恥ずかしそうにスマッシュを決めているシロ。トランプのババ抜きで最後の二枚のカードを手に、困ったような笑みを浮かべているシロ。割烹着姿でご飯をよそっているシロ。フリルのついた可愛らしいドレス姿で何故か敬礼しているシロ。VRゲームの中で鎧兜を身に付け、巨大な剣を振り回しているシロ。
「分かっている! サダム、お前は本当に分かっている!」
ほとんど涙ぐむ勢いで、ダイキがサダムの肩を叩いた。
「シロちゃんはエロじゃない。エロじゃないんだ。健全かつ健気。完ぺき主義者なのに、時おり垣間見せる動揺。そのギャップ。これなんだよ。お前は実によく分かっているぞ!」
「こんなのもある」
たたみかけるようにサダムが出したのは、サイン色紙だった。
そこには「銀河宇宙軍シロちゃん大佐」の文字と、肉食動物の足跡のようなスタンプが押されていた。
「こ、これは?」
「シロのサインと手形だ」
「うおおおおっ」
シュウが真顔で聞いた。
「まさか、命令して作らせたのか?」
「いや、土下座してお願いした」
「お前……」
リンも呆れたが、写真については気に入ったようだ。
「シロウトにしちゃ、よく撮れてるじゃないか」
「盗撮用の超小型ドローンを使った。一機五十万クレジットしたけど、安い買い物だったぜ」
「いくら私でも、さすがに引くぞ」
写真には特殊な加工がされているので、複製はできない。元データを持っているサダムだけが量産することができる。
「写真は一枚、三百クレジット。サイン入り色紙は千クレジットだ」
「金をとるのかよ!」
「当り前だ。元手がかかってるんだぞ」
ダイキはしばらく悩んでから、全種類を三セット購入した。
これらの関連商品、通称“サダムズ・コレクション”は、第九十九艦隊の中で一気に広まり、その後、マスラオ内の若い軍人たちからも熱烈な支持を受けることになるのだが、それはまた別の話である。




