表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/54

(23)VRMMO


 サダムが各艦長に送りつけたVR装置には、すでに市販のゲームソフトがインストールされていた。

 それは、銀河的な人気を誇っているVRゲームで“七種族幻想物語セブン・トライブズ・ファンタジー”というタイトルだった。

 略称は、STFである。

 ただし、軍事訓練という名目で使うこともあって、シロがソフトを改ざんしていた。タイトル画面の表示やキャラクターメイキングの工程がなかったのは、そのためだ。

 STFの仮想世界へとダイブした三千五百余名の艦長たちは、自分そっくりの化身アバター姿で、サダムがゲーム内に所有する九龍城砦カオルンじょうさい内に現れた。

 九龍城砦というのは、約一万戸の居住空間と訓練場が一体となった建物および土地一式のことで、クレジットで購入できる最も高価な課金アイテムのひとつである。

 アニマ族の支配領域から軍事要塞マスラオに帰還するまでの間、サダムとシロはずっとSTFをプレイしており、キャラクターのレベルをカンストしていた。また同期のダイキ・キタザワとシュウ・サオトメも、サダム以上にこのゲームをやり込んでいた。

 シュウ曰く、STFの評価は二分されるのだという。

 やり込み要素は多いが、その分面倒な作業も発生するため、本気でゲームをプレイしようという気概のある者しか残らない。


「生半可な覚悟で手を出すやつには、SFTの本質に気づくことはできん。やることが多すぎて不親切だなどと、想像力を放棄した猿のようなたわごとをほざき、自己正当化して去っていくのさ」


 ダイキ曰く、SFTに居つくかどうかの分かれ目は、大人数による協力プレイなのだという。


古代エンシェント級以上の魔物に対しては、一万人が同時参加できる大規模集団戦闘メガスケール・レイドが組まれるんだけど。これがすっげーカオスでさ。死人がばったばった出るわ、不利になるとみんなで逃げ回るわで、もうむちゃくちゃさ」


 サダムはこの大規模集団戦闘――メガ・レイドを、単独のギルドのみで行えないかと考えた。


「せっかくだから、第九十九ツクモ艦隊のみんなで楽しもうか」


 この案に、ダイキとシュウは飛びついた。


「いきなり三千五百名の巨大ギルド、誕生かよ!」

「しかも全員が軍人、戦闘のプロフェッショナルだ。この試みは面白い。実に面白いぞ」


 ギルド名は“ツクモ団”に決定した。

 ギルドマスターはサダムで、サブマスターは、シロ、ダイキ、シュウの三人である。

 ダイキとシュウは嬉々として、“ツクモ団”の育成計画を作成した。それはもう熱心に、本業であるはずの艦艇行動計画書よりも力を入れて作成した。

 シロも負けじと、主の願いを叶えるために申し出てきた。


「三千五百名のプレイヤーでも、メガ・レイドを攻略することは可能です。ただし、かなりタイトな数値管理が必要となります。その、戦闘指揮ですが……」

「シロに一任する」

「はっ。お任せください!」


 こうしてサダムの計画――いや企みは、馬鹿馬鹿しいほどの規模で実現することになったのである。

 ヒューマル族の軍人たちの大まかな特性として、不慮の事態への対応力は低いが、与えられた課題に対しては粘り強く取り組むというものがある。

 また、サダムのことをよく知らない者も多かった。

 ヒューマル軍史上最年少の提督であり、銀河英雄名簿ギャラクシー・ネームド・リストに登録された英雄が考えた訓練プログラムなのだから、これは本気で取り組まねばなるまいと彼らは考えた。

 三千五百余名の艦長たちは、ダイキとシュウの育成計画プログラムを、真剣に、真面目に、順調にこなしていった。

 “始まりの街”の“就職の館”で職種を決定すると、それぞれのグループごとに魔物たちが徘徊する広大なフィールドマップへ移動して、戦い方を覚える。

 攻撃方法はおもに三種類。

 武器を使って直接ダメージを与える物理攻撃、職種ごとに設定されている技能スキル攻撃、そして魔法スペル攻撃だ。

 防御方法と回避方法もそれぞれにあり、仲間とタイミングを合わせる同時発動コンボという特殊な行動も覚えなくてはならない。

 重要なのは、位置取りとタイミング、そして正確な発音だ。

 ゲーム開始から三日後、


「艦長。魔法使い(ウィザード)部隊、全員のレベルが三十に到達しました」

「お、早いな。よくやった」


 サダムに頭を撫でられて、シロは尻尾をくるくる回す。

 その後は最大十二名編成のパーティを組んで、閉ざされたフィールド、迷宮ダンジョン踏破クリアしていく。

 これは自分の職種の役割を覚えるためと、各種アイテムやゲーム内通貨を稼ぐためだ。

 ゲーム開始から一週間後、


「艦長、ギルドメンバー全員のレベルが、カンストしました。古代闘技場エンシェント・バトルフィールドチケットを獲得しだい、メガ・レイドに挑戦できます」

「よしよし」


 尻尾をくるくる。

 この頃になると、“ツクモ団”のギルドメンバーたちにも心境の変化が表れ始めた。

 仮想世界へのダイブ中は、名前に階級をつけて呼ぶことを禁止する。同じギルドのメンバーなのだから楽しくやろうとサダムが宣言し、そこのことがようやく浸透してきたのである。


「団ちょー。“セコイアの樹皮”、五百集めてきたよ」

「おう、ご苦労さん。倉庫に入れておいてくれ」

「サダム君。バフ用の“フロッグ・ステーキ”ぜんせん足りないんだけど」

「あれ? あ、作り忘れてた」

「ちょっとぉ!」


 また、サダムの同期たちが気軽に接している様子を見て、自分たちの上官が英雄などと呼ばれる遥か高みの存在ではなく、身近で気安く接することができる性格であることが、少しずつ分かってきたようだ。

 しかも、見かけは十代半ばの少年。提督らしい威厳など欠片もない。

 九龍城砦内では、部活で合宿をしているような、そんな雰囲気が漂いつつあった。

 ちなみにサダムの職種は“キング”である。これはギルドマスターのみ選択可能な職種で、他の職種のすべてのスキルを使うことができる。

 サダムは以前、シロとの協力プレイで自分の戦闘能力の低さに打ちのめされて以来、生産系と呼ばれる職種のレベル上げに勤しんでいた。今ではメンバーが戦闘で使用する装備やアイテム作成を一手に引き受けている。

 そしていよいよ“ツクモ団”による、始めてのメガ・レイドが開始された。

 記念すべき相手は、氷河盆地という領域フィールドにいる“古代の氷竜エンシェント・アイスドラゴン”である。

 三つの首を持つ竜族で、即死効果のある咆哮や、広範囲の氷の吐息ブレス、爪や足、尻尾による物理攻撃を持つ強敵だった。

 戦闘指揮は“聖騎士パラディン”のシロ。

 彼女は自分の周囲に各グループごとのステータス画面を百以上も展開して、すべての情報を収集分析し、ギルドボイスやグループボイスを駆使して指示を出すという離れ業に挑戦していた。

 “古代の氷竜エンシェント・アイスドラゴン”の攻撃パターンも、味方の能力もすべて把握している。

 しかし敵はあまりにも強大だった。

 正しい指示を出せたとしても、運が悪ければ攻撃を喰らい、戦線が崩壊することもある。

 また、口頭による指示では伝達スピードにも限界がある。

 “ツクモ団”のメンバーたちは善戦したものの、壁役である重騎士ヘビーナイト隊の一部が崩壊し、戦線を支えきれなくなると、一気に劣勢へと追いやられた。

 軽戦士ライトウォーリア弓使い(アーチャー)は防御力が低い。古代エンシェント級の魔物の攻撃を受けると、一撃で葬られてしまう。

 最後は、サダムとシロがいる司令部に氷の吐息アイス・ブレスが襲いかかり、“ツクモ団”は全滅した。

 それはギルドとしての、始めての敗北でもあった。

 強制的に瞬間移動した場所は、“ツクモ団”の本拠地である九龍城砦の中央広場だった。


「いやあ、負けた負けた」


 あっけらかんとした感じでサダムが頭をかくと、ギルドメンバーたちは疲れたように座り込んで、口々に文句を言い合った。


「ありゃ、無理だわ。っぱねぇ」

重騎士ヘビーナイト隊がもう少し粘ってくれたら、立て直せたんじゃない? 神官プリースト隊の回復魔法、間に合いそうだったし」

「ん~、どうだろ。スタンかかってたしなぁ」

「まずは防御に徹して、パターン分析をした方が……」


 しょせんはシミュレーションである。

 何回全滅したところで問題はない、最終的に勝てばよいのだ。

 ともすれば苦笑してしまいそうな砕けた雰囲気の中、シロはひとり立ち尽くし、唇を噛み締めていた。


『こちら、サブマスターの、シロである』


 ギルドボイスを使って、震える声で伝える。


『今回の諸君らの戦いに、敬意を表する。戦いに敗れたのは、ひとえに私の未熟さが原因だ。諸君らに責任はない。今後の奮闘に期待する。以上』


 それからとぼとぼとサダムの元へ向かい、戦闘結果の報告をする。

 やや俯きながら、涙を堪えている様子が見てとれた。

 サダムは焦ったように両手を動かしたり、シロの頭を撫でたりしたが、尻尾はうな垂れたまま、ぴくりとも動かなかった。

 その様子を見ていたギルドメンバーたちは、心の中にかすかな苛立ちのようなものを感じた。

 それは怒りの炎の、種火となるものであった。


「みんな。実際の戦闘では、一度死んだらそれっきりなんだよ!」


 そう言ってはっぱをかけたのは、リン・タチバナである。

 彼女は神官プリースト隊に所属しており、男勝りの気の強さと姉御肌ともいえる性格から、部隊長を任されていた。


「シロの責任なんかじゃない。私たち全員が、あの子の指示通り動けなかったことが問題なんだ。このまま、へらへら笑っていていいの?」


 このアニマ族の少女は、サダム以上に謎多き人物であった。

 見かけはぬいぐるみのように可愛らしい。

 だが、演説や戦闘指揮をしている時の口調は、厳しい軍人のそれであり、最初はみな「少し勘違いの入った痛々しい子」くらいの認識だった。

 しかし、サダムに頭を撫でられて嬉しそうに尻尾を振り回している姿や、部隊のレベル上げに全力を尽くす姿を見て、考えを改めた。

 この子は、ただただ生真面目なだけだ。

 そしてサダムのことを、心の底から尊敬している。

 大好きな兄のために頑張る小さな妹という感じのいじらしいイメージが固まると、今度は保護欲や母性本能に似た感情が生まれてくる。

 いつしかシロは、“ツクモ団”のマスコットキャラ的な存在になっていた。


「その通りだぜ!」


 シロのファン一号を公言しているダイキが立ち上がった。


「シロちゃんは最後まで諦めなかった。オレは自分が情けねぇ。軽戦士ライトウォーリア隊がヘイトを奪って、“古代の氷竜エンシェント・アイスドラゴン”引きつけていたら、重騎士ヘビーナイト隊を立て直せたかもしれないのに。それなのに、早々に諦めちまった」


 シュウも続く。


「その点は、弓使い(アーチャー)隊であるオレたちも同罪だな。回復を神官プリーストばかりに任せたりせず、ポーションを使うタイミングを狙うべきだった」


 その後は反省点などが次々上がり、どちらかといえば重苦しい雰囲気となった。


「あ、そうだった」


 そんな中、空気の読めないサダムがギルドボイスを使って呼びかけた。


『祝勝会でも残念会でも使えるように、料理を用意してたんだ。しかも、A五級食材を使ったやつ。これを食べてさ、次のメガ・レイドに向けて鋭気を養おう』


 サダムがステータスプレートを操作すると、何もない空間にテーブルとともに湯気立つ料理が出現した。

 仮想空間での食事は、現実世界と変わらない満足感を与えてくれる。

 しかも、いくら食べても太らないという嬉しい特典つきだ。

 だがしかし、


「いらない」

「団ちょー。悪いけど、ひとりで食べて」

重騎士ヘビーナイト隊。平原領域(フィールド)で陣形の組み直しだ」

「うぃーっす」

魔法使い(ウィザード)は詠唱の練習。発音速度がぜんぜん足りない」

「早口言葉、苦手なのよね」

「ほら、文句言わないの」


 ぞろぞろと、サダムを残して九龍城砦を出ていく。


「おーい」


 ひとり残された英雄は、とても寂しそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ