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(21)決起式


 約一万人を収容できるサザナミ文化ホールには、軍上層部や現在マスラオ内に駐留している二十五の艦隊の各艦隊長、そして第九十九艦隊に所属する三千五百余名の艦長たちが集合していた。

 軍の関係者だけでなく、マスメディアの数も多い。ヒューマル族以外の種族も多く参加しており、これは今回の第九十九艦隊の決起式が、銀河的に注目度が高いことを示していた。

 史上最年少の英雄が初めて公の場に姿を現すのだから、当然のことなのかもしれない。

 マモル・ザイゼンは、内心どきどきしながら壇上の様子を窺っていた。

 このような厳かな場所に、本当にあのサダム・コウロギがやってくるのだろうかと、今さらながらに不安になっていたのである。

 やはり、何かの間違いではないだろうか。

 そもそも正式に軍人になってからわずか三ヶ月で将官になるなど、常軌を逸している。中尉の自分でさえ異例の昇進のはずなのだ。同期の誉れなどと、祝えるような心境ではなかった。

 正面の壇上では要塞司令長官マサオ・マスイ元帥の挨拶が終わり、要塞駐留艦隊司令官ミヤビ・シラトリ大将による第九十九艦隊の概要説明が行われていた。

 巨大なディスプレイには、最新型の戦艦、空母、巡航艦、駆逐艦が宇宙空間を悠然と進んでいる映像が映し出されていたが、そもそもは半壊した第六十七艦隊に予備兵力を加えた混成部隊である。また、他の艦隊との入れ替えが千を超える単位で発生しており、もはや第六十七艦隊の面影など残っていないだろう。

 第九十九艦隊に所属する艦長の平均年齢は、約二十三歳。

 周囲を見渡しても、ベテランと呼ばれる軍人はひとりもいない。ダイキ・キタザワ、シュウ・サオトメ、リン・タチバナを始めとする同期たちの姿も多く、このまま同期会を行えそうな顔ぶれである。

 このような艦隊で、本当に戦えるのだろうか。

 シラトリ大将の説明が終わった。

 いよいよ、サダム・コウロギの出番である。

 しかしまあ、ボロが出ないようにはするだろうと、ザイゼンは考えた。

 挨拶文については広報課が念入りに推敲を重ね、厳粛な式にふさわしいものに仕上げているはずだ。

 サダムの挨拶が終わると、全員で敬礼して「ヒューマル軍の旗の下に」を斉唱する。その後は簡易な立食パーティが行われて、解散の予定だった。


「それでは続きまして、ヒューマル軍第九十九艦隊長、サダム・コウロギ少将による着任の挨拶です」


 司会進行役の女性士官が告げると、ホール内が暗くなった。

 静かなストリングスの音が流れ出し、巨大スクリーンに文字が浮かび上がる。


『奇跡の……』


 金属を打ち鳴らしたような細かな旋律が加わる。


『帰還』


 まるで映画のCMのようだと、ザイゼンは思った。


『それは、新たなる英雄の誕生を意味した』


 なかなか凝った演出である。どこかの映像作成業者に委託して作らせたのだろうか。

 ホールの隅に視線を移すと、非常口の電灯に照らされた総務部長が、何やら落ちつかない様子できょろきょろしていた。


『刮目せよ』


 音楽が、徐々に盛り上がっていく。


『称えよ』


 ハイハットに続き、シンバルの音。


『ひれ伏せ』


 再びシンバルの音。

 軍らしからぬ、ずいぶんと尊大な台詞だ。

 再びホールの隅を見ると、総務部長が広報課長に説明を促している様子が見てとれた。

 ジジッ、ジジッ。

 映像にノイズが走り、やや不鮮明な人物が映し出された。

 その人物は、足を組みながら艦長席に座り、頬杖をついていた。軍服の袖が折りたたまれているようだ。鍔のついた軍帽を目深に被っており、表情は窺い知れない。

 映像が切り替わる。今度は艦長席右後方からのアングルのようだ。

 艦長席の人物が見つめる先、艦橋ブリッジ内のドーム型ディスプレイには、黄金色の鬣を持つアニマ族の軍人が映し出されていた。片目には眼帯をつけている。


『我輩が、ライオカンプである』


 カーキ色の軍服に真紅のマント。威風堂々たる姿。

 映像は不鮮明だが、自分で名乗ったからにはそうなのだろう。

 アニマ軍最高司令官、ライオカンプ獣王帥。もちろん出会ったことなどないが、ザイゼンはその存在を知識として知っていた。

 ひと睨みされただけで、思わず震えてしまいそうな迫力だったが、


『……なっ!』


 突然、獣王帥は驚愕の表情を浮かべた。


『お、おおうっ』


 うめくような声を上げ、鬣を震わせる。


『ま、待て――』


 アニマ族の軍人たちは攻撃的な性格で、恐れを知らないとザイゼンは聞いていた。

 そして何よりも、強くなくては上に立つことはできない。

 アニマ軍の最高司令官がこのような反応を示すことなど、ありえないはずだ。


『目標、敵旗艦ジオフレーベ』


 こちらは冷ややかな声である。

 艦長席に座っていた人物が、右手を横に振るう。


『波動粒子砲、撃て』

発射ファイア!』


 再び画面が切り替わった。

 今度はドーム型ディスプレイの映像らしい。アニマ軍の艦隊に紫色の光が吸い込まれて、数瞬後、派手な爆発が発生した。

 曲調が変わる。ドラムやストリングス、ベースの効いた、精神を高揚させるアップテンポの曲だ。

 その後、大量の魚雷ミサイルやレーザー砲が雨のように降り注ぎ、アニマ軍の艦艇が次々と大爆発を起こした。

 MT(メガトン)ミサイルにH(ホーミング)ミサイル、RC(リップル・クロス)レーザーに位相変異レーザー。ザイゼンの見たところ、それらはヒューマル軍の正規の装備品ではないようだ。

 しかし、破壊力はかなりのものである。

 あまりの迫力の映像に、会場からは「おおっ」と、感嘆ともどよめきともつかぬ声が上がった。

 やがて、アニマ軍の艦艇が次々とワープしていき、燃え盛る軍艦の残骸だけが残された。

 ふと気づけば、余韻を残すような落ち着いた曲調になっている。

 映像が切り替わって、艦長席を正面から捉えたものになった。

 最初と同じ構図だが、今度はかなり鮮明な映像だ。

 艦長席に座っている人物に向かって、カメラが寄っていく。

 軍帽に隠れていた目が、露わになる。

 それは、どこかひと懐っこい顔をした黒髪黒目の少年だった。

 バストアップ映像になった少年は、おもむろに片手を突き出すと、ピースサインを作った。


『銀河の平和は、サダム・コウロギにお任せ!』


 ジャジャーンと、わざとらしい効果音が鳴った。

 最後の映像だけは、どこかとってつけたような感じだった。台詞も棒読みで、力強さの欠片もない。

 しかし、これまでの映像の迫力の余韻が残っていたせいか、誰も指摘することはできなかった。

 ザイゼンにしても同様で、やはりサダム・コウロギだったのかと驚くとともに、ライオカンプ獣王帥の姿や爆発炎上していくアニマ軍の艦艇の様子に、すっかり飲まれてしまっていたのだ。

 映像は終わったが、ホール内は薄暗いまま。壇上の片隅にいる司会進行役の女性士官が、可哀想なくらいうろたえていた。

 その時――


「ピーッ、ピッ!」


 ホールの後方から、高らかなホイッスルの音が鳴り響いた。

 ホール内にいたすべての人々が一斉に振り返った瞬間、タイミングを見計らったように、スポットライトが照射された。

 光の下にいたのは、純白の毛並みを持つアニマ族の少女だった。

 大きな羽飾りのついたハット。赤と黒を基調とした半袖の上着に、ミニスカート。そして膝まであるロングブーツ。

 古風な行進用軍服マーチング・ミリタリー・スーツ姿だ。

 アニマ族の少女は、銀色のバトンを持っていた。 


「あ、シロちゃんだ」

「ほんとだー」


 ザイゼンの近くにいた同期の女性士官たちが、ひそひそと囁き合う。

 どこからともなくドラムロールの音が鳴り出した。

 その音に合わせるように、アニマ族の少女は手にしていたバトンをくるくると回し始める。

 とてつもなく早い。プロ並み、いやそれ以上の手さばきだ。

 ついには、バトンが天高く放り投げられた。

 銀色のバトンはスポットライトの光を反射して、きらきらと輝く。

 落下したバトンが少女の手によって見事にキャッチされた瞬間、吹奏楽団ブラスバンドによる行進曲の演奏が始まった。

 スピーカーからの音ではない。生演奏だ。

 演奏者は少女の後方、ホールの出入口から次々と現れた。

 それは子供くらいの大きさの、おもちゃの兵隊たちだった。

 服装はアニマ族の少女のものとよく似ている。それぞれが楽器を持ち、背中についた大きなネジ巻きを回転させながら、ややぎこちない動きで歩いている。

 おもちゃの兵隊たちはアニマ族の少女の周囲に集まると、ともに行進を開始した。

 先頭はアニマ族の少女。銀のバトンでリズムをとりながら、多くの座席に囲まれた中央通路を、壇上に向かって真っ直ぐに歩いていく。

 続いて、楽器を吹き鳴らすおもちゃの兵隊たち。

 その次に現れたのは、派手な御輿を背負った、象のロボットだった。

 長い鼻を振り上げながら、のっしのっしと歩いている。

 そして、


「やあやあ、みなさん!」


 御輿の上に乗っていたのは、何とサダム・コウロギだった。

 白色の布地に金糸の入った軍服姿。胸のところには重そうな勲章をぶら下げ、金の縁取りの入ったたすきをかけている。襷に刺繍されている文字は「ラブ&ピース」。軍人たちに喧嘩を売るような言葉だ。

 にこやかな笑顔を浮かべながら、サダムは手にしていた小さな筒状のものを振り回した。

 シュン、シュルル……。

 筒の先から、鮮やかな光の粒が飛び出した。

 それは彼が宙販ちゅうはんサイトで取り寄せた“虹色花火にじいろはなび”だった。煙や熱を出さない光源が飛び出す道具で、イベントの賑やかしなどでよく使われている。

 サダムが筒を振り回すたびに、様々な色のついた光の粒が発射される。光の粒は彗星のような尾を引き、幻想的な光景を作り出す。

 派手な演出はそれだけではない。

 ロボット象の鼻の先から、大量の紙ふぶきが吹き出したのである。


「ありがとう、ありがとう!」


 はしゃいでいるのはサダムくらいのもので、ホール内の軍人たちは度肝を抜かれ、呆気にとられるばかりだ。

 ホールの他の出入口からも、おもちゃの兵隊たちが現れた。こちらはうまくプログラムされていないのか、目的を失ったかのように客席によじのぼっていく。


「うわっ、なんだこいつら」

「ちょ、ちょっと。こっちこないでよ!」

「ひるむなっ、蹴り倒せ!」


 パニックにならなかったのは、観客が軍人だったからだろう。彼らはおもちゃの兵隊たちと格闘し、本能的に自分たちの安全地帯セーフティゾーンを確保しようとする。

 そんな大騒ぎも、やがて収束した。

 サダム・コウロギが、御輿の上から壇上へと飛び移ると、すべてのおもちゃの兵隊がぴたりと動きを停止したのである。


「挨拶って、あそこで話すの?」

「え、あ、はい」


 司会進行役の女性士官に確認してから、サダムはひとり演台へと向かって、マイクを手にした。


「え~」


 マイクがハウリングを起こして、少し顔をしかめる。


「どうも。サダム・コウロギです」


 凝った前ふりのわりに、たったひと言でサダムは挨拶を終わらせた。


「よろしくっ!」


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