(19)キャプテンズ・トレード
分解修理が完了した駆逐艦ユウナギ号の談話室で、サダムはごろごろしていた。
それは文字通りの意味であり、シロに膝枕をさせて、フルーツの盛り合わせを食べさせてもらいながら、艦隊編成に関する説明を聞いていたのである。
「まずは艦隊のポリシーを定め、艦艇の性質をそろえることが定石です」
「ポリシー?」
たとえば、ユウナギ号は攻撃特化型の駆逐艦であり、トンシ丸は移動特化型の巡航艦である。
この二隻がそろって行動しようとすると、わざわざトンシ丸は移動速度を落とさざるを得なくなる。
これでは長所を殺すことになるため、なるべく同じ性質を持った艦をそろえて艦隊を編成するのだという。
「攻撃力優先、防御力優先、移動力優先、バランス型――と、艦隊のポリシーは様々ですが、それぞれに長所と短所があります。こればかりは艦隊長の好みといえるかもしれませんね」
「なるほど。あ、次イチゴね」
「はい、艦長」
また、強さの底上げも有効である。
それぞれの艦艇には艦長専用の口座があるように、艦隊にも艦隊長専用の口座がある。予算内の範囲において、自分の艦隊に所属する艦艇のカスタマイズを行うことができるのだ。
一番足の遅い艦のエンジン出力を上げれば、それは艦隊全体のスピードアップに繋がるし、装甲の薄い艦の防御力を上げれば、弱点が軽減される。
そして、攻撃力を上げた場合はというと、
「たとえば、“死神”ヒョウエ・オガミ少将率いる第四十九艦隊は、波動粒子砲を装備した艦が数多く存在するようです。連続斉射はできませんが、その圧倒的な攻撃力は、敵にとって脅威になることでしょう」
「なにそれ。かっこいい」
サダムの興味を引いたのは、オガミ少将の異名だった。
「特徴のある戦い方をする艦隊長には、ふたつ名がつけられることが多いようですね」
ちなみに、艦隊長と艦長の好みが分かれると、少々面倒なことになる。一国一城の主としてのプライドがある艦長は、上からの命令とはいえ、自分の意志を簡単に曲げようとはしない。ベテランになればなるほど、その傾向は強い。
「それに」
シロはサダムの口元を布巾でぬぐう。
「多くの艦長たちは、予算不足で苦労しています」
「そういえば、シュウのやつが言ってたなぁ」
少尉の給料は八万クレジットで、食料品や消耗品を買ってしまうとほとんど残らないらしい。
「艦隊の予算をあてにして、艦隊の方針にそったカスタマイズを、あえて行わない艦長もいるようですね」
微妙な駆け引きである。
いっそのこと、艦隊の予算をすべて配布して、それぞれの艦長に好き勝手に使ってもらおうかとサダムは考えた。
どうせ自分のような若造が偉そうに命令しても、反発されるだけだ。
説得するのも面倒だし、シロに嫌な役目を押しつけたくもない。
「いちおう軍艦なんだからさ、どんなカスタマイズしたって戦えるんだろう?」
シロは目をぱちりとした。
「はい。やり方しだいだと思います」
艦隊が編成されたら、まずは訓練を行うことになる。
訓練内容については、やはり艦隊長の好みが反映される。とにかく実射訓練を行う者、移動や陣形変更を重点的に行う者、そしてシミュレーションを活用する者。
「シミュレーション?」
「ヒューマル軍が開発したVR戦術シミュレーションです」
「ふ~ん。あ、次メロンね」
「はい、艦長」
VR戦術シミュレーションは、仮想空間の中で艦隊運動を再現することができる。戦場の設定も、敵種族との交戦も思いのままであり、一時期は重宝されたらしい。
「しかし現在では、あまり使われていません」
「なんで?」
あまりにもリアルすぎたため、自分の艦が撃沈された時のイメージが残ってしまい、現実世界での戦いに影響が出たからだという。
「戦場で、防御や回避に終始してしまい、まともに戦えなくなったという記録が残っています」
「心的外傷ってやつか」
死を体験したことがないからこそ戦える、という考え方もあるのだろう。
「VRで訓練、ねぇ」
サダムが何やら考え込んでいると、駆逐艦ユウナギ号に通信が入った。
さすがに膝枕から起き上がって、サダムはソファーの上で胡座をかく。トレーナーの上下に半纏という、いつもの普段着だ。
モニターに映ったのは、一部の隙もない軍服姿の青年だった。
やや癖のある髪にくっきりとした二重まぶた。色白で顎の線は細い。優男という表現がぴったりとくる青年だが、階級章は――
『やあ、サダム・コウロギ少将。僕は、アキラ・ニシキオリ。君と同じ少将さ』
さわやかな笑顔である。
「ニシキオリ少将は二十六歳。第九十八艦隊の艦隊長で、柔軟な艦隊運動と持久戦に定評があります。艦長が昇進されるまでは、ヒューマル軍で最年少の将官でした」
隣のシロが小声で説明してくれる。
「どーも、サダム・コウロギです」
『……』
ニキオリ少将はサダムの姿に言葉を失った。
このような反応をされるのも、慣れてきた。
「何かご用で?」
『え、ああ』
ニシキオリ少将は再びさわやかな笑顔を浮かべると、
『キャプテンズ・トレードだよ。知ってるかい?』
軽くウィンクしてみせる。
するとウィンドウが分割されて、台座らしきものと五枚のカードが表示された。
まるでトランプである。
カードには人物のバストアップ画像が表示されていた。軍服姿であることから、ヒューマル軍の軍人であることが分かる。
「これは?」
『第九十八艦隊――つまり、僕の艦隊に所属している艦長たちさ。キャプテン・カードと呼ばれている。試しに、一枚タップしてごらんよ』
「艦長。汎用端末です」
シロが差し出した汎用端末にも同じものが表示されている。
五枚の中の一枚には、サダムが知っている人物が表示されていた。
先日、同期会で会ったリン・タチバナ少尉である。
カードをタップしてみると、画面が拡大されて、詳細情報が表示された。
氏名、年齢、階級、所属などの基本情報と、これまでの経歴と実績。また、艦の名前、種別、武装、そして攻撃力、防御力、移動力などをレーダーチャートで表したもの。
『どうだい、なかなか面白いだろう?』
再びニシキオリの笑顔が割り込んでくる。
『自分の艦隊のポリシーにそぐわない艦に、予算をかけてカスタマイズするのはとても非効率だ。だから艦隊長同士の合意のもとで、艦長と艦艇をセットでトレードする。それがキャプテンズ・トレードさ』
「気に入らない部下を放り出す仕組みか」
一瞬、ニシキオリの笑顔が固まった。
『おいおい、コウロギ君。いきなりぶっちゃけすぎじゃない? これは、関係者全員にメリットのある話なんだぜ。僕らとしては予算を節約できるし、艦長たちだって自分が求められている場所で活躍した方がいいに決まってる。おまけにトレードを通じて、艦隊長同士の親交も深められるってわけさ』
キャプテンズ・トレードは、伝統あるヒューマル軍の将校たちの間で受け継がれてきた艦隊運用の知恵なのだと、ニシキオリは説明した。
『まあ、醍醐味ともいうけれどね。カードを使ったゲームもあるし』
こちらもかなりぶっちゃけている。
『コウロギ君。君はヒューマル軍最年少の少将であり、艦隊長だ。ベテランの艦長たちがそう簡単に従ってくれるとは限らない。彼らの多くはやたらとプライドが高く、頑固者だからね。だからこそ君は、気の合う若い者同士で仕事をした方がいい。これは、同じ苦労をした先輩からのアドバイスだと思ってくれ』
ニシキオリが提示してきたキャプテン・カードは、リンを始めすべてが若手だった。
『もちろん、艦長の実績や艦艇の評価額に差がある場合は、一対複数のトレードとなる。その辺りも数字化されているから参考にするといい。やるかい?』
「やりましょう」
サダムは話にのった。
どんなことであれ、試してみないと始まらない。
「え~と、どうするんだろ?」
『今日はチュートリアルみたいなものさ。ゆっくり選ぶといいよ。慣れてくれば、すぐにカードを切れるようになる』
少しくらいは負けてあげるよと、ニシキオリは甘い笑顔を浮かべた。
「艦長、私がサポートします」
「おう、頼む」
シロは一瞬のうちにアプリケーションの仕組みを理解し、すべての人事情報を検索し終えたようだ。
「まずは、汎用端末に第九十九艦隊から排出すべきカードを表示します」
表示されたのは軍人然とした顔つきの若者だった。眉が太く、もみ上げが長い。
マモル・ザイゼン中尉。
同期会でサダムにからみ、シロに蹴り倒された男である。
「ザイゼンじゃないか」
「忠誠心のない、不要な人物です」
シロはすまし顔だが、思いきり私怨が入っているのではないかとサダムは疑った。
「ま、いっか」
「カードを画面上方に向かって、フリックしてください」
「ほら、シュッと」
汎用端末からカードが消えて、談話室のモニター内に表示されている台座に現れた。
しかし、見えない何かによってカードは弾かれて、再び汎用端末に戻ってきた。
「あれ?」
『おいおい、コウロギ君』
ニシキオリが肩をすくめた。
『君の艦隊を優秀な若手で固めてあげたいという、僕の意図を汲んでもらいたいね。キャプテンズ・トレードには一定の条件をつけることができるんだ。今回僕は、年齢制限をつけさせてもらった。台座に新人君を出すことはできないよ』
それならばと、サダムはシロに命じて、ベテラン軍人からカードを切っていく。
『なかなか思い切りがよいね、君は』
さわやかな笑顔の奥で、ニシキオリは冷徹な計算をめぐらせていた。
数千、数万という軍艦が戦う艦隊戦においては、艦隊長の仕事は限られてくる。陣形を整え、有利な位置に移動し、攻撃や撤退を命じるだけ。
戦いそのものは、個々の艦の力が大きな意味を持つ。
特にベテランの艦長は、これまでの戦いを生き抜いてきただけの何かを持っている。
癖の強い者ほど、戦場ではしたたかに活躍するのだ。
艦隊戦の経験がないサダム・コウロギは、まだ気づいていない。
実力の読めない若手を押しつけ実績のあるベテランを引き抜く、千載一遇のチャンスだった。
『よし、今日はこんなところかな。また明日連絡するよ。次は本格的にトレードしたいから、不要なカードを選んでおいてくれ。互いがよい艦隊になるよう願っているよ』
通信を終了すると、艦長席のアキラ・ニシキオリは笑顔を消して、ふんと鼻を鳴らした。
「……まったく無作為に選んでいるわけでもなさそうだな」
サダムが切ってきたカードには、掘り出し物がなかった。時間のない中で、意外と真面目に分析していたのかもしれない。
しかし、手間のかかる新人たちを放出することができた。
再び笑顔を浮かべて、口笛を吹く。
「何回かトレードしたら、他の提督にも教えてあげよっと」
その後サダムには、各艦隊長からキャプテンズ・トレードの申し込みが殺到することになる。




