(17)同期会
軍事要塞マスラオは、ヒューマル軍の前線基地であるとともに、城塞都市でもある。
その正体は、長半径三百五十キロメートル、短半径二百キロメートルという巨大な楕円体の岩石塊で、内部をくり抜いた広大な空間に、軍宙港、軍事司令塔、居住区、工業区、公共施設や商業施設など、都市として必要な機能がすべて詰め込まれている。
人口は、約三百万人。
そのうち軍関係者が、八割を占めるといわれている。
マスラオ内の宇宙港に着艦すると、サダムはシロを伴って、軍事司令塔の上階層にある総務部人材開発課へと向かった。
相変わらずぶかぶかの軍服の袖を折りたたみ、軍帽をずらして被っている。
「ちわ~っす」
窓口担当の女性下士官は、まずシロの姿を見て驚いたようだ。
ヒューマル族と敵対しているはずのアニマ族の少女が、軍事要塞内にいること自体が珍しい。
それから、胡散臭そうな目でサダムを一瞥した。
「申し訳ございません。ここは、一般の方は立ち入り禁――ッ」
なかば条件反射的な行為だろう。サダムの襟元についている階級章を確認するや否や、女性下士官は背筋を伸ばして敬礼した。
「し、失礼いたしました。じゅ――准将閣下?」
「これ、ここに出せばOK?」
「は、さようでございます!」
サダムは処女航海報告書を提出してから、今後の予定を確認した。
三日後に辞令交付式があり、次の配属先が決まるそうだ。
「んじゃ、よろしく」
「は、はいっ!」
新人艦長の育成支援を担当している女性下士官は、報告書を手に目を白黒させている。
突然、アニマ族の少女を従えた少年が現れて、しかもその人物が将官だというのだから、驚かないわけがない。
他の下士官たちも集まってきて、課内はしばし騒然となった。
「お偉いさんがいなくて、よかったな」
「そうですね」
手続きを済ませたサダムは上機嫌だったが、シロは不満そうである。
数々の苦難を乗り越えた英雄が奇跡の帰還を果たしたのだから、すべての軍人が軍宙港で出迎え、商業施設にて凱旋パレードを行い、今日という日を要塞内における特別記念日として指定すべきだと、彼女は考えていたのだ。
派手好きなサダムはパレードという言葉に魅力を感じたものの、「まあ、気楽でいいじゃないか」とシロをなだめた。
ふたり並んで宿舎へと向かう。
「思ったより早く終わったし、飯でも食いにいくか」
「艦長、だめですよ」
つい先日、駆逐艦ユウナギ号にサダム宛のメールが届いた。
それは、同期会への招待状だった。
自分に同期がいるというのも驚きだったが、“ゆりかご”システム内で育成され、軍人としての知識や規律を植え込まれただけの人間が集まって、一体何をしようというのだろうか。
おまけに、その育成すら失敗している自分ではお話にならない。
仮病を使って欠席しようとしたサダムだったが、シロが遠慮がちに提言した。
たとえ繋がりが薄くても、同期であることには違いないし、その関係は一生続いていく。
また、縦割りである軍社会で生き抜くためには、コネや知人による内部ネットワークが大切なのだという。
「今後、艦長は多くの部下たちを従え、大宇宙を羽ばたかれる御身です」
円滑な組織運用を行う上でも、こういった気軽に接することができる場には、なるべく参加したほうがよい。
「もし艦長が必要のない会だと判断されたなら、その時点で中座されたらよろしいかと」
ここまで言われては、駄々をこねることもできなかった。
「そうだ、シロも来いよ。みんなに紹介するから」
「いえ、私は」
バイオロイドとはいえ、敵対種族の姿をしたシロがいたのでは、微妙な空気になるだろう。
「宿舎で、艦長のお帰りをお待ちしています」
現在、軍宙港内にある駆逐艦ユウナギ号は、立ち入り禁止になっていた。
部品を購入して継ぎ接ぎ修理を行ったものの、船体へのダメージが予想以上に深刻であったため、分解修理を行うことになったのだ。
一週間は軍の宿舎で寝泊りする予定である。
宿泊費が無料であることはもちろんのこと、将官用の宿舎は広くて部屋数も多く、豪華な家具がそろっている。
高級ホテルと比べても遜色ないくらいだ。
シロが用意してくれた趣味のよさげな服に着替えると、不承不承という感じで、サダムが言った。
「行きたくないけど、行ってくる」
「あ、艦長」
シロはふわふわの右手を差し出して、にこりと微笑んだ。
「これを、お渡ししておきますね」
◇
「おら、サダムぅ。どんどん飲めよ」
ぐいのみに熱燗が注がれる。
「お前のせいで、同期会が遅れたんだからな」
このくだりは、一体何度目だろうか。
商業施設の一角にある大衆居酒屋“カミナリ・オカン”。
二百人以上は入る大型店舗を貸しきって、今夜は第二千三百四十七期、ヒューマル軍事大学宇宙学部艦船指揮学科、卒業生一同による同期会が開催されていた。
「っぷう」
サダムは一気に酒を呑み干した。
「お前、そんなに強かったっけ?」
鼻の上にそばかすを残した小柄な男が聞いてくる。
ダイキ・キタザワという二十歳の青年で、スポーツマンっぽく見えるが、実は重度のゲームジャンキーだ。
「っていうかお前、縮んでね?」
「頭を叩くな」
肘を使って押しのけていると、
「おそらくは、コールド・スリープ装置の影響だろう」
こちらは切れ長の目をした無愛想な男が、サダムのぐいのみに熱燗を注いだ。
「我が軍はアシガル社から仕入れているようだが、あそこの商品は信頼性が低い。目覚めた時には頭痛がするし、身体の節々も痛む。上層部はもう少し考えてもらいたいものだな」
シュウ・サオトメという、やはり二十歳の青年である。
こちらはインドアを好みそうな顔をしており、やはり重度のゲームジャンキーである。
乾杯の音頭から約一時間。
畳敷きの大部屋は、すでにカオスな状態になっていた。
バカ騒ぎしているお調子者たち、突然軍歌を歌いだしてひかれている大男、我関せずと女性を口説いている優男、近寄りがたい雰囲気を漂わせながら穏やかに談笑している美女グループ。
明日をも知れぬ身なのだから、全力で無茶もする。
「なあ、サダム、知ってるか?」
自称情報通のダイキが、とっておきの情報とやらを伝えてきた。
「ロボット副官の性格、変えられるらしいぞ」
反応したのはシュウである。
「本当か?」
「ああ、GRDCの宇販サイトで販売しているAIツールなんだけどよ。特殊な話し方や仕草、それと微妙な“気遣い”なんかを習得させられるんだ。それに、うちのAI調整課に頼めば、声質も変えられる」
「ということは?」
「美少女っぽい副官に、あれこれ命令できるわけだ!」
「女教師っぽい副官に、あれこれ注意されるわけか!」
ふたりの好みはまるで正反対のようである。
話を聞くと、どの艦のロボット副官も堅物で軍規にうるさく、何事においても減点方式で、誰もがげんなりしているという。
「問題は、AIツールの価格だな」
「いくらだ?」
「一番安くて、三十万から」
シュウは熱燗をあおった。
「少尉になったばかりの俺たちの給料は、八万クレジットだぞ。それも食料品や消耗品で、ほとんどが消えていく。新作のVRゲームすら買えん」
「だよなぁ」
「ふっ、お前ら」
勝手に盛り上がって勝手に落ち込んでいる同僚たちに向かって、サダムはにやりと笑ってみた。
「オレん艦の副官は、かわいいぞ」
「……?」
いぶかしげな顔になったふたりが、何かに気づく。
「げっ、来やがった」
「ザイゼンだ」
遠い席からのっしのっしと歩いてきたのは、参加者の中で唯一の軍服姿である大男であった。
もみ上げが長く、眉も太い。
かなりアルコールが回っているのだろう。赤ら顔で、目が据わっている。
「サダム・コウロギ!」
彼の名前は、マモル・ザイゼン。
第二千三百四十七期宇宙学部艦船指揮学科の、首席卒業者である。
「チュートリアルごときで、何をしていた。貴様が道草なんぞくっておるから、我ら四十七期生の評判が――」
「誰だ、この暑苦しい男は?」
サダムはダイキに聞いた。
「ザイゼンだよ、ザイゼン。お前、しょっちゅうからかってたじゃねぇか」
「へぇ~」
「き、貴様っ」
ザイゼンはたくましい両腕で、サダムの胸倉をつかんだ。
「じょーだんだよ、ザイゼン君。久しぶり」
「貴様の冗談なぞ、くそくらえだ!」
この見世物に、酔客たちは沸き返る。
「お、コウロギとザイゼンがまたやりあってるぞ」
「相変わらず熱いね、ザイゼン君は」
「サダムのやつ、身長縮んでね?」
ザイゼンはサダムに熱い息を吐きかけた。
「うっ、酒くさっ」
「ふんっ、お前がのんきに遊んでいる間に、俺は一日たりとも休むことなく哨戒任務をこなして、中尉に昇進したぞ」
襟についている階級章は、確かに中尉のものだった。
熱燗をちびちび飲みながら、シュウが「軍服を着てきたのは、階級章を見せつけるためか」と、あざ笑う。
ザイゼンは意に返さなかった。
「センサーにもほとんど映らない敵の影を、俺の艦だけが捉えたのだ! 俺が持ち帰った情報のおかげで、味方の損害は最小限に、最小限に……」
言葉が続かず、くぐもった声になる。
「こいつ、泣き上戸?」
「ザイゼンは、第六十七艦隊のホウジョウ隊に所属していたんだよ」
ダイキが説明してくれた。
哨戒任務に当たっていたホウジョウ隊は、エルフィン族の艦隊に補足され、攻撃されたのだという。
そして、ザイゼンの艦を残して全滅した。
「ううっ、ホウジョウ隊長ぉおお!」
「こら、首をしめるな」
「隊長の無念は、俺が――ブッ」
おしぼりが飛んできて、ザイゼンの顔に命中した。
「あんた、辛気臭いよ」
「き、貴様は、リン・タチバナ」
すらりとした長身の女性で、金色の髪が腰まで届いている。
男勝りで気が強く、不良っぽい。生真面目なザイゼンとは正反対の性格のようだ。
「サダムは、初めての航海で、三ヶ月間も宇宙をさまよって帰還したんだろう? のん気に遊んでいたわけじゃない」
しかし、見かけとは違って気の優しいところがあるようだ。
公宙領域に入ってからは、VRゲーム三昧だったサダムは、気まずそうな顔で片手を上げた。
「よ、タチバナさん」
「なんだ、気色わるい。リンでいい」
リンはサダムに近づくと、ぽんぽんと頭をたたいた。
「お前。しばらく見ないうちに、かわいくなったなぁ」
「頭を叩くな」
その時、広間のふすまが開いて、まるで妖精のような服を着た、可憐なアニマ族の少女が現れた。
やや不安そうに周囲を見渡していたが、
「あ、艦長」
サダムを発見して、表情を輝かせる。
シロだった。
「どうした、シロ?」
「はい。宿舎に総務部長から緊急連絡が入りまして。辞令交付式の日程変更が――」
最初はゆっくりと歩み寄ってきたシロであるが、次第にその歩幅が広くなり、最後は駆け足となった。
琥珀色の目が細まり、口元に牙を覗かせる。
彼女の瞳には、ザイゼンに胸倉をつかまれている主の姿が映っていた。
「その手を離しなさい、この、狼藉者が!」
天井付近までジャンプすると、シロはザイゼンの顔面に蹴りくらわせた。
「うぶげっ!」
ザイゼンは派手に吹き飛ばされた。
きりもみしながら畳の上をワンバウンドして、そのまま反対側のふすまを突き破る。
音も立てずに、シロはふわりと降り立った。
「成敗っ」
あまりにも衝撃的な出来事に、宴席はしんと静まり返る。
だが、すでに酔いが回っていた若き士官たちは、歓声を上げた。
「すっげぇ!」
「なにあの子?」
「真っ白で、かわいい!」
「や~ん、尻尾にリボンがついてる!」
「アニマっ子だ、アニマっ子」
ぞろぞろとゾンビの群れのごとく集まってきて、シロを何重にも包囲する。
「お前の知り合いか?」
リンの問いかけに、サダムはにやりと笑った。
自分の所有物であることを印象づけるようにシロの肩に手を回すと、おごそかにピースサインを突き出した。
「オレの副官の、シロだぜ」
「シ、シロです」
再び大歓声が沸き起こった。
特に興奮しているのはダイキで、「アニマっ子だ、アニマっ子だ」と連呼しながら、汎用端末で写真を撮りまくる。
「盗撮は犯罪。みんな、排除するわよ!」
女性士官たちも負けていない。
護身術を使ってダイキを吹き飛ばすと、汎用端末を破壊。それからシロに群がって、質問したりふわふわの毛並みに触ろうとする。
「あ、あの。艦長」
「ま、少しくらい付き合ってやれ」
サダムは畳の上で転がっているダイキに離席することを告げた。
「ちょっと飲みすぎた。トイレいってくるわ」
「お前、あとでシロちゃんのこと説明しろよ」
「おう」
幸いなことに、トイレには誰もいなかった。
洗面台に手を突いて、俯く。
体調はわるくない。
出かける前にシロからもらったアルコールを胃の中で強制分解する薬を飲んでいたからだ。
しかしそれでも、
「気持ちわりぃ」
サダムは吐き気をこらえずにはいられなかった。
「あいつらの記憶の中にいるオレは、誰だよ?」