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(15)追撃


 駆逐艦ユウナギ号の後方、約三十スペースマイルの位置にワープアウトしたガラム隊は、そのままエンジン全開で獲物を猛追した。

 宇宙空間でのスピードは、艦の重量とエンジンの出力量で決まる。

 ガラム隊から見たユウナギ号との速度差は七スペースノット。

 まるでウサギとカメだ。

 ビーム砲の有効射程は、約十スペースマイル。

 三時間足らずで、その距離になる。


「獲物は加速したか?」

「いえ。火は出ていません」


 怪訝そうに副官が答えた。

 ガラムはライオカンプやバロッサと違いAIを好まない。

 艦橋ブリッジ内には副官、操舵士、通信士、砲撃手などの他にバイオ・オペレーターが数人いて、電脳制御ブレイン・システムとのやり取りを行なっている。

 作業効率はやや落ちるが、緊急時の対応における柔軟さはAIに勝るとガラムは考えていた。


「尻を守ってやがるのか」

「おそらくは」


 宇宙船の船尾には、エンジンや噴射口などの推進装置がある。いわば大穴が開いている状態であり、攻撃力も防御力も弱い。

 一対一タイマンでも艦隊戦でも、船尾を取られた時点で負けを覚悟するほどの位置関係となる。

 駆逐艦ユウナギ号は、推進装置を守るためにエンジンの火を落とし、後方にバリアーを張っているものと推測された。

 完全に守りの戦術である。

 “猟犬”の異名を持つガラムからすれば、縮こまった獲物ほど楽なものはなかった。

 一番取り逃がす可能性が高いのは、相手が百八十度回頭して、猪のようにこちらに突っ込んできた場合である。

 相対速度があまりにも大きくなりすぎると、攻撃を命中させるタイミングがシビアになるし、万が一突破を許したら、追いつくのも苦労するからだ。

 逃げる相手に魚雷ミサイルは有効ではない。レーザー砲にてバリアーを削り、船体にダメージを与えるべきだとガラムは考えた。


「三隻ごとの四グループで、ローテーションを組む。休むことなく嚙みつけ」


 獲物に血を流させ、弱らせる。

 相手に狩られる絶望感を味あわせるには、最高の攻撃方法だろう。

 有効射程に入るのを待ってから、ガラムは作戦を実行した。

 ガラム隊の巡航艦は、ノーマルレーザー砲しか装備していないが、あまりにも強力な兵器では駆逐艦ユウナギ号を完全に破壊してしまう。


「こいつは、おあつらえ向きかもしれねぇな」


 密かに舌なめずりしたガラムだったが、三十分ほど攻撃を続けたにもかかわらず、ユウナギ号からは火の手が上がらなかった。


「敵駆逐艦との距離、五.三スペースマイル」


 副官の報告に、ガラムは舌打ちした。


「減速だ。相対速度をゼロにしろ」


 この時ガラムは苛立ちとともに、得体の知れない不気味さを感じていた。

 一万隻もの大艦隊を前に、抵抗するそぶりもなく、無防備なまま現れた駆逐艦ユウナギ号。ライオカンプとサダム・コウロギの会談の様子を視聴していたバロッサ艦隊は、不意を突かれて予想外の被害を出した。

 状況はまるで違うが、よく似た空気をガラムは嗅ぎとったのである。

 だが、戦況は圧倒的に有利なはず。

 負ける要素など、欠片ほどもない。


「かてぇな……」

「敵艦、反撃してきます」

「なに?」


 しめたと、ガラムは思った。

 攻撃する瞬間は、バリアーが剥がれて防御力が落ちる。カウンターで被弾させる確率が高まったわけだ。条件はこちら側も同じだが、手数が違う。


「よし、出力は下がってもいい。連射速度を上げるんだ」


 まるで正面から相対しているかのような、激しい砲撃戦が展開した。


「どういうことだ? やつら、尻に艦砲でもつけてるのか」

「いえ、違います。敵駆逐艦の周囲を飛び回る熱源を感知しました。これは――」


 副官の声が上ずった。


「“ファントム”です!」


 正式名称は、オプション・システム。

 攻撃管制システムやバリアー発生装置を搭載し、自立稼働する球体型の兵器である。

 うまく使えば艦の攻撃力や防御力を向上させることができるが、何かと欠点の多い兵器でもあった。

 まずは、価格である。

 ライセンスを有しているのは、今夜のおかずから魚雷ミサイルまで販売している悪名高きGRDCであり、新造戦艦がまるごと一艦購入できるほどの価格が設定されている。

 艦艇数を増やすほうがコストパフォーマンスよく、軍事的に大量に導入された事例はない。せいぜいが要人の護衛用だ。

 次に、急激な加速や減速に耐えられないこと。

 “ファントム”は母艦の周囲を飛び回って攻撃や防御を行うが、推進力は小さい。戦闘中に母艦が動き回ると、すぐに剥がれ落ちて行方不明になってしまう。かといって、いちいち“ファントム”を収容してから移動していたのでは、戦うこともできない。

 そして最後に、稼働限界時間が短いこと。

 推進剤が切れると動けなくなるし、レーザー砲やバリアーを使うと大量のエネルギーを消費する。全開戦闘時においては、三十分に一回、母艦に戻って補給を受ける必要がある。これは、戦闘中に一定の戦力を保てないことを意味した。

 どれもこれも致命的な欠陥のはずであった。


「やつらめ。あんな高価なガラクタを、どうやって」


 答えはほどなく浮かび上がってきた。

 先日の戦いで、駆逐艦ユウナギ号はバロッサ艦隊に所属する二十四隻もの艦艇を撃沈した。

 その功績で “ファントム”を購入できるだけの特別報酬を手にしたのだろう。

 加速も減速もせず逃げていた理由も、これで説明がつく。


「すぐに稼働限界がくるぞ。攻撃の手を緩めるな!」


 ガラムの予想は外れた。

 その後四十分間、“ファントム”からの攻撃は一向に止む気配を見せなかった。

 それどころか逆にカウンターを受け、巡航艦を一隻撃沈されてしまったのである。

 十分後には、さらに一隻。

 ガラムがレーザー砲の連射速度を上げるよう指示したことが原因なのだが、それは相手をしとめるための方策だった。

 しかし駆逐艦ユウナギ号は、レーザー砲によるすべての攻撃を船尾に受け続けながらも、平然としていた。

 さらに十五分後、


「じゅ、巡航艦レハイム大破。救援を求めています」


 副官からの報告に、ガラムは地団駄を踏んだ。


「ちくしょう! 一体どうなってやがる!」


 “ファントム”の稼動限界は、とっくに過ぎているはずだ。


「まさか、新型か?」

「そんなはずは――」


 ガラムの発想力は、そこまでが限界だった。

 相手が自分たちと同じことをしているという可能性に、彼は最後まで気づくことができなかった。

 戦闘開始時点で、駆逐艦ユウナギ号が所有する“ファントム”の数は、九機。

 サダム・コウロギは、バロッサ艦隊との戦闘報酬だけでなく、巨大な氷の塊――“物体X”を売り払って得た金のほとんどを“ファントム”に注ぎ込んでいたのである。

 その内訳は、レーザー砲を搭載したアルファ型“ファントム”が六機と、バリアーを発生させるベータ型“ファントム”が三機。

 これをアルファ型二機、ベータ型一機の三グループに分けて、ローテーションを組んで稼動させていた。

 また、ユウナギ号からは一切攻撃をせず、船尾にバリアーを集中させていた。

 つまりは、艦とベータ型“ファントム”との二重バリアーで船尾を守りながら、アルファ型“ファントム”でちくちく攻撃していたのである。

 ガラムは損害を恐れることなく距離を詰め、破壊力の高い魚雷ミサイルを使って攻撃すべきだった。

 だが、慎重になりすぎたために長期戦を選び、いつの間にか勝機を失っていたのだ。


「巡航艦イグロッド、撃沈。光信号による救助要請が――」

「ちくしょう! もう少し、もう少しのはずなんだっ!」


 相対速度ゼロを保ったまま、打ち合いを続ける。 

 だが、速度特化型巡航艦部隊のレーザー砲で、しかも連射速度優先の攻撃方法では、ユウナギ号の二重のバリアーを抜くことはできない。

 逆にカウンターを受けて、一隻また一隻と撃沈されていく。

 二時間後、敵味方を問わず恐れられていたはずの“猟犬”部隊は、ガラムの乗艦である巡航艦ザーバルを含めて、三隻にまで打ち減らされていた。


「こ、こんなはずは、ねぇ」


 たかが駆逐艦一隻に、巡航艦が九隻もやられるとは。


艦長ボス。ど、どうしますか」


 副官も動揺していた。

 その不安そうな表情は「もはや撤退を決断すべきでは」と、はっきり語っていた。

 冗談ではない。

 ライオカンプの命令を破った上に、惨敗し逃げ帰ったのでは、ガラムの立場は消えてなくなる。

 重い処罰も覚悟しなくてはならない。

 軍人としては死と同義だ。

 牙が折れるほど口をかみ締めながら、ガラムは決断した。


「突撃、だ」

「は?」


 血走った目を、ディスプレイに映っているユウナギ号に向ける。


「全艦、最大加速で突撃しろ。ブースターを使え!」


 それは今回の作戦の最終段階で使う予定の機能だった。

 メインエンジンとは別の推進力を使い、短時間で急加速し、目標と接触する。

 艦内のすべてのエネルギーを集中する必要があるため、攻撃、防御ともに手薄になるが、相手との距離を一気に詰めることができる。

 激しい光の尾をたなびかせながら、三隻の巡航艦がユウナギ号目がけて襲いかかった。

 アルファ型“ファントム”が応射し、二隻の巡航艦を破壊した。距離もなくバリアーも張られていない艦など、ただの的でしかない。

 しかし、この犠牲は無駄にはならなかった。

 最後に残った巡航艦ザーバルが、爆発炎上する味方の艦をすり抜けて、


「いまだ! 減速!」


 駆逐艦ユウナギ号に取りつき、並走したのである。

 その距離、わずか数十メートル。

 激突しなかったのが不思議なくらいだ。

 この位置関係では、レーザー砲やミサイル、バリアーなども無意味となる。


「右舷九十度回頭。“ノーズ”を伸ばせ! 強襲部隊、乗り込むぞ」


 巡航艦ザーバルの船首からドリルが飛び出して、ユウナギ号の船腹に打ち込まれた。

 ドリルの中は空洞になっており、相手の艦内に直接人員を送り込むことができる。アニマ軍では“ノーズ”と呼ばれている接舷装置だ。

 海賊まがいの乗っ取り殺法。

 それは、今回の作戦におけるガラムの切り札でもあった。


「オレも行く! 獣魔装甲ビースト・スーツを出せ!」


 両手の先に鋭い鉤爪を備えた戦闘服である。

 アニマ族は銀河の覇権を争う七種族の中でも身体能力に秀でている種族だが、瞬発力と筋力を劇的に向上させるこの戦闘服を身につけると、無類の強さを誇る。

 ガラムは駆逐艦ユウナギ号の艦長であるサダム・コウロギを確保するため、すべての艦に、本来であれば軍事基地などを攻める白兵戦用の部隊を、三十名ずつ配置していた。

 全身を覆う戦闘服を身に着けた屈強な男たちが、“ノーズ”内の通路を駆け抜けて、ユウナギ号になだれ込む。

 その先の倉庫らしき空間で待ち受けていたのは、白い毛並みを持つアニマ族の少女だった。

 片手に構えているのは、青白い光を放つレーザー・ナイフ。

 通路から漏れる逆光の中、琥珀色の瞳だけが爛々と輝いていた。


「なんだ、この女は!」


 ガラムは戸惑った。

 通常であれば、艦内を守るのは機械兵の仕事だ。それらを排除するための武器を、ガラムたちは用意していた。

 だが、生身の人間であろうと関係ない。


「撃ち殺せ! サダム・コウロギを確保するんだ!」

「……」


 少女の琥珀色の瞳が、すっと細まった。

 アニマ軍の獣魔装甲ビースト・スーツの手の平、いわゆる肉球の部分にはビーム兵器が搭載されている。 

 銃口を向けた先に、少女はいなかった。

 一瞬、白い残像が残るほどのスピードで、アニマ族の少女が突進してきたのである。

 攻撃手段を鉤爪に切り替えるも、間に合わない。 

 少女のレーザー・ナイフが翻るたびに、屈強な男たちの首が宙に舞う。

 行動速度の桁が違う。

 次々と部下の首が飛んでいく景色の中で、ガラムはただ呆然と立ち尽くしていた。

 これはなんだろう。

 何が起きているのだろうか。

 そして、その時は訪れた。

 白い影が目の間に現れ、閃光が走ったと感じた瞬間、視界が暗転ブラック・アウトする。


「この、不心得者が」


 空中で回転するガラムの頭部が聞いたのは、少女の冷たい呟やきだった。


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