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(14)猟犬


「ヒューマル軍人事局より専用WD(ワープ・ドライブ)通信です」


 シロが報告した。


「貴官のさらなる武勲を称え、一滴乾坤ハート・オブ・ブレイブ勲章を授与するものとする。ヒューマル軍人事局長、コジロー・キサラギ大将。お受けになりますか、艦長」

「うむ」

戦果値せんかち、二百四十三ポイント獲得。報酬、六億八千三百万クレジット獲得。二階級特進――大佐に昇進することができます。お受けになりますか、艦長」

「うむうむ」


 サダムが鷹揚に頷くと、艦橋ブリッジ内に甲高いファンファーレが鳴り響いた。


「だから、なんだよこれ?」

「昇進を祝うファンファーレですね」


 まるで自分のことのように喜びながら、シロが青い布製のトレイを差し出した。


「お受け取りください、艦長」


 トレイにはめ込まれていたのは、大佐の階級章と、流れ星を模した見るからに重そうな勲章だった。


「だから、どこから出してくるんだよ?」

「ふふ、秘密です」


 ちなみにユウナギ号の乗務員に登録された時点でシロもヒューマル軍の軍人になっており、サダムとともに昇進している。

 中尉になったらしい。


「金も入ったことだし、昇進お祝いとして、シロの軍服をオーダーするか」

「あ、ありがとうございます」


 さすがにアニマ軍の軍服では体裁が悪い。


「それと、宝石とかバッグとか、ハイヒールとか水着とか、じゃんじゃん買おうぜ」

「……」


 シロ用のお飾りグッズに思いをはせるサダム。

 この時彼は、シロに可愛らしいポーズをとらせて写真撮影をしようと企んでいたのだが、シロに注意されてしまった。

 ここはまだアニマ族の支配領域である。

 魚雷ミサイルなどの補充が最優先だし、シロにもヒューマル軍から給金が出るため、私物は自分で揃えられるという。


「じゃ、祝杯でもあげるか」

「はい!」


 スキヤキはまだ残っている。


「でも、艦長」


 シロは片手の人差し指を立てると、前かがみになって迫ってきた。

 にこやかな笑顔だが妙に迫力がある。

 まるで弟を諭す姉のような感じで、シロは言った。


「お酒はダメですよ」

「……」


 鼻の効くシロを誤魔化すことはできない。


「オレって確か、公式記録では二十歳なんだろ? 法律には違反してないんだし、少しくらいだったら――」

「ダメです」


 ぴしゃりと言われてしまった。

 どうやら二人の力関係に微妙な変化が生じたらしいことに気づき、サダムは渋面になった。

 今後は、わがままや無理なお願いを通すのも、骨が折れそうである。

 その後、駆逐艦ユウナギ号は三日に一度ワープを実行し、公宙領域フリーシーズ・エリアへと向かった。

 アニマ軍もユウナギ号の位置を補足しているはずだったが、今のところ追っ手の影はない。


「アニマ軍では、強いやつが偉くなるんだっけ?」

「ええ。文官の地位はかなり低いです。実績のある軍人でなければ、部下たちがついてきませんから」

「だとすると、ライオカンプのおっさん、突き上げをくらってるんじゃないかなぁ」


 サダムの予想は、的を射ていた。



     ◇



 バロッサ艦隊に所属している軍人たちは、やり場のない怒りを抱えたま、歯ぎしりしていた。

 せっかくボスの仇をうてると喜んでいたはずなのに、駆逐艦一隻に噛みつかれ、こともあろうに全員が尻尾を巻いて逃げ出す羽目になったのである。

 自尊心が傷つけられ、不可解な疑問も解消されない。

 これでは心の整理がつかないし、他の艦隊むれにも顔向けができない。

 下士官は士官に直訴し、士官は苦虫を潰したように沈黙する。

 その後、バロッサ艦隊が解散するという噂が流れ、暴動に近い騒ぎにまで発展していた。

 さて、サダムにおっさん呼ばわりされたライオカンプはというと、駆逐艦ユウナギ号からの攻撃で艦長席から放り出され、全身を強く打ち、療養中だった。

 しかし、ただ寝ていただけではない。

 密かに部下に命じて、ユウナギ号の動向を調査させていた。


「総大将。このままですと、やつらは十七日後に公宙領域フリーシーズ・エリアに入りますぜ。ワープによる重力波を探知できなくなりやす」


 報告したのは“猟犬”ことガラム千獣将だった。

 自分たちが支配する領域であれば、独自の観測装置を設置することができるが、公宙領域フリーシーズ・エリアでは難しい。

 このままでは、ユウナギ号を取り逃がしてしまう。


「やつが公宙領域フリーシーズ・エリアに出るなら、それでいい。よいか、ガラムよ。やつを密かに追って行き先を確認せよ。だが、間違っても戦ってはならんぞ」


 ベッドの中のライオカンプは、鬣が乱れ、耳も折れ曲っている。見かけだけでなく、内面からあふれ出ていたはずの覇気をなくしてしまったかのように、ガラムの目には映った。

 だが、ここは従うふりをしておく。


「へい。お任せを、総大将」


 巡航艦ザーバルの艦橋ブリッジに戻ると、ガラムは自分の専属である十一人の部下たちを呼び寄せた。

 ガラムは千獣将であり、その役職の通り千隻の艦隊を指揮しているが、それとは別の独立部隊を抱えていた。

 巡航艦ザーバルを含めた十二隻の高速巡航艦部隊は、ガラム隊と呼ばれている。


「ヒューマル軍の駆逐艦を追跡する」

「追うだけですか?」

「ふん、馬鹿いえ」


 不服そうな部下の問いを、ガラムは笑い飛ばした。


「どうやらうちの総大将は、牙が抜けちまったらしい。いずれ誰かに蹴落とされるだろうよ」


 その誰かには、もちろん自分も含まれている。


「では?」


 ガラムは沈黙した。

 “猟犬”は忍耐強く、賢い。ただ吠えて獲物を追い回すだけの存在ではないのだ。


「ひと思いに撃沈しても、いいかもしれんが」


 軍のトップの意向に逆らうことには違いない。


「ヒューマル族のあのガキを捕まえるってのは、どうだ?」


 これがベストの結果だとガラムは考えた。

 駆逐艦ユウナギ号の艦長――サダム・コウロギといったか。あのひょろりとしたガキを、ガラム隊が捕獲する。

 あとは煮ようが焼こうが、噛み砕こうが思いのまま。

 バロッサ艦隊に所属している軍人たちは、ガラムの行為を支持し、賞賛することだろう。

 負い目のあるライオカンプは処罰できないはずだ。

 この作戦を成功させるためには、相手を撃沈させるよりも高度な技術が必要となる。

 だが、自分たちならばできる。


「そうすりゃ、オレは万獣将だ!」


 いずれはアニマ軍のトップすら狙えるかもしれない。


「うまくいったら、お前らを千獣将に推薦してやる。どうだ?」


 部下たちが興奮で息を荒くし、舌を出した。


「ウォオオオ――ンッ」


 甲高い声でガラムが遠吠えすると、他の十一人も続いて、艦橋ブリッジの中は騒然となった。

 方針は、決定された。

 極限までカスタマイズされたガラム隊のワープ航行距離は、一万五千スペースマイル。

 駆逐艦ユウナギ号の、実に二倍以上もの距離を誇る。

 公宙領域フリーシーズ・エリアまでに追いつくことは可能だったが、問題は船首を抑えるか、船尾を追うかである。

 正面から相対するのはまずいと、ガラムは懸念した。

 ユウナギ号の船首には、波動粒子砲が備えつけられている。

 ライオカンプの戦艦ジオフレーベを、廃艦スクラップ寸前まで追い詰めた凶悪な武器だ。

 戦力差は歴然だが、まぐれ当たりでもされたらたまったものではない。

 ただし、欠点も多い武器でもある。

 重量がかさむため艦の移動速度が遅くなるし、連射はきかずエネルギーの消費も大きい。

 そして、撃てる角度にも制限がある。


「よし、やつの尻尾に噛みつくぞ! ワープ機構ドライブ、稼働」


 一万隻対一隻の対決から、十五日後。

 公宙領域フリーシーズ・エリアの直前で、ガラム隊は駆逐艦ユウナギ号を捉えた。


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