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(12)アンチ・マター・ボム


 駆逐艦ユウナギ号の艦橋ブリッジの様子に、ライオカンプは不覚にも――

 度肝を抜かれた。

 画面下部から中央の座席に向かって、鮮やかな赤絨毯が敷かれている。まるで王が待つ謁見の間のようだ。

 艦長席の後ろに立てかけられているのは、金色の屏風。そこには雷と風を従えた二体の鬼が描かれていた。

 金屏風の後方には赤白の幕が垂れ下がっており、さらなる彩りを添えている。

 座席の左側には、花鳥風月をあしらった陶器製の大壷。そこには花ではなく、一本の棒が刺さっていた。棒の先には風車らしき飾りがついており、その下に布で出来た魚が数匹ぶら下がっている。

 座席の右側には巨大な猫の人形が鎮座していた。アニマ族に伝わる幸運の招き猫だ。

 その隣には、純白の毛並みと見事な尻尾、アーモンド型の琥珀色の瞳を持つ、美しいアニマ族の少女が控えていた。何故、敵艦にアニマ族がいるのか、ライオカンプは訝しく思った。

 そして画面中央。

 艦長席でゆったりと座っているのは、サイズの合わない白い軍服を身に着けた黒髪黒目の少年だった。


『お初にお目にかかります、ライオカンプ獣王帥閣下。私は、ヒューマル軍所属、駆逐艦ユウナギ号の艦長、サダム・コウロギ少佐です』


 足を組み、頬杖をつきながら、ヒューマル軍の若すぎる少佐は自己紹介をした。

 言葉遣いは丁寧だが、態度は限りなく悪い。

 はっきり言ってしまえば無礼千万なのだが、ライオカンプともあろう者が虚を突かれ、怒鳴りつけるタイミングを失ってしまった。


「我輩が、ライオカンプである」

『よろしく』


 第三者がこの場面だけを切り取って見たならば、二人の階級差を感じなかっただろう。


『……』

「……」


 少佐と獣王帥は黙りこくった。

 対話を求めて来たのはヒューマル族の少佐の方である。降伏か取り引きか、何らかの用件があるはずなのに、何も切り出さない。

 この会見の様子は、バロッサ艦隊に所属するすべてのアニマ軍の軍人が見守っている。威厳と余裕を示さなくてはならないのは、ライオカンプの方であった。


「貴様が、我が軍の勇猛なる将に対して、卑劣にも奇襲をかけ、葬り去ったのか?」


 バロッサ万獣将はアニマ軍の英雄だった。その男を倒した敵は、卑怯者でなくてはならない。

 であればこそ、バロッサの仇を討った者は賞賛され、その影響力が盤石なものになるのだ。

 むれの頂点に立つ者は、どんな場面においても力を示し続けなくてはならない。

 軍規だけではまかり通らない、それはアニマ族の性質であった。


『私とバロッサ万獣将は、正々堂々、互いに死力を尽くして戦いました』


 ヒューマル族の少佐はそう言って、軽く手を上げた。


『この艦の有様が、証拠です』


 外装のみぼろぼろで、中身は新品同然。最新兵器を積み込んだ攻撃特化型の駆逐艦ユウナギ号。

 だが、アニマ軍から見れば説得力がある。


「そんなはずはない! バロッサが正面から戦って、負けるはずがないのだ。油断している隙をついたのだろう!」

『私が、卑怯者だと?』

「そうではないか!」

『で、あるならば――』


 少佐は帽子の鍔の影から、ぞっとするほど冷たい視線を向けてきた。

 それは、死人の目だった。


『何故、私はここにいるのでしょう』

「……むっ」


 一万隻もの艦隊と相対しながら、逃げることもせず、バリアーすら張らず、敵艦隊の総大将と堂々と対話している。

 それは勇猛かつ血気盛んなアニマ軍の軍人からしても、心胆を寒からしめる状況だった。


『私は、己のすべてを賭して戦うために、ここに来ました。最後のお相手が名だたるアニマ軍の獣王帥、ライオカンプ閣下であることを誇りに思います』


 あろうことか、少佐は口元に微笑を浮かべた。

 確実な死を前にした、男の覚悟。

 極限の状況下において、このようなものを見せられてしまっては、ライオカンプとしても押し黙るしかない。


『ただ、戦いの前に』


 少佐はちらりと右隣を見た。

 視線の先にいた、純白の毛並みを持つ美しいアニマ族の少女。

 ――から少し戻って。


「……なっ!」


 ライオカンプは驚愕の表情を露わにした。


「き、貴様っ。そ、それを、どこで!」


 ライオカンプが目を止めたのは、少佐とアニマ族の少女の間に置かれていた、巨大な招き猫の人形だった。

 毛色は白、黒、茶の三色。

 通常のものとはやや変わった配色に、ライオカンプは見覚えがあった。

 その“招き猫”は、ただの縁起物ではなかった。

 間の抜けた姿を模してはいるが、中身はまったく真逆の存在である。

 圧倒的な破壊力を秘め、七種族間協定によって使用を禁じられている、禁断の兵器。

 AMB(アンチ・マター・ボム)――

 反物質爆弾であった。


「お、おおうっ」


 獣王帥は口をがばりと開き、瞳を血走らせ、呻き声を上げた。あろうことかたてがみまで震えていた。

 サダムは首を傾げた。


『閣下、いかがなされましたか?』


 一週間前、戦艦ゲルニカ撃沈の報を受けて、ライオカンプが真っ先にバロッサの個人宙港パーソナル・ドッグに向かったのは、もちろん彼を助けるためであったが、もうひとつ深刻な理由があった。

 バロッサの個人宙港パーソナル・ドッグ内に保管されていたはずのAMBの所在の確認である。

 それは、目前に迫っているデモリア族との戦いにおいて、切り札となる存在だった。

 もちろん、取り扱いには十分に気をつけなくてはならない。

 何しろ一定以上のエネルギーを与えて誤爆させてしまえば、直径五百スペースマイル内にある物質は、すべて消滅してしまうのだから。

 またご禁制の武器であるからには、裏世界の仕入れルートを知り、かつ信頼の置ける人物に任せなくてはならない。 

 その両方を兼ね備えていたのが、バロッサだった。

 恒星内空間には置いてはおけない。かといって、無造作に星間空間に漂わせておくわけにもいかない。

 豪胆なバロッサは、この危険な爆弾を“招き猫”の人形に偽装して、個人宙港プライベート・ドッグの倉庫に保管していた。

 所有者登録もされていない氷の塊であり、万全な管理もできて、機密も保たれる。

 見方を変えれば、まさにうってつけの場所だったのだ。


『……閣下?』


 その“招き猫”が、何故か目の前にいる敵駆逐艦の艦橋ブリッジに鎮座している。

 ライオカンプは戦慄した。

 もし仮に、気分に任せてこの駆逐艦を攻撃していたなら。

 自分を含む一万隻もの艦隊は、消滅していただろう。

 たった一隻の駆逐艦に、道連れにされて――


『これは、バロッサ万獣将の()()()()です』


 ヒューマル軍の少佐は、不敵に笑ってみせた。

 この男は、知っている。

 “招き猫”の正体を、知っている。

 だからこそ、バリアーを張らずに対話を求め、艦橋ブリッジの映像を垂れ流したのだ。

 自滅覚悟の――

 死人の目。

 戦場で初めて、ライオカンプは恐怖した。

 一刻も早く、ワープを行使してこの場から避難しなくてはならない。

 だが、明確な理由も説明せずここで逃げ出すことは、獣王帥の権威を失墜させることでもあった。

 その葛藤が、ライオカンプの命運を分けた。

 圧倒的に有利なはずの獣王帥が恐れ慄く様子を、ヒューマル軍の少佐はじっと観察していた。

 足を組み解き、座席に座り直す。


『さて、それでは』


 はっと気づいた時には、すでに交渉は終わっていた。


「ま、待て――」

『戦争を始めましょうか』


 敵駆逐艦内部に、膨大なエネルギーが生まれた。



     ◇



「目標、敵旗艦ジオフレーベ」


 サダムの命令に、シロは弾かれたように応えた。


「は、はいっ」

「波動粒子砲、撃て」

発射ファイア!」


 駆逐艦ユウナギ号の前面に突き出した、艦の大きさに不釣合いなほど巨大な砲門から、目も眩むような紫色の光の束が発射された。

 反動でユウナギ号が後方に押されるほどの威力だ。

 その光は、何隻かの敵艦を巻き込み、数瞬後、戦艦ジオフレーベの一部を削り取った。


RC(リップルクロス)レーザー、撃てるか?」

「あと七十二秒かかります」

「じゃあ、MT(メガトン)ミサイル」

「射線上に別の艦がいます。目標は?」

「どれでもいい。とにかく撃ちまくれ」

MT(メガトン)ミサイル、全弾発射!」


 一撃必殺の威力を誇るミサイルが、ユウナギ号の近くに展開していた敵部隊の一団を火の玉に変える。

 ユウナギ号の攻撃は止まらない。

 半ば自暴自棄にでもなったかのように、主砲のRC(リップルクロス)レーザー、副砲の位相変異レーザー、そしてHM(ホーミング)ミサイルを撃ちまくる。

 ライオカンプとの対話の間にも、バロッサ艦隊と駆逐艦ユウナギ号との距離は縮まっており、有効射程を深く食い破っていた。

 回避できるほどの余裕はなかったし、また艦艇が爆発すれば、その余波で周囲の艦艇もダメージを受けて、体勢を崩す。

 密集隊形だったことも災いして、バロッサ艦隊の被害は一気に拡大していった。

 とはいえ、一万隻を誇る大艦隊である。

 戦闘に巻き込まれたのは、本隊の一部に過ぎない。

 しかし、他の艦艇は動かなかった。

 獣王帥ライオカンプが、ユウナギ号への攻撃を禁止する命令を発したためであった。

 そして、戦闘開始からわずか十五分後。

 たった一隻の駆逐艦にいいようにやられまくったバロッサ艦隊は、まったく反撃すらせず、ワープ機構ドライブを使って戦場を離脱したのである。


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