(11)一万VS一
「シロ。先に、艦橋に行ってて」
サダムの様子が少しおかしいことに、シロは気づいていた。
いつもは強引で騒がしいくらいの主なのに、今日はどこか陰鬱な影が混じっているような気がしたのだ。
だが今は、そのことを心配している余裕はない。
シロは素早く気持ちを切り替えた。
自室に戻って割烹着から軍服に着替える。
ヒューマル族とアニマ族は体型に違いがあるため、いまだにシロはアニマ軍の軍服を使っている。
それから艦橋に向かい、状況を整理しようとしたところで、
「――っ」
シロは悪寒のようなものを感じた。
駆逐艦ユウナギ号に設置された最新型の探査装置から、電脳制御を通じて、新たなる情報がもたらされたのである。
ユウナギ号の前方に、巨大質量の群れが迫っている。
「アニマ軍の、別動隊?」
すっかり新しくなったドーム型ディスプレイに、扇状に展開している敵の艦艇群をデフォルメ表示させる。
その中に存在する光の粒の数は、
「艦艇数、五千……六千……一万?」
部隊ではなく、艦隊。
駆逐艦一隻に対し、ありえない数。
さらにありえない事実が判明した。
「識別信号あり。敵艦隊の旗艦は――まさか!」
シロは談話室のモニターに、艦橋と同じ情報を表示させた。
それから緊急回線でサダムに伝えた。
「艦長、緊急事態です! 本艦の前方、約百三十スペースマイルの位置に、アニマ軍の艦隊が終結しています。艦艇数、約一万。旗艦は戦艦ジオフレーベ。これは、アニマ軍獣王帥ライオカンプの船です!」
『へ~』
サダムは気のない返事を返してきた。
「艦長、いかがいたしましょう」
『っぷう』
何かを飲み込んでから、サダムが聞いてくる。
『どうしよっか?』
前方に一万隻の艦艇。
後方に十二隻の部隊。
こちらは駆逐艦一隻。
勝てる要素などない。
この場をしのぐためにはワープするしかないが、アニマ軍は逃がしてはくれないだろう。
当然のことながら、ユウナギ号の跳躍先の座標を把握したのち、すべての艦隊がワープしてくるはず。
もう、手立てがない。
「わ、分かりません」
『じゃ、このままで』
時間の経過とともに、状況は明確になっていく。
恒星の重力に捕らわれた船が、必ず引き寄せられて燃え尽きてしまうように、駆逐艦ユウナギ号も破滅の運命が待っている場所へと突き進んでいく。
計算の結果、相対速度の関係で、後方の“猟犬”よりも前方の艦隊に接触するほうが早くなりそうである。
そのことをサダムに伝えたものの、やはり気のない返事しか返ってこなかった。
「艦長、そろそろバリアーの準備を」
『バリアーを張ると、通信ができなくなるんだっけ?』
レーザー兵器を遮断するバリアーは、電波を遮断する。ゆえに戦場では、光信号を使って意思疎通を図るのだ。
「それは、そうですが」
『じゃ、このままで。んぐ』
艦長はどうしたのだろうか。
もう、諦めてしまったのだろうか。
その結論は、勇猛なるアニマ族の脳髄を元に造られたシロにとって、悲しいものであった。
戦いに負けるのだとしても、せめて毅然としていて欲しい。
ともに戦場で、敬愛する主の隣で果てるのならば本望だ。
それなのに、シロの主は艦橋にも現れず、談話室の中に引きこもっている。
「前方の艦隊の有効射程まで、あと一時間」
その時、アニマ軍より光信号が放たれた。
『ヒューマル軍の艦艇に命ず。すぐに停止されたし。しからざれば、無慈悲な鉄槌を下さん』
投げやりな声で、サダムが命じた。
『う~ん、スラスターを使って少しずつ減速』
本気で停まろうとするならば、サブエンジンを使わなくてはならないのだが。
さらに一時間後、再び光信号が打たれた。
『ヒューマル軍の艦艇に再度命令す。完全に停止されたし。しからざれば、激烈なる炎にて粉砕す』
談話室からの返事はない。
相対速度が減速して、敵艦隊と接触する時間はのびた。
だが、それがどうしたというのだろう。ほとんど意味のない時間稼ぎであり、後方のガラム隊に挟撃される可能性が高まったともいえる。
光学映像で映し出されているアニマ軍の艦隊は臨戦態勢で、すべての主砲をこちらに向けていた。
ただのひと呼吸で、ユウナギ号を粉砕できるだろう。
誰もいない艦橋で立ち尽くしながら、シロはひとり孤独を感じていた。
「艦長……」
胸のところで両手を握り締める。
シロが思い起こせる記憶はほとんどない。たった一週間の、騒がしくて平和な時間だけだ。
最初の思い出は名前をつけてもらったこと。
それから、不忠義者のロボフクを追放して、
「シロぉ」
艦長といっしょにたくさんお買い物をして、
「おい、シロ」
艦長といっしょにゲームやスポーツをして、艦長に膝枕をして、艦長と一緒に食事を……。
「おいってば」
「ひゃい!」
一気に我に返り、シロは飛び上がった。
いつの間にかすぐ後ろにサダムがいた。
トレーナーと半纏ではなく、白地の軍服姿だった。
詰襟には少佐の階級章。そして胸には、重いとぼやいていたはずの巨人討伐勲章をつけている。
袖を捲り上げ、サイズの合わない鍔つきの軍帽を目深に被っていた。
「待たせたな」
「か、艦長……」
サダムはシロの傍を通り過ぎると、艦長席にどっかりと腰を下ろした。
両足を組んで、頬杖をつく。
それは見るからに不機嫌そうな、不遜な態度だった。
「有効射程まで、どれくらいだ?」
「あ、あと、十分です」
帽子の鍔の影に沈んだ目は、据わっている。
まるで熱に浮かされているかのように、サダムは熱い息をついた。
「敵旗艦、ジオフレーベに連絡。通信を開かせろ」
「は、はいっ」
◇
後方から“猟犬”で追い立て、その先で待ち構える。
これは戦いなどではなく、狩りだとライオカンプは認識していた。
限りなく私闘に近い軍事行動でもある。
アニマ軍では、ともすれば軍規よりも名誉や忠誠心が重んじられる場合がある。
今が、その時なのだ。
バロッサ万獣将の敵討ち。
これに勝る大義はないだろう。
今から三日前に、ガラム千獣将から連絡が入った。
ヒューマル軍の艦艇を補足したという。
駆逐艦ユウナギ号に間違いなかった。
ライオカンプはバロッサ艦隊とともに、ユウナギ号の予測進路へとワープした。
あとはガラム隊と連携しつつ、待ち構えるだけ。
ユウナギ号がガラム隊と交戦すれば、その後背をつく。ユウナギ号がワープすれば、直ちに座標を捕捉し、全艦艇をワープさせる。
これで、こそこそ逃げようとしている鼠を噛み砕くことができる。
しかし予想外のことに、駆逐艦ユウナギ号は特に抵抗する様子もなく、漫然とこちらに向かってきた。
「光信号を打て。停止させろ」
ライオカンプは通信士に命じた。
窮鼠猫を噛むとも言う。不用意に近づけるわけにもいかない。
「敵駆逐艦、ゆるやかに減速します」
その報告に、ライオカンプは眉をひそめた。
「どういうことだ?」
その理由は、ほどなく判明した。
光学映像にて映し出された駆逐艦ユウナギ号の外装は、へこみ、剥がれ落ち、ぼろぼろだったのである。
これはシロが内部機器の修理や新しい武器の設置を優先させた結果だったのだが、ライオカンプの優秀なアンドロイドの副官は、別の推測を導き出した。
「戦艦ゲルニカとの戦いで、損傷したのではないでしょうか」
バロッサ万獣将は、ただではやられなかった。
この発言に、ライオカンプは驚喜した。
「うむ、そうに違いない。たとえ不意を突かれたとしても、バロッサがただで負けるはずはないのだ」
おそらく駆逐艦ユウナギ号は、艦を急停止できないほどのダメージを受けているのだろう。
そもそも、これだけの大兵力を前にして臆病なヒューマル族が尻尾を巻いて逃げ出さないはずがない。今ごろ艦橋にいるサダム・コウロギとかいう若造は、震え上がっているはずだ。
一時間後、ライオカンプはもう一度光信号を打ち、ユウナギ号に停止するよう命じた。
しかし、
「ライオカンプ様!」
アンドロイドの副官が、めずらしく動揺したように報告してきた。
「駆逐艦ユウナギ号より、サダム・コウロギ少佐の名で電波通信が入りました。彼は、ライオカンプ様との交渉を求めているようです」
「通信だと? ということは、奴はバリアーも張っておらんのか」
「おそらくは」
ライオカンプは唸った。
これだけの艦隊を前に、まったくの無防備とは。
バリアー発生装置まで故障しているとしか考えられない。
もはや抵抗する手段すらないということか。
このまま無慈悲に粉砕してもよかったのだが、少し物足りないとライオカンプは感じていた。
何しろ目の前の駆逐艦は、彼の盟友たるバロッサ万獣将の仇である。
相手の顔を一瞥し、侮蔑の言葉を投げかけ、怯えさせる。
その姿をバロッサの部下たちに公開するというのはどうだろう。
これはよい考えだと思えた。
普段のライオカンプであれば、いち駆逐艦の、しかも佐官級の艦長からの要求など一笑に付したことだろう。
だが、興が乗った。
「よし。全艦艇バリアー解除。通信回線を開け!」




