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(1)ランダム・ワープ


 暗闇の中にぽっと光が灯されたかのように、サダム・コウロギの意識は生まれた。

 身体が動かない。身じろぎすらできず、目も開かない。夢でも見ているのだろうか。

 ズーン、ガガガガ……。

 どこか遠くの方から、硬質な物体同士がぶつかり合うような轟音と重い振動が伝わってくる。なかなかに不安を掻き立てる状況シチュエーションだ。ひょっとすると、悪夢のたぐいなのかもしれない。

 静かになったので耳を澄ますと、細かな電子音の旋律とともに、抑揚のない機械音声が聞こえてきた。


『……が原因と推測されます。生命活動に支障の――れが……め、パターンC、ジジッを、履行。ゆりかごシステム、解除。教育シークエンス中断。記憶……の注入インストールを……』


 さっぱり意味が分からない。

 ガガン、ゴゴゴゴ……。

 再び、今度は先ほどよりも大きな衝突音と振動が伝わってくる。


『……中核機構、ジジッ――ィ破。リカバリ……路は失われッ、ガガッ、生命活動の維……ませッ、ジッ』


 ――ガギンッ。

 瞬間、バチンと何かがスパークして、


「ぴぎゃあああっ!」


 そこでようやく、サダムは目覚めた。

 彼が初めて目にしたものは、縦に引き伸ばされた少年の顔だった。それが湾曲したガラス状の板に写っている自分の顔だと気づくのに、しばらく時間がかかった。

 どうやらここは楕円体のカプセルの中で、今まで眠っていたらしい。

 仰向けのままガラス状の板を押してみると、わずかな抵抗の後、カプセルはあっさりと開いた。


「あ~、びりっときたぁ」


 上体を起こして周囲を見渡してみる。

 そこは、薄暗い室内だった。

 カプセルに繋がれた計器類から電子音の旋律が響いている。壁際にはクローゼットがひとつ。窓はないが、出入り口らしき扉があった。

 自分が裸であることに、サダムは気づいた。


「え~と。服は、っと」


 クローゼットの中を探ると、真新しい服が一式入っていた。パンツ、シャツ、ソックス、詰襟つめえりのついた白地の服、そして鍔つきの帽子と、ブーツ。


「……軍服?」


 しかもサイズが合わない。ぶかぶかだ。

 ズボンがずり落ちそうになるのをベルトでぎゅっと留める。袖は捲り上げる。帽子はつばが邪魔なので、少し右側にずらしてみる。

 クローゼットの扉についていた鏡に写ったのは、無理やり大人の軍服を着せられたかのような、頼りなさげな少年の姿だった。年齢は十五歳くらいだろうか。

 しかめっ面をしたり、笑ったりしてみるが、


「似合ってないなぁ」


 しかし、ここは一体どこなのだろう。

 どうして自分はここにいるのだろう。


「分からない時は、分かっている人に聞くのが一番だな」


 あっさり結論づけると、サダムは部屋を出て、周囲を探索することにした。

 廊下はひどい有様だった。金属製の壁がひしゃげ、床は波打ち、天井のライトは頼りなく点滅している。

 廊下の突き当たりにはスライド式の自動ドアがあった。


「あのぅ、すいませ――」


 部屋の中に足を踏み入れた瞬間、サダムは息を飲んだ。

 そこは、広大な宇宙空間だったのである。

 いや、違う。

 呼吸もできるし、気圧もある。

 よくよく観察すると、空間の一部が剥がれ落ちており、むき出しになったコードが青白い火花を散らしていた。

 どうやらここは、床以外のすべてがディスプレイになっているドーム型の部屋らしい。

 正面には、星々の海を背景に猛スピードでこちらに迫っては次々と後方へ流れていく岩石群が映し出されていた。


「これはまた、ど迫力の映像ですなぁ」


 ふいに、天井からスポットライトが照射された。


『おはようございます。サダム・コウロギ准尉』


 ライトに照らし出されたのは、奇妙なロボットだった。

 ドラム缶の胴体に、やかんの頭と鉄パイプの腕をくっつけたような安っぽい造形。下半身はなく、天井から伸びたアームが腰の位置に繋がっている。


『ヒューマル軍が誇る汎用型駆逐艦、ユウナギ号へようこそ。歓迎いたします』

「ユウナギ号?」

『はい、あなたの船です』

「ほ~」

『そして私は、本艦の副艦長及びあなたの副官を務めさせていただく教育支援型AIロボットです。名前はまだありません。よろしければ、准尉がお決めください』

「じゃあ、ロボットの副官だから、ロボフクな」

『……』


 ロボフクはしばし沈黙して、


『素晴らしい名前を、ありがとうございます』

「おう」

『さ、准尉。こちらの艦長席におかけください』


 ロボフクの隣には、立派な座席があった。

 促されるままに腰をかけてみる。なかなか座り心地がよい。肘かけもある。


「艦長席、ねぇ」

『はい。ここは艦長が航行の指揮をとる艦橋ブリッジです』


 抑揚のない声で、ロボフクが語り出した。


『さて、本艦の現在位置ですが、公宙領域フリーシーズ・エリア内だと想定されます。それではチュートリアルを始めましょう。現在位置、つまり座標の確認を……』

「あ、ロボフクさ」


 サダムは正面を指差した。


「あれって、だいじょうぶだよな?」


 先ほどからドーム型ディスプレイに映し出されている、岩石群の映像のことである。

 ロボフクの声は落ち着いていた。


『衝突コース。副艦長権限にて緊急回避行動に移ります。だめです。回避不可』

「……へ?」

『衝撃に備えてください』


 金属が押しつぶされるような音に続いて、とてつもない衝撃に襲われた。

 艦橋ブリッジ全体が揺れて、床が傾く。何かが割れて散らばる。何かが切れてスパークする。

 三十秒後、衝撃はおさまり、床は水平に戻った。

 恐る恐る目を開けてみると、ドーム型ディスプレイの五分の一くらいが剥がれ落ちていた。


『緊急事態発生、緊急事態発生』


 ロボフクの丸いレンズの目が、赤く点滅していた。


『現在、本艦はアステロイド宙域を航行中です。主砲及び副砲大破。サブエンジン大破。外装甲の損傷率は約二十二パーセント。艦内気圧低下中です。通信機器の反応なし。爆発の恐れがあるため、メインエンジンは緊急停止しました。もうおしまいです』

「ふむ」


 サダムは艦長席の上で胡坐をかき、両腕を組んだ。 

 そうか。目覚めたばかりで何が何だか分からない状況だったが、もうおしまいらしい。


「――って、何とかしろよ!」

『無理です』

「いやいやいや。そうだ、この船、駆逐艦とか言ってたな? 駆逐艦って、軍艦だろ? ワープとかあるだろ! 一般的に!」

『ワープ機構ドライブは使用可能ですが、座標設定ができません。そもそも現在位置が不明ですので』

「そんなの、適当でいいから!」


 正面のディスプレイに、超特大の岩石が映し出された。

 間違いない。正面衝突コースだ。


「ふおおおっ!」

『ランダム・ワープは七種族間協定により原則使用を禁止されています。例外として認められているのは、戦闘以外の状況下において、乗務員の命に確実な死が迫っており、他に回避する方法がない場合だけで――』

「今が、その時だるおうがっ!」


 超特大の岩石が、ディスプレイいっぱいに迫ってくる。


「いいから使え。艦長命令だっ! ナウッ!」

『了解しました。ランダム・ワープ』


 次の瞬間、視界が真っ白になった。


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