命懸けの逃走劇
ガサガサと草木を掻き分け、雑木林から軽トラックが殆ど飛ぶような勢いで車道に飛び出してくる。
バウンドしながら獣道を抜けてきたらしく車体には所々凹みが見えるが、それよりも明らかに異様なものが車体にベッタリ張り付いていた。
それは手形と足形
「うわあぁぁぁぁぁ!!!」
「ひ、ひいぃぃぃ!」
運転席と助手席に座る二人の男は悲鳴を上げ続けているが、後ろの荷台に座る男は座ったままボンヤリしている。
軽トラックの助手席にはやや安っぽい薄灰色のジャケットを着た細身の男が、そして運転席には坊主のいかにもヤンキーっぽい男が必死の形相でアクセルを踏み砕かんばかりに力を込めて踏んでいた。
「おい! これ以上飛ばせないのか!」
「無理っすよ! さっきから何かに引っ張られて速度がでないっす!」
速度メーターは60キロから70キロをいったり来たりして安定しておらず。暴れそうになる軽トラックを運転席のヤンキーが何とか押さえ込みながら運転している状態だ。
ジャケット男は寺田、ヤンキーは田中、そしてくたびれたパーカーにジーパン姿の男は千葉 玄三という名前の男だった。
寺田と田中はまあよくある暴力団の下っ端組員だが、玄三は何とも数奇な運命を辿った男である。
玄三は二十歳の時に異世界に召喚され、以来三十年間異界の戦士として戦った経歴を持っていた。
戦って戦って戦い抜いて。
齢50にして召喚理由であった異界の魔神の討伐に成功。そしてそこまでの強さを手にいれた彼を恐れた国は、討伐後に速やかに地球に送り返したのである。
国に酷使されながら生き抜くために極限まで鍛え、独自に禁術や幻の霊薬などで肉体を改造していた玄三の容姿は二十代中頃で止まっており、そのまま地球に返された。
そして帰った玄三だが、どうやら異世界と地球の時間は同時進行だったらしく。三十年間行方不明だった挙げ句、見た目は若々しいという状態の帰還に途方にくれる玄三だったが。幸か不幸か、なんとか実家に向かうと兄弟は居なかったが両親はどちらも存命で住んでいたので直ぐに会うことが出来た。
白髪の両親に泣かれもしたが、自分の今の状態を簡単に説明すると半信半疑だが両親は信じてくれた。
まあ若作りでは説明出来ない若々しさに、身体中に残る裂傷と極限まで鍛え上げた身体を見せ、そして魔法によって父の賢一の腰痛と母の陽子の膝の痛みを直した事も信じられる要因にはなった。
取り敢えず一年ほど両親の元で厄介になりながら、世間の勉強を始めた玄三はカルチャーショックに苛まれながら世の中を知っていくことになる。
ネットワーク社会とSNS、スマートフォンの普及は社会に便利さと共に普通じゃない人間を特定する監視網として機能しており、今の自分の状態を隠しきるのは難しい事を痛感する。
なので玄三はまず出来なかった三十年分の親孝行として異世界で手にいれた宝石の原石を加工して売って得た収入を親に渡した。
さらに玄三自身を両親の養子として戸籍を取得する手続きを行う。
息子を養子にするという普通ではあり得ない手続きだが、両親も玄三の異常性を加味した結果の苦肉の策だった。そして玄三は外国から日本にやって来た日系の不法渡航者だという偽りのバックボーンをでっち上げた。
何度か身元確認で警察に呼び出しを受けた玄三だが、両親がたまたま出会った死んだ筈の息子に瓜二つレベルで似ている彼を養子にしたいと涙ながらに説明、玄三事態も過去を遡っても日本での犯罪記録や国際指名手配等がかかっていなかったので養子になれた。
だがそこまでに数ヶ月かかり、かなり苦労する。
そしてその過程で兄弟……戸籍上では義兄弟になるが弟と妹にも会うことになった。
両親と弟と妹に話したが、決して玄三本人だとばれないよう注意をする。
そしてなんとか諸々の手続きを済ました後、戸籍上では実の両親の養子として再スタートすることになったのであった。
だが三十年日本というか地球にいなかった玄三は常識に疎い箇所がかなりあるので、取り敢えず仕事を……と始めるのは難しいと思いきや、パパッと仕事を見つけることに成功する。
千葉玄三50才。特技は魔神殺しで趣味は殺戮と殺し合いと履歴書にかけるほど闘争にドップリ浸かってた彼が見つけた仕事がこれだった。
求) 物資運搬
日当 三万円
資格条件 体力がある人
父親の購読している新聞広告にちっちゃく載ってたこれ。電話すると廃棄物処理の求人らしく指定した場所に現地集合の後、物を運んでそれを埋めた後に指定した場所に戻って解散という流れだと説明を受けた。
電話にでた人間の口ぶりが明らかに普通ではない感じではあったが。嵌められたら嵌められたでちょっと痛め付けて慰謝料を貰えばいいと切り替えて、指定日の時間にいけばジャケットの男とヤンキーが軽トラックで待っていたのである。