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次の日の目覚めは最悪だった。
それでもやるべきことをやり、急いで収穫祭へと走り出す。
急がなければキョウちゃんがなにをやらかすかわからないと冷や汗をかきながら到着すれば、薪の上にデデンと座るキョウちゃんの姿があった。
「キョウちゃん火くらい起こしておいてくれても……」
「おこし方がわかんないならあんたはここでおとなしくしてなさいって母さんが。じゃあ火をおこす!? 焼く!?」
ワクワクとした目を向けられて、気が抜けて肩の力が抜ける。
「じゃあまず火をおこしますって本部の人に言ってきてよ。焼きいもはじめまーすって」
「え? なんで? オードと会えるよ? 行ってきたら?」
「……僕は火をおこす係があるからそれをする。で、その間にキョウちゃんが本部に行く。最高の布陣だと思うんだけども」
「なるほどぉ? 出来上がったものを持っていきたいわけね、了解! じゃあいってくるー」
そう言って駆け出していくキョウちゃんの後ろ姿を眺めながら、僕は火をおこし始める。
とはいえまずは今回は着火剤があるから、すぐに火は燃え始めた。
昨日準備しておいた新聞紙とアルミ箔で包んだバタタールをその中に突っ込む作業をしていると、嫌に静かなキョウちゃんが帰ってきた。
あ、これはバレたなと思ったけれども放置してそのままその作業を繰り返す。
「これ、いれていけばいいのよね?」
「うん。そしたら焼けるまで待つだけだから」
「そ。了解」
そうしてバタタールを中に入れ終えると、後はもうやることはない。
火が消えないように見張っているだけで、あとはやることがないのだから、つまりここからはじまるのは……。
「二人、何かあったの?」
「特に」
やっぱり尋問だった。
「ノルズも元気がないし、ノースのやつなんて目を合わせようともしない。オードなんて、珍しく包丁で指を切ってたわよ」
それを聞いてガタッと立ち上がるも、やれることはないんだったと思ってストンと座り直す。
それを見ていたキョウは不機嫌そうにして、こちらを見ていた。
「今の発言なら普段だったら何かしらアクションするのにね、あんた。やっぱり何かあったんだ」
「いや、大鍋に近づくのは危ないなって思っただけだよ」
「大鍋の監督をするのはテッドさんだから、オードは下にいるわよ。会ってきたら?」
「……いや、今は焼き芋見張らなきゃいけないし」
「私が居るじゃない」
「僕も係だもの」
「ふーん……じゃあ私がオードに聞いてきちゃおうっかなー」
「うん、その方がいいと思う」
「……やっぱりなにかあったんじゃない」
「…………」
親友の二人が話してくるならオードちゃんも元気になれるかもと思ったけれど、キョウちゃんはここを動くつもりは無いようで。
これは観念するしかないかもしれないなと思い始めた時に、キョウちゃんは口を開いた。
「ノースのやつのこと、嫌わないでやってよ」
「!?」
僕の顔色が変わったのを見て、キョウちゃんは静かに語り始める。
「あいつはあいつなりにいろいろ考えてて、一番いいようにって思って話してんのよ。だからたまにオードに言い寄るようなこと言うし……」
「ま、待って待って。たまにってなに? オードちゃん、そんなにしつこく言い寄られてたの?」
「しつこく言い寄られてるっていうかあれは……ははーん、あんた、その現場を見たわね?」
「……ちょっとだけ」
「……ふーん。それで不安になっちゃった?」
「不安っていうか……」
いや、これは不安なんだろう。
他の男に言い寄られて、抱きしめられている現場を見て、その男をかばわれて。
これを不安以外の言葉で表すのなら、なんというのだろうか?
きっとそれ以上にハマる言葉にはないはずだ。
「……不安、かなぁ」
そう言ってはははと弱々しげに笑えば、キョウちゃんは立ち上がって僕の膝に横座りに座り込む。あわててバランスをとるために両手で支えれば、腕が首に回ってきた。
「じゃあオードから私にしとく? 不安なんてないわよ? 変な男なんて自分からお断りできるから。ほら、私にしちゃう?」
「何を言って……」
「キョウ!」
後ろから聞こえてきたのはオードちゃんの声で、キョウちゃんはぱっと僕から離れる。
そうしてから舌をぺろりと出して、可愛く冗談冗談と笑ってみせた。
「彼女さんがいる前で堂々と浮気は出来ないもんねー。ごめんね、ノルズくん」
「いや、そもそもただキョウちゃんが乗ってきただけで……」
「……責任者として見回りに来ました。なにか異常はありませんか?」
「……ありません」
そう言ってオードちゃんの顔を見ると、唇に傷がついていて。
昨日のアレだと思い当たって、更に罰が悪くなる。
「ノルズくん」
「なに?」
至極真面目な顔で名前を呼ばれて、どきりとする。
もしかしてあとから話がありますとかだったらどうしよう。振られるのかな、僕。
「浮気は嫌だからね」
笑顔でそう言われて、ヒッと身体が跳ねる。
「キョウちゃんが相手だよ!? しないよ!?」
「ちょ、それってどういう意味!? 私じゃ女に見えないってこと!?」
「あ、いや。そういうわけじゃなくって」
「じゃあどういう意味よー!」
「とにかく、じゃあ焼き芋は任せたから。出来上がり次第、本部の方に持ってきてくれたら順次配るよ」
「了解」
「じゃあ、またあとで」
必要最低限の会話をして、そのまま去っていくオードちゃん。
キョウちゃんはなにか満足気に微笑んでいて、よく意味がわからない。
わからないけど、とにかく今は焼き芋を焼こう。
おいしくできますよーにと思いながら、芋を焼く。
徐々に出来上がってきた芋をキョウちゃんと順に本部へと持っていく。
そこではもう大鍋料理の配膳が始まっていて、急いで芋を並べていった。
手に取り食する人達においしいおいしいと言われたキョウちゃんはそれはもう鼻高々で。
それがおかしくってわらっていたら、なんだか憂鬱だった気分も飛んでいく気がした。
「ほら、私達も食べよ!」
「あ、うん。でもまだ焼き芋残ってるから、最後の取ってくるね」
「早くねー!」
「はーい!」
そう言って急いで焼き芋をしていた焚き火跡のところに戻れば、焼き芋を頬張るいつかの美人さんがいた。
「あれ? 参加されてたんですね! えーっと、あっちで大鍋も配ってますよ?」
「うーん、僕はこっちだけでいいかなー。それに、今日は君に会いに来ただけだし」
「僕に?」
「うん。沢山の作物を育ててくれてありがとう。あの牧場を元気にしてくれて、僕も嬉しいよ」
「牧場ってほどじゃまだないんですけど……」
「ははは!でも、『ルロヨシ牧場』って名前にしたんだろう? もうりっぱな牧場じゃないか」
「まだまだ農場ですけどね。でも、なんでそれを?」
そういうと、その美人さんは上を指差して言う。
「見てるから」
「……?」
「君のこと、ちゃんと見ているよ。彼女ともちゃんと仲良くね」
そういうと、焼き芋を食べ終わった美人さんは広場を出ていこうとする!
「あの!」
それを呼び止めて、僕は駆け寄って。
「お名前、教えていただけませんか?」
「うーん……まだもうちょっと早いかな。君がもう少し成長してから教えてあげよう」
「え?」
そう言ってつんとおでこを突かれて目をつぶると、もうそこにはその不思議な美人さんはいなくなっていて。
不思議に思いながらも、残りの焼き芋を持って本部に戻るのであった。
大鍋の中身を貰って、焼き芋と共に頬張る。
それはホクホクと美味しくて、心に染み渡る味だった。
「どう? 楽しんでる?」
「オードちゃん」
「……昨日は、我儘言ってゴメンね」
「……僕こそ、カッとなって悪かったと思ってるよ」
「でね、お願いがあるんだけど……」
「うん」
「……明日でも明後日、その先でもいいから約束、一緒に行こう」
「……いいけど、でも」
「そこで、きちんと話をさせてほしいの」
「話?」
「私とノースのこと」
「…………」
「お願いします。聞いてください」
そう言って頭を下げるオードちゃんに、もちろん嫌だとは言えなくて。
「じゃあ、明日晴れたら作業が終わったら行こっか」
「うん!」
そう言って別れて、僕らは約束の日、話をすることになったのであった。




