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僕の好きになった人は所謂『モブ』でした。
というか、自分が主人公とも聞いてないよーと叫びたい気持ちを抑えつつ、酒場までの道のりをトボトボと歩く。
あれからキョウの母親のクメさんからもらったカノン農場の納品書をぼんやりと受け取り、うちの子を嫁にどうだいなんてイベントまでこなして今、こうしているのであった。
オードちゃん。
僕の好きな人……いや、運命の人はオードちゃんという。
キョウの大親友で、酒場の娘。
酒場の看板娘で、いつでも元気印のとってもいい子。
キョウのイベントでことあるごとに主人公の背中を押してくれる、いい子でもある。
そう、本当にいい子なのだ。
良いこすぎて、どうしてあの子と結婚できないのか謎だった覚えがある。
とはいえ好きなものは好きで。
他の人なんてと思えるくらいにもう好きで。
それなら頑張るしかないと決め、酒場の扉をくぐる。
そう、とにかく今は覚悟を決めてオードちゃんと仲良くなる。それが目標だ。
「こんにちは!」
そう大声で声をかければ、はーいという声と共にオードちゃんが現れた。
「あ、農場の! ごめんね、名前も場所も言い忘れちゃって。無事辿り着けたみたいでよかったよー」
「い、色んな人に助けてもらって……。えっと、店長さんはオードさんですか?」
「やだなー、オードさんだなんて他人行儀な言い方! 私のことはオードでいいよ!」
「じゃ、じゃあオードちゃんで……」
「う~ん……ちゃん付けってガラじゃないんだけど……って、そうだ。店長、店長だったね。今お父さんを呼んでくるからちょっとまっててねー」
言うが早いか、オードちゃんは急いで厨房らしきところに駆けていく。
そんな姿もかわいいなぁなんて想いながらぼんやりしていると、大柄な男性がやってきた。
「お前がノルズか」
「は、はいぃ!」
あまりの迫力に思わず声が裏返る。
怖い、怖いよオードちゃんのお父さん!
「何、そんなにかしこまらなくていい。そうだな、座れ。今後の話をしよう」
そう言って食堂らしきところの椅子を一つ引くと、お父さんはどかりとその椅子に腰掛ける。
僕はその真正面を促されて、おどおどとしながらその椅子に腰掛けた。
「もー、お父さんてばまた他人のこと怖がらせてー。ごめんね、こう見えて別に怖い人じゃないから安心してね」
お茶を淹れてきてくれたらしいオードちゃんはそう言って三つカップをテーブルに並べると、そのまま僕の隣に腰掛ける。
近い! 近いよオードちゃん!
たったそれだけでお父さんと対峙した時とは違う意味で上がる心拍数。
なんとも現金な自分の心臓である。
「あ、そうだ」
そこで思い出す。今日は手土産として卵を持ってきたんだった。
「あの、これ……。一応見本的な意味も込めて持ってきたんですけれど……」
「たまご! うわぁ、ノルズくん家のたまごだ! やっぱり最高の品質だね。ね、お父さん」
「ああ。これならやはり申し分ないな」
見ただけでわかるのか。
そんなも僕の心の声が聞こえたのか知らないが、オードちゃんがいそいそとオーバーオールの中から普通の卵を一個取り出してみせる。
よく潰れなかったね、それ……。
「これが普通の卵。で、こっちがノルズくんの卵。この違い、わかる?」
「……大きさ?」
明らかにウチの卵のほうがでかい。具体的には二倍くらい違う。
「そうそう。あとは透かして見ると全然違うんだよ。とれたてですっ!っていうのがすぐわかる証拠にノルズくんのはすごく透き通って見える。これだけでもすごいことなんだよね」
「まあそれ、今日の朝の卵だから……」
「え、全部持ってきてくれたの!?」
「いや、半分くらいかな? うちの子達二十羽くらいはいるから」
「半分……。これ、ぜひ買い取らせてください!」
「え、いや。お土産なので……」
「お土産にしてはちょっと高級すぎるよ!」
「いや、でも……」
「あー……おちつけ二人共。オードも興奮するんじゃない。お土産だってんだ、ここは素直にいただこう」
ふたりで押し問答(僕のほうが圧倒的に押されていたけど)を見ていたオードのお父さんが口を挟み、そこで一時休戦となる。
「さて、申し遅れたが俺の名前はテッド。さっきから聞いてたと思うがこいつの父親だ。ここで食堂兼酒場をやっている。ああ、部屋が余っているから宿屋もついでにやってるよ。まあ、お前さんがここに泊まることはないとは思うがよろしくお頼む」
そう言って右手を差し出されて、僕も慌てて右手を差し出して握手する。
そうするとテッドはにやりと笑ってから、手を離した。
「うん、良い手をしているな。働き者の手だ。俺はお前が気に入ったよ。これからも頼む」
「あ、いえ。こちらこそよろしくお願いします」
「腰の低いやつだな、お前は……。オードから聞いてた感じだと、もっと元気なやつだと思ってたんだが……まあいい。これから価格交渉と納品数の話と行こうか。おい、オード。おもたせだがこの卵を使って最高の玉子料理を頼むわ。そしたら買い取りもなにもないだろう?」
「でも……」
「なぁに、玉子のフルコースでも良い。お前、得意だろ?」
そう言われて、オードの目がキラリと煌く。
「うん!」
よっぽど厨房を任されたのが嬉しかったのか、そのまま卵を大事そうに抱えて走っていった。




