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僕が海岸でキョウちゃんに愚痴った次の日から、キョウちゃんは午後に牧場に顔を出すようになった。
「ちょっと今度はこの牧場の絵を書いてみようかなって思って」
だ、そうだ。
そう言って僕らの作業風景を黙々と絵を書く姿が見られるようになって、この牧場に顔を表す人数は三人となり、なかなか楽しい毎日を過ごしている。
オードちゃんの態度は相変わらずなんだけど、少しだけ軟化した気がするのも、嬉しいことの一つだ。
「ねぇねぇノルズ、このコモシの葉っぱ貰っていい?」
「いいけど何に使うの?」
「絵の具の材料。実は植物も絵の具になるんだよねー」
そう言って楽しそうにコモシの葉っぱを持っていっては、どうやら家で絵の具を作って色を付けているようだった。
「キョウちゃんはどうしてこの牧場を描いてくれるの? 町の一部になったって思ってもいいのかな?」
そうきくとキョウちゃんは曖昧に笑って、
「そりゃもう、とっくにこの町の一部でしょ?」
という。
「ちょっと見せてよ」
「ダーメ! 完成までは私は誰にも見せない主義なんですぅ」
そう言ってキョウちゃんは絵は見せてくれなくて、どんな絵になるのか楽しみだ。
そんな毎日が続いていく中で、夏はもう終わりかけていて。
毎年恒例だという花火大会は、もう明日に迫っていた。
「え、花火大会を一緒に?」
「そうそう。マリンも含めて私達五人で一緒に行こうって思って。どう? もちろんノルズもくるわよね?」
「そりゃ、混ぜてもらえるなら嬉しいけど……」
ちらりとグロウの方を伺うと、若干だけど不機嫌そうで。
どうやらマリンちゃんかキョウちゃんに無理やりやり込められたんだろうなーと思うと、少し悪い気がした。
「僕、一人でも大丈夫だよ? 海岸に皆で集まって花火を見るだけなんでしょ?」「へー、ノルズは私と一緒に行くのが嫌なわけ? そうですかそうですか。仲良くなったと思ってたのは私だけってわけね」
「ち、ちが! そういう意味じゃなくて!」
「じゃ、決定! オードにはもう言ってあるから、それで決定ね」
というわけで、五人で花火大会に行くことになってしまった。
正直オードちゃんと一緒に花火大会に行けるなんて嬉しい限りなんだけど、本当に邪魔じゃないのかな? 主にグロウの。
「気にすることはねぇよ。どうせ花火大会になったらおれはそのままマリンと二人でとんずらこくから」
キョウちゃんに聞こえないように、小さな声でグロウがそう言う。
なるほど、だから渋々オッケーしたってことか。グロウにしては珍しいと思ったよ。
「じゃあ夕方、海岸の入り口で待ち合わせだから。ノルズ、絶対遅れないこと!」
「は、はい! ……って、一緒に行くわけじゃないんだね?」
「一緒に行きたいけど、女の子には色々と準備があるのよ。だから待ち合わせ」
「な、なるほど……?」
「じゃ、花火大会よろしくねー!」
そう言ってキョウちゃんは去っていく。
なんとなくその後姿が寂しそうに見えて、僕は背を追って。
「キョウちゃん!」
「え?」
振り向いたキョウちゃんの顔は、なんでかやっぱり寂しそうにしている気がして僕は言う。
「明日、すっごく楽しみだから!」
「……うん!」
そうして満面の笑顔になったキョウちゃんと一緒に酒場まで帰って、入り口で別れた。
明日はここでのはじめての花火大会だ。
心が踊るのも、仕方ないことなんだと思うんだ。