23
次の日の朝、僕はいつもと変わらず山の中腹まで来ていた。
もうそこにはオードちゃんの姿があって、相変わらず川のせせらぎを見つめている。
「おはよう、オードちゃん」
「おっはよう、ノルズくん! 今日も一日、がんばろうね」
何も変わらない、いつも通りの挨拶。
僕は温泉に卵をつけて、温泉卵を作り始める。
それからとりとめのない話をして、温泉卵が出来上がるのを待って。
そう、何も変わらないのだ。
グロウの言う通り、いつもと何も変わらない。
僕が変えようと思わなければ、きっと変わらない日々。
「あ、そういえば」
「うん?」
「今日から何か宿屋に泊まるってことになったんだ。よろしくね」
「ああ。朝にお父さんから聞いたよ。なんか家の建て直しをするんだって」
建て直し?! 聞いてないんだけど!?とは言えずに、それを肯定する。
「そ、そうなんだ。あんまりボロ家だからってグロウがしてくれるって」
「グロウが? え、何でも屋って家の建て直しまでできるの……?」
「さあ……?」
正直、僕もとっても不安なところである。何でも屋って、大工仕事までできるっけ……?
「ま、まあどうせ毎日作物の世話には行くからね。それでまずそうだったらやめてもらうことにするよ、うん」
「そ、そうだね。それがいいと思うよ……」
話しも目線もそらしたところで、そろそろ温泉卵が出来上がる時間だ。
さて、と立ち上がったところで、オードちゃんが口を開いた。
「そうだ、ノルズくん」
「うん?」
「この二人の秘密、やめにしようか」
「……うん!?」
「いや、だってなんかキョウに悪いかなぁって」
「なんで!?」
「いや、だってふたりきりでここにくるのもあれだし、明日からはキョウも誘って……」
「嫌、それは嫌だよ!」
「へ?」
きょとんとした顔でこちらを見るオードちゃん。
いや、その顔をしたいのは僕のほうだよ。
そうして、はっと思い出す。
そうだ、ゲームではオードちゃんはキョウちゃんのサポートキャラなんだった。
だからキョウちゃんのいい方向にって動くに決まってて、それを当然のようにしようとする。
けれども。
「あのね、オードちゃん」
ここでそれを受け入れたら、僕の大事な気持ちが伝わらなくなっちゃう気がする。
「僕、エスコートがそんなに大事な事だって知らなかったんだ」
「え、えぇ……」
「だから二人を誘えたし。むしろ僕がエスコートしたのはオードちゃん、君のことだと思ってる」
「え?」
「僕が踊ってくださいって言ったのは、オードちゃんにだよ」
「あ、そういえば……」
「だから、誘ったのはオードちゃん。キョウちゃんに特別な感情も持ってないし、それが悪かったとは……す、少しっていうか大分思ってるけど、でも風習を知らなかった僕が悪いんだ。だから、勘違いしないでほしい」
「そっか……。それもそうだよね。ごめん、私こそ早とちりした。でもその、キョウは……」
「キョウちゃんにも、同じ説明をするつもりだよ。だから、僕らはきっと今まで通り……とはキョウちゃんとはちょっと行かないかもだけどさ。でも、僕の気持ちを勝手に考えるのはやめてほしいかなって」
「ノルズくん……」
「僕はこの時間が好き。二人で話して、温泉卵が出来るのを待って、またねって別れるのが好きだよ。オードちゃんは、ダメ?」
「ダメじゃないけど、キョウに……」
「キョウちゃんじゃなくて、僕はオードちゃんに聞いてるんだ。オードちゃんは、僕と二人は嫌?」
「……もちろん、嫌じゃないよ」
「じゃあ、このまま。ふたりの秘密で行こうよ。バレたら笑われるくらいのちっちゃな秘密くらい、誰も何も言わないよ」
必死だった。
この二人の時間を失うのが嫌で、言い訳を並べ立てて。
それでもいいから、この時間を失いたくなかったんだ。
「……じゃ、二人の秘密が笑われちゃうまで続けよっか」
そう言ってオードちゃんは苦笑するけれども、僕は心底ホッとして。
「うん!」
ちょっとだけ卑怯なやつだなって、自分の事を思ったんだ。




