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僕は多分、たった今運命に出会った。
特別に綺麗でも可愛いでもない、一般的には普通と言われそうなその人に、僕はどうしようもなく惹かれてしまった。
きっとこれは、どうしようもなく恋だと思った。
さて、少しだけここで僕の話をしよう。
突然だが、僕は転生者だ。
前世、というものの記憶があって、それを活かして今はこの世界で農場を開いている。
別に農場を経営していたとか、農業をしていたわけじゃない。単純にこの世界は、僕のしていたゲームに酷似していると気づいたから出来ているだけだ。
僕の中に前世という記憶があるということに気づいたのは、祖父の農場を継ぐと言って比較的都にある自分の家から飛び出し、この辺鄙な町に辿り着いた時の事だった。もっと言えば、祖父から譲り受けたボロボロの農場をどうにかしなければと思っていたのに、現状を見て絶望した時の事だ。
最初はゲームの世界に酷似していると気づいたわけではなく、単純に僕には前の生の記憶があると気づいただけ。
けれども、実際に育ててみた作物や動物を見ていて気づいた。
これは僕が前世で好んで遊んでいた、農場ゲームの世界だと……。
まず最初におかしいと気づいたのは、前世のかぶと似ているプニップという作物を育てている時。
三日で作物が育った。
少なくとも僕の持っている前世の常識ではありえないと感じているのに、これまでここで生きてきて覚えた知識はこれで間違いないと感じていた。おかしい。
次におかしいと感じたのは、にわとりを飼い始めた時のことだった。
ひよこで買ったはずなのに、一週間でにわとりになった。
やはり前世の記憶ではおかしいと思うのに、これもまた、今まで自分が学んでいた知識では当たり前だと感じていた。おかしい。
こんな風に色々と自分の中に矛盾を感じていた時にふと気づいたのだ。
この世界は僕のやっていたゲームに酷似している世界だ、と。
それからは正直簡単だった。
まずにわとりや種を売ってくれた近所の農場に急ぎ、様々な種類の作物の種を買った。
それからはとにかく作物を育てて出荷しまくった。
確かこのゲームではまずはお金を貯めれば、あのボロい家を綺麗にできるはずだと気づいたからだ。
綺麗なベッドで眠りたいが一心にとにかくプニップ、きゅうりに似た作物であるカンバを育てまくった。
季節は春。季節にあった種しか買えないこの世界で、とにかく今育てられるものを育てまくったのだ。
そのついでに、にわとりも増やした。
すべて最初のにわとりから生まれた卵から孵した子たちだ。オスとメスという認識がないことに少々戸惑いながらも、卵はすべて有精卵だと僕は知っていた。
一週間で孵るひよこは、夏に差し掛かる頃には五羽に増えた。小屋の大きさからして、これ以上は増やせないと判断して、それ以降の卵はすべて出荷した。
こうして少しずつ大きくなっていった農場は、気づけばそれなりの規模になり、出荷先がそろそろ増えるかな? と思っていた矢先のことだ。
そうして毎日を過ごし、そろそろここに来て一ヶ月を数えようとしていた今日、僕は運命に出会ったのだ。
「あの、どうかした?」
目の前で手の平をひらひらと振ちながら小首を傾げている彼女に気づき、ハッと我に返る。
そうだった。今はこれまでのことを振り返っているような場合じゃなかった!
「あ、あの! この春にここに引っ越してきたノルズと申します!!!」
「あ、うん。お父さんに聞いてるよ。歳の近い子がこの町に引っ越してきたって。ノルズ君って言うんだね。よろしくね!」
そう言って彼女はニコニコと笑いながら、こちらに手を差し出してくれる。
え、これ握っていいやつ? 本当に?
手を伸ばさなければと思うのに、なかなか手が伸びずにその手をただただ凝視する。
小さくてかわいいては、僕が手を重ねたらすっかり隠れてしまいそうな手だ。
「えーっと……?」
「あ、いえ! よろしくおねがいします!!!」
困惑した声が聞こえてきて、急いで服で手をゴシゴシと拭いてその手を握る。
(ふおおおおお! 柔らかいいいいい!)
心の中で絶叫しつつ悶絶しながら、その手を堪能する。農作業でアレてしまった自分の手と比べるには烏滸がましい、女の子らしいかわいい手。
「こんな可愛い子が引っ越してきてたなら、もっと早く挨拶に来たら良かったかな? うちのお店でも顔を見なかったから、会う機会がなかったね……って、そうだ! 今日はそのことで話があって来たんだった!」
そう言って僕の手を離すと、ぽんっと手の平を叩いてみせる。
……あれ? 今この子はなんと言っただろうか? 握ってもらった手に夢中で、ついでに手を離されてしまったことがショックできちんと聞けてなかった。まずい、ここは話を合わせなくては!
「あのね!」
……なーんて思っていると、彼女はずいっと一歩近寄って顔を寄せてくる。距離感が!とても!素晴らしいです!!!
「ここの卵、ウチの店に直接卸して貰えないかなって話に来たんだけど、どうかな?」
そう言って彼女が首を傾げてみせるもんだから、
「勿論いいですとも!!!」
一も二もなく思わず頷いた僕は、何も悪くないと思うのである。




