【9】
テレビ画面の中では、尾崎によって野球ばかりか人生も逃避者の烙印を押されてしまった投手が交代させられ、新たな投手がマウンド上で投球練習を始めていた。
それを眺めながら、私は尾崎に野球の基本的な流れを…どのようなスポーツなのかを…教わる。
投手目線で言うと、打者に邪魔されることなく、ある決まったエリアにボールを三球通せば、投手は打者を打ち取ったことになるらしい。
大まかに言うと、高さは打者の胸から膝頭の間に、且つ横幅はホームベース上にボールを投げ、捕手のミットに三球収まればワンアウト。
「基本的には、それを目指して投手はボールを投げている」と尾崎は明言した。
それを三人の選手に対して成功させることが出来れば、攻守が交代するようだ。
「それが投手にとっては最高の結果だ」
元プロ野球選手らしく、抑揚を抑えた口調で、尾崎はそうつけ加えた。
ただし、投手が四球投げて、いずれもホームベース上の定められたコースに、ボールを通過させられなければ、打者の勝利。
バットでボールを打つことなく、自動的に打者は走者として出塁することが出来るらしい。
「う~~~ん」私は唸り声を上げてしまった。
尾崎の言うことが本当ならば、いや本当なのだろうが、当事者ではない尾崎に事の真相を聞き出すように私は訊ねた。
「さっきまでマウンドにいた投手と、あの捕手は単に力量が不足していただけだろうが…。なぜアイツらはギリギリばかりを狙うんだ? 狙わせるんだ? そんなことだから、的から外れ、相手選手はバットを振ることなく…走者が溜まっていく一方だ。ど真ん中目掛けて投げれば、結果は違うんじゃないか?」
『疑う余地なし!』
至極当然のことを、その道の専門家である元プロ野球選手の尾崎に私はぶつけた。
「おばさんさぁ…それだと並の投手は間違いなく打たれるよ…ボコボコに。俺は現役時代、ど真ん中に投げても、殆ど打たれなかったけどな」
『だから素人は困るよ』とでも言いたげな尾崎は、両眉を出来る限り持ち上げ、自信満々だった私は二度目の失笑を買ってしまった。
「要は、ど真ん中に投げてもバットを振らせなければいいんをだろ? 三球」
『昔々、地動説を唱えた人間は、当時異端扱いされた。けれど現在それは定説となっている』と私はへこたれない。
人間にとって新説は、受け入れがたいものだと私は知っている。
「バットに当てさせなければいい、とは思っていたけどさ俺も。流石にそれは…。それはもう…八百長かイリュージョンの世界だろ?」
「そんなことはない! 今からでも教えてやるべきだ…全ての野球選手に。ど真ん中に投げても…絶対にバットを振らせない手を考えた方がいい」
生物の中で、面と向かって馬鹿にされることを、とりわけ嫌うのが人間。
尾崎なんてその筆頭だろう。
だから私は言葉を心に留めておく。
『人間は利口なのか馬鹿なのか…さっぱり分からない』