【6】
「チッ…くだらねぇ!」
クイズの答えを考えながら、テレビに集中していた私は、隣に座る兼子の存在をすっかり忘れていた。
日替わり定食は完食したのだろうか、赤黒い顔をした中年男は空の皿を目の前に置き、歯に楊枝を絡ませ…『シー シー』と不快な音を立てている。
「シーシー チッ」
再び舌を打ち鳴らし、兼子はリモコンの元までズカズカと歩み寄り、誰に断りもなく平然とチャンネルを変えた。
『私が見えるのか?』
切り替わった画面にはプロ野球の試合が映し出されている。
私の言葉に反応したかのような兼子の行動に、私は微量の疑念を脳内に浮かべる。
『お前、私の声が聞こえるのか?』
しかし兼子は素知らぬ顔でテレビ画面を眺め続けている。
『そんな訳ないか…紛らわしい生き物だな…人間は』
CM明けに明かされる正解を、待っていた他の客を無視してチャンネルを変えた男…兼子。
公共の場で傍若無人な振る舞いをする兼子のような人種は珍しい…この国ではマイノリティーである。
良くいえば和を重んじる、悪くいえば人の目を必要以上に気にする。
そのような性質を持つ人間で、この国の殆どは占められている。
迷うことなく、ど真ん中の席に堂々と座った兼子の姿を思い出し…『なるほど…ガッテン!』と私は妙に納得してしまった。
突き詰めて考えれば、世の中には二通りの人間しかいない。
兼子のように公共の場にも関わらず、自宅のリビングと変わらぬ振る舞いで、他人のことなどお構いなしにザッピングをし得る人種か、或いは壁に飾られた絵画を眺めるようにテレビに目を向け、関心がさほどなくとも、それはそれとして受け入れ、ただぼんやりと視聴するタイプ、のどちらかだ。
この国は圧倒的に後者で構成されている。
ゴーイングマイウェイ
いや、我が道しか行かない兼子。
「何やってんだよ!」
自宅のリビングさながらに、くつろぐ兼子は大声を上げた。
「お前一人でやってる訳じゃねぇんだよ~! 台無しじゃね~か!」
プロ野球中継を睨み付けるように眺め、しきりに声を上げる兼子は、見慣れぬ訪問者に吠える番犬のようだ。
テレビ画面は、どちらかのチームに一点でも入れば雌雄を決する、緊迫した場面を映し出していた。
前の打者の自己を犠牲にしたプレーにより、外野にフライを打ち上げれば勝利を手にする、比較的楽なシチュエーションにも関わらず、次打者の選手は身勝手な大振りを三度繰り返し、結果的にチャンスを棒に降ってしまった。
我が我がの目立とう精神により、お膳立ては台無しにされた訳だ。
「チームプレーって言葉知らないのかねぇ…こいつアホ過ぎる。辞書を引け!辞書を!」
贔屓チームの身勝手なプレーに、兼子の怒りは収まらないようだ。
公共の場にも関わらず、自分の都合だけを考えテレビのチャンネルを変えてしまう兼子が、チームプレーのチの字も知らない独りよがりの野球選手に対して怒りをぶちまけている。
『残念ながら、この選手とお前は同類。同じ穴の狢だ』
ただただ私には、兼子が滑稽で哀れに思えて仕方がなかった。
自分を棚に上げている兼子を…『この際、テレビの代わりに棚に上げてしまえ!』と私は笑いが止まらない。
最も兼子を貴重品だと認める気は断じてないが。
身勝手な二人の人間を目の当たりにして『類は友を呼ぶ』という人間が口にする古めかしい諺が頭を過る。
他人のことなど考えもしない、迷惑極まりない兼子が定食屋に通い詰めていれば、身勝手なプレーをしても少しも悪びれない野球選手も『いつの日か…この定食屋を訪れるかも知れない』と。或いは逆に『兼子がプロ野球のグランドに立つ日が来るのではないか?』と私は妄想を膨らませていた。
『それは傑作だ!』私は、独りほくそ笑む。
『そのテレビ中継は見逃せないな!』