【4】
焦点を絞り、私は意識をテレビに集中させる。
画面の中では、きらびやかなセットを背にした若手お笑い芸人がコミカルな動きを見せ、笑いを誘っている。
難しい顔をした司会者の男に、ツッコミとも注意とも判別のつかない言葉を浴びせられ、撮影現場は程よい緊張感を保ちながらも、笑いが膨張していく。
『これは良い…下らな過ぎる!』
クイズ番組でありながら、真剣に答えを導き出すことよりも、スタジオの楽しげな空気を視聴者に届けることが一番重要だ、とする制作者の信念が窺える。
知識をひけらかすような正統派のクイズ番組は、私の好みではない。
『そんなものは学校でやれ!』と言う話だ。
事前に頭に詰め込まれたうんちくを、知った顔で披露する連中に私は価値を見い出せない質だ。
ただし真面目腐ったクイズ番組…それは別の意味で楽しめる。
『クソが…そんなことはネットで調べろ!』
その場合私は、テレビに向けてこのような罵詈雑言をひたすら言い続けることになる。
収録前、番組プロデューサーに『スタジオ狭しと動き回れる、君の身体能力とガッツを見込んで、オファーさせていただきました。期待してるよ!』と遠回しに喝でも入れられたのだろうか?
依然として彼の若手芸人は、スタジオ中をきびきびと動き回り、汗を飛ばしながらも何とか司会者に笑って貰おうと、言い方は悪いが媚びへつらっている。
しかし司会者の男は決して歯を見せることはない。
懸命な人間に対して、一貫して素っ気ない対応。
熱烈な芸人と冷静な司会者のコントラスト。
初見の視聴者に嫌悪感を抱かれたとしても、ボクサーが執拗に繰り出すボディーブローのようにジワリジワリと腹にダメージを与え、最終的には『腹を抱えて笑わせてやる!』という野望を持ってディレクターは演出しているのかも知れない。
それがこの番組のコンセプト、かも知れない。
お茶の間に打ち寄せる笑波を起こしてやろうという。
『この番組は好き嫌いがハッキリ分かれるだろうな』
しかしその演出が意図的で、出演者の共通認識の上に成り立っているものであれば、私は嫌悪感を抱く程ではない。
若手芸人の渾身のギャグに対しても、司会者の男は口の端を僅かに持ち上げる程度で、首尾一貫した態度を貫いている。
司会者は直線的な眼差しをパネラー席に向け…「では…ここで最終問題です。正解者には10000点~!」と声を響かせた。
解答者一同は不満の声を上げ、若手芸人は床に寝転がり手足をバタつかせ、抗議の意を表している。
司会者の裁量により、番組に貢献した度合いによっても得点は増減されるようで、不満顔の若手芸人は「今までの時間は何だったんだよーー! 意味なくね? この汗を見ろ藤堂! とりあえずタオル…今すぐよこせっつぅう~の」と若者らしい棘のある台詞を喚きつつ、それとはあべこべの笑みも浮かべている。
この使い古された昭和感満載の予定調和は、言わばノスタルジー。
若年層のテレビ離れにより、割合的に視聴者の高齢化は顕著で『それなりに需要があるのだろうな』と作り手の意志を私は考察する。
同世代の若者があまり視聴していない薄っぺらい箱の中で、必死の形相で奮闘する若手芸人の姿を、脳内で巻き戻しながらも、私はリアルタイムの画面を目で追っていた。
口元をキュッと引き締めた司会者の藤堂は、若手芸人に手のひらを向け制し、声を立てた。
「最終問題。この度、日本ジャンケン協会によって、絶対に負けない手が証明、発表されました。ではジャンケンにおいて…その絶対に負けない手とは、いったい何でしょうか? 答えはお手元のフリップにお書き下さい。シンキングタイム…スタート!」
汗だくの若手芸人は賢い飼い犬。
藤堂の“号令”を耳にした若手芸人は、瞬く間にパネラー席に戻った。
解答者である彼にとって、司会者である藤堂が口にする『問題!』は、躾を十分に受けた忠犬にとっての『ハウス!』と同じ意味のようだ。
司会者は飼い主で、若手芸人は忠実な飼い犬か…。
若者の汗は一向に引く気配は見せないが、気にする素振りを見せない彼は眉根を寄せ、真剣な面持ちで、両手を胸の前で固定させ、[一人ジャンケン]の出し手を次々に変えていく。
ジャンケンポイ
ジャンケンポイ
ジャンケンポイ
・・・・・・・
「負けない手は?」
若手芸人は自身に問うている。
『この若者が勝負を争っている場所はどのような“舞台”なのだろうか? 何をもって若者の“勝敗”は決するのか?』
番組のゴール地点に向け、解答者一同が、どのように最後の一歩を踏み出そうか、と思い悩んでいる最中に、藤堂は躊躇せずに切り出した。
「正解は・・・」
解答を急かすかのように声を立てる。
「正解は・・・」
答えを導き出そうと頭を捻っている解答者をよそに続ける。
「正解は・・・」
「おい! 司会者!」
「ちょっと待って~」
「マジか?」
「待って! 藤堂さん!」
「早くない?」
「まだ考え中~」
解答者一同は一斉に立ち上がり抗議の声を上げる。
「まだ答え書いてねぇ~から~! 藤堂~」
若手芸人は藤堂に向けて白紙のフリップをブン投げた。
「正解は・・・」
油断すると足元をすくわれ、すぐに別の人間にポジションを奪われる。生き馬の目を抜く世界で生き残ってきたサバイバーとしての自負だろうか、或いはただ単に[ゆとり]を誇示したいだけなのか、たっぷりと間をとり、大写しにされた司会者の藤堂は脂ぎった顔面を晒し「・・・CMの後で」とカメラ目線でのたまった。
藤堂の言葉を合図に、それを耳にしたスタジオ中の人間は膝から崩れ落ち、ズッコケた。
カメラは視聴者の目に決して触れることのない、雑然としたスタジオの天井にレンズを向け、そのままCMに切り替わった。
『カメラマンも転んだ、とでも言いたいのだろう』




