【29】
これまで一話も欠かすことなく、ご拝読いただいた方々・・・ありがとうございました。。
皆さまのご多幸を祈念し・・・
では最終話を張り切ってどうぞ♪
冷静になり考えてみると、陳腐な言葉のレトリック、或いは屁理屈とも言えるが…司会者の藤堂は『勝つ手』とは一言も口にしていなかった。
確かに『絶対に負けない手』と彼は述べていた。
字引を開けば…[手]は[方法]とも記されている。
つまり藤堂が発した問題の一文…[絶対に負けない手]とは、実際に器官として人間に備わっている“手”のことではなく、[絶対に負けない方法]と理解するのが正しいだろう。
『絶対に負けない方法は・・・か?』
日本ジャンケン協会が証明、発表した、と藤堂が最もらしく言及するものだから、私は深く考え過ぎ、勝手に迷路に迷い込んでしまった。
『やはり柄にもなく、頭を捻るものではないな』
自身に染み込んでいる“性分”を私は改めて実感する。
そして子供騙しのような10000点の正解に辿り着き…『下らない…下らな過ぎて…最高だ!』と私は声を漏らしてしまった。
おそらく司会者の藤堂が出題した最終問題の正解は・・・
『ジャンケンをしない!』であろう。
単純にジャンケンをしなければ、永久に負けることはない。『最初はグー』と何者かに勝負を挑まれたとしても、受けて立たなければ生涯負けることはない。
だが・・・
果たしてジャンケンを挑まれて、スルー出来る人間がいるだろうか?
少なくとも、私が騒動を通して関わった人間の中には一人もいなかったように思う。何かしらの勝負に挑んだからこそ…その結果…『元対象者たちは騒動の当事者になってしまった!』そう考えることも出来るのだ。
そもそも『最初はグー』と声を掛けられたら、反射的に手を動かしてしまうのが、この国の人間であろう。
この国でジャンケンを拒み続ける者と遭遇したら、もしかすると相対しているのは人間ではなく、我々担当者かも知れない。
そしてそのジャンケンの舞台が、黒い法服を纏うには場違いな場所で…且つ、その者の声が聞こえたならば、その段階で人間は騒動の真っ只中にいることを自覚すべきである。
無関係の私が10000点獲得したところで、それをポイントとして何かに代替出来る訳でも…変わらぬリズムで歩く私の足取りが軽くなる訳でも…ない。
しかし10000点に代わるご褒美かのように、私の目的地である定食屋が視線の先に現れた。
[行きつけ]のガラス戸からは光が漏れ、営業中の証である暖簾は未だ垂れ下がったままである。
『あの[行きつけ]は本当に素晴らしい…やはり星三つだ!』
ただ…ただ…担当者の私にとって欠かすことの出来ない定食屋の将来を、私は憂う。
今現在、足繁く通う常連客は、先代の味を求めて通っているに過ぎない。
『またあの味に再会したい』と。
それは言わばノスタルジー。
『いつの日か二代目が先代の味を再現してくれるのではないか?』と。
だがそれは叶わぬ夢…二代目の役割は異なるのだ。
店に足を運ぶ客の殆どは、先代の味を求めて再訪する常連で占められている。
よってこれから先、特筆すべき点のない平凡な料理が出される定食屋に、新規の客が常連として定着することはないだろう。
二代目が店を切り盛りしている限り、常連客の数は段階的に減少して行くに違いない。
従って、遠くない未来に[行きつけ]は暖簾を下ろすことになるだろう。
『あと何回…この店を訪れることが出来るだろうか?』
待ち受ける現実を理解していない…自分の使命に気がついていない…二代目店主の姿が浮かぶ。
司会者の藤堂に認められようと、スタジオ中を動き回る、クイズ番組パネラーの若手芸人と同じように…厨房の中で二代目は懸命に鍋を振っている。
『二代目店主の本来の使命とは・・・まぁそれはまた別の機会に話そう! 何せ私はテレビを見るために、この[行きつけ]に来たのだから』
私は三度、定食屋の暖簾とドアを通り抜ける。
終
↓
よ
い
ん
♪
もしも定食屋の二代目店主が、騒動の対象者となり…担当者に本来の使命・役割を告げられたら?
二代目はどの様な反応を示すでしょうか?
あなたの中にいる彼は、担当者に対して何と答えるでしょうか?
料理の能力以外の性質を、父親から継承したであろう無愛想で口の悪い彼のことですから…
『旨ければ文句ねぇだろ!』と言い放つに違いない自信家の父親と同じように…
『使命? 役割? それがどうした! 勝手に人の人生決めつけるなよ…おばさん。俺は自分の意志で、この定食屋の厨房に立っている。偉そうに…お前何様だよ!』などと発し、担当者の“厚意”を突っぱねる光景が私には浮かぶのです。
(作者なのだから自由自在…『いかようにも…登場人物を動かせるのでは?』とお思いの方もいるかもしれませんが…私が使命に携わるように指示したとしても、彼はおそらく拒否するでしょう。彼の中に他の選択肢は残されていない。書き手の方には理解していただける感覚だと思うのですが…)
人生とは…その人物の様々な[選択の蓄積]によって構成されている。
今作のタイトルのように…人間は今まで“回答”してきたモノで形成されているのです。
仮に全ての人間に使命・役割が与えられているとして…
それに気がついたとしても、約束された[成功の道]を呆気なく放棄するくらい、夢中になれている事物に出合えた人間が実際にいたら、その人に対して…『あなたはラッキーだ』と私は声を掛けることでしょう。
それが例え、近い将来、自らが営む定食屋が廃業に追い込まれてしまう人物だったとしても…
読者の皆さんは…そのような“お宝”に出合えているでしょうか?
もしもそんなこと一ミリも考えたことがなかったあなたがいたとして…私の駄文により僅かな時間でも、思いを巡らせる切っ掛けになったのなら、私も筆を走らせた甲斐があります。
私自身が『ラッキーだな』と思います。
あらすじ、前書き、後書き、等々…文章を紡ぐと脱線しがちで、『趣旨を甚だしく逸脱している』という皆さんの心の声が聞こえてきますが…まぁ許してやって下さい。きっと悪気はないので。
では…
もしもご縁がありましたら…
またお会いしましょう。
筆運びがスローで、気まぐれな私が、何時、どのフィールドに参上するかは自身でも分かりかねますが…
今のところ筆を置くつもりはないので…
機会がありましたら…
らっきーるはん




