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【27】


 他人の生死を決定づけるのを躊躇する現代人によって、選択された騒動の結末と、この国の医療水準の高さによって、仮に樋口が生き長らえたとしても…私と樋口が会うことは二度とないだろう。

 再び樋口が騒動を引き起こしたとしても、その際は別の者が担当することになる。

 そういう規則なのだ。

 万が一、三度(みたび)樋口が騒動を起こしたら…再会する可能性はゼロではない。

 だが、三回以上対象者になった人間に、私は未だ(かつ)てお目に掛かったことがない。


 『だから、これにてお別れだな・・・樋口!』


 

 樋口と別れた私は薄暗い待合ホールで、人間が来るのを、テレビのスイッチがつけられるのを、暫く待つことにした。


 ビルの屋上で樋口に遭遇してから、救急病院に運ばれるまでを脳内で振り返りながら、私は黒革の長椅子に座り、真っ黒いテレビ画面を眺めている。

 『そういえば…騒動が結末を迎えた後の対象者に同行したのは、樋口が初めてだな』


 行動を共にしている訳ではないので、他の担当者のことは把握していない。が、騒動の結末を伝えるメールに目を通したら…私はいたずらに時間を浪費することなく、比較的速やかに現場を離れることにしている。

 テレビが視聴出来る場所へ赴くために。

 『もしかすると、騒動の概要を伝えるメールを受信した途端に、我々担当者は対象者と話すことが出来なくなるのかも知れない。メールを受け取った時点で、樋口は元対象者になってしまったのかも知れない』


 転落のダメージによって、コミュニケーションが図れなくなったとばかり思っていたが、おそらく厳格なルールに基づき、私の声は樋口の耳に届かなくなったのだ。

 

 

 引き続き私は、樋口の処置をする医師たちの声が微かに聞こえる薄暗い待合ホールで、テレビがつけられるのを辛抱強く待っている。

 しかし人影すら見掛けることがない。

 よって時間を持て余している私は、人間と対峙すると頭を過る…携わっている[労働]と元々備わっている[能力]について思案する。


 先ず、天職だからという理由で、我々担当者が[労働]に従事している訳ではない、と述べねばならない。

 そう! 人間の[仕事]と同じように。

 確かに私は労働に勤しむために存在している。

 だが、人間と相対したとき、その者が持つ本来の使命や役割を感じ取れる能力こそが、私の特筆すべき性質なのだ。

 他の担当者も持つことが叶わない、オンリーワンの能力である。


 例えば、私が[行きつけ]にしている定食屋の先代店主。

 彼は人々に料理を振る舞う役割を授かって、この世に生誕した。その使命に運良く出合えた彼は、努力に努力を重ねたというよりは…『気がついたら自然と上達していた』と感じたに違いない。

 本来の役目を巡り合えた者は皆、同じような感想を口にする。

 その[使命のレール]に一旦乗ったら、導かれたかのようにグングングングン…加速度的に進歩して行く。

 一般的な凡人が各駅停車ならば、さしずめ彼らは新幹線である。

 しかしその授かった使命が、果たしてどのような職業に分類されるのか…そもそも職業として成り立つのか…私には分からない。

 

 金銭が発生する[仕事]として成立するかは分からないが…今現在、生死の境目にいる樋口 航は、声を上げることが出来ない弱者の[内なる声]に耳を傾ける使命を授かって、この世に生まれた。


 そして昨今の人間は…感情的になる余り、公平な目を失い、著しく偏った世論を形成しがちである。

 そんなときには、定食屋のテレビのチャンネルを身勝手に変えることが出来る兼子の出番だ。

 彼は、その[多数を占める強大な意見]に対して、長いものに巻かれない…数の力に左右されない…独立独歩の精神で、迎合することなく、『間違っているものは間違っている!』と主張出来る…言わばストッパーの役割を担っているはずなのだ。


 しかしながら、人間が何を持って幸せと感じるか、授かった役目を果たすことが、その人間の幸福に繋がるかどうかは…私には分からない。

 現に、自分の使命を全うしたにも関わらず、現役引退後、警察に逮捕された元プロ野球選手の尾崎 千央が…『今現在、果たして幸せを感じて生きているか?』

 その[回答]を想像すれば、答えは自ずと出るだろう。

 人間の幸福感は千差万別。

 個体によって様々で、使命に出合えたからといって、必ずしも幸福度が上がるとは限らない。

 

 そこに関連性はないだろう。


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