【25】
ゴムからパンタグラフへ、憧れの対象は年を重ねて行くことで変化していったようだが…案の定、母親の悪い予感は的中し、大人になった樋口は“歯車”に落ち着いた。
しかし樋口を弁護する訳ではないが、言葉が口から発せられる前に本音を先読みし、話し相手の意向を汲んで行動するのは、人の心を読めてしまう樋口にとって自己防衛の側面もあったのかも知れない。
人間の身勝手な欲望は無くなることはないが、マイナスの感情を少しでも自分に向けられないための。
声にならないものであっても、日常的に罵詈雑言を浴びせられることに人間は耐えられないだろうから。
『よくここまで生きた…樋口。褒めてやる。人間が口にする言葉と心の声…どちらが正しいのか、日々悩み続けたことだろう』
樋口は依然として、私の言葉に反応を見せない。
樋口の母親の手紙を読み、私は騒動の概要が記された一通目のメールを思い出していた。
『確か、樋口の家族構成は“無し”となっていたな…』
おそらくこの手紙を書いた母親は、もうこの世にはいない。そして手紙を受け取ったであろう父親も。
『樋口、お前は天涯孤独ってやつか? ご存命していないのだな…この手紙の差出人の母親も、受取人である父親も。人間の家庭に単純なものなど一つもないし、お前が親に対して、どのような感情を抱いていたかは知る由もないが…お前という存在を形作るのに必要な精子と卵子を提供した生物学上の両親…奥村 聡と樋口 真弓はもう生きていないのだな?』
定食屋の親子のように、親子間で能力が継承されないケースもある。が、自分の持つ特殊な力を息子に授けてしまった樋口の親は二重苦を背負い、他者との接触を極力避け、最終的には耐え切れず自死を選んでしまったのかも知れない、と私は想像していた。
担当者の私にとって、一人の対象者に対して、このように思いを巡らせるのは“異例”なことである。
私だけではなく、樋口に関するメールも丁寧に記載されたものが複数回送られてきた。
『人間として…は、これまで歩んできた道のりの違いから、様々な意見が出るだろうが…。樋口! 少なくとも対象者としてのお前は…本当に恵まれているぞ!』
恩を着せるつもりではなく、私は事実として述べた。




