【22】
サラリーマンは、仕事終わりに居酒屋で一杯引っかける。
若者ならばクラブに赴き、実際に踊っているかも知れない。
よって私が労働直後に病院の待合ホールでテレビを視聴したとしても、きっと彼らの賛同は得られるだろう。
人間が言うところのアフター5なのだから。
煩わしい野次馬から樋口を引き離すように、救急車はサイレンを鳴らし病院へ向け走り出した。
無線やら、隊員同士の会話やらで、救急車の車内は思っていたよりは喧しい。それは私にとって新たな発見だった。
そんなザワついている車内にも関わらず、呼吸はしているものの、樋口の意識は明瞭ではない。
意思疏通が図れない状態だ。
樋口と会話に興じることが出来ない、手持ち無沙汰の私はメールのことを思い出し、受信ボックスを開く。
騒動の詳細が書き込まれた、私たち担当者に向け送られたメールだ。
メールの冒頭部分に目を通し、私の声は自然と漏れる。
『なるほど…そういうことか…』
樋口の耳に届くかどうか、コミュニケーションを図ることが出来ないので判然としないが、私はメールの文章を声に出して読むことにした。
私の声は、対象者以外の人間に聞かれることがないので、音読も黙読も大差はない。
病院までの道中、何もすることがない私は、横たわる樋口に向けてメールを読み上げる。
◆
樋口 航 24歳 独身
家族構成 無し
現在、(株)エフォートレス・フォートレス・ジャパンに勤務
エアークッションなど、災害関連製品を製造、販売する会社に籍を置く樋口は、ニュービルディング芝の屋上より転落
樋口はエアークッションの端に落下
その衝撃でエアークッションは破裂
災害関連製品を取り扱う会社に勤める樋口の経歴が、ネット上に出回り…『自社製品のコマーシャル効果を狙った、自作自演の行為ではないのか?』と多くの人間は疑念を持つことに…
それにより当初、対象者である樋口に対して、少なからず憂慮する気持ちのあった大衆は、裏切られたかのような思いに駆られ、それが怒りへと変換され、その矛先は樋口が勤める会社へ向けられた
最終的に(株)エフォートレス・フォートレス・ジャパンの社会的信頼の失墜を大衆が願い、それが総意と結論づけられ、目に見える形で実行に移された
騒動の結末として、エアークッションは人間の落下に耐えきれず大破
その事実によって、この先(株)エフォートレス・フォートレス・ジャパンが会社として立ち行かなくなることは明白で…それは即ち“破綻”を意味している。
対象者、樋口 航の生死は現在不明
◆
感情を込めず平坦に朗読した私に対して、樋口は至ってノーリアクションである。
『樋口どうだ? このメールの内容に間違いはないか? 事実誤認ではないか? しかし、人間とは恐ろしい生き物だな…樋口』
情報の真偽が不明にも関わらず、一旦感情的になってしまったら、一塊になった人間の行動を制御させることは困難を極める。
雪崩のように、一方向に流れて行く。




