【2】
今日は馴染みの定食屋へ出向く。
定食屋は駅より徒歩三分程の好立地に店を構えている。
見栄えの良いお出掛け着を羽織っているかのような、余所行きの南口とは異なり、北口はパチンコ屋や風俗店が立ち並び、日が暮れればケバケバしいネオンで彩られる。
普段はひた隠しにしている人間の欲望が剥き出しにされたような、生物の抗えぬ本能のような北口に、定食屋は暖簾を垂らす。
店頭は煤で黒く変色し、ショーケースに飾られている食品サンプルは重力を失ったかのように逆さまに引っくり返っている。
そして粉雪のような埃がたんまり積もっている。
店内に目を向ければ、油で壁はコーティングされ、有名人のサインや宣伝文句などは一切なく、店を少しでも良く見せようという気概は感じられない。
等身大で嘘偽りのない北口に相応しい店で…『旨ければ文句ねぇだろ!』と先代の声が聞こえてくるようだ。
ドヤ顔を浮かべ、自画自賛されても文句の一つも出ないくらい、先代の腕は確かなものだった。
口の悪い男だったが、その味に惚れ込み、足繁く通う常連客も多かった。
先代は料理の才能を授かって生まれた疑いようのない…その道の天才。
しかし人間の能力は血の繋がった親子というだけで、無条件に継承されるものではない。
残念ながら料理に関して二代目店主は凡人だった。
懸命に努力し、先代のレシピ通り忠実に再現しても、可もなく不可もなくの料理がテーブルに並ぶだけ。
本来、人間は何かしらの使命を授かって生まれてくる。
しかし大多数の者が、それに気がつくことなく生涯を終える。
今現在、定食屋を切り盛りする男も例外ではなく、もっと他にすべきことがあるはずだ。
ただ、まぁ料理を味わうために定食屋に赴く訳ではないので、何ら問題はない。
私には関係のない話だ。
テレビを見るために私は定食屋へ行くのだから。