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【19】


 「ここから落ちたら痛いだろうな~…痛みを感じる間もなく死ねればいいが…」

 私は屋上の縁から下界を覗き込む。

 規則正しく回転する赤い光は、人間が流す鮮血を思い起こさせる。

 それを待ち構える吸血動物のように、地上にいる野次馬はうごめいている。

 

 樋口に死ぬ意思がないことを確信した私は、これから樋口の周辺に起こり得ることを、あたかも予言者のように口走る。

 「運悪く、お前はここから落下して命を落としてしまう…」

 わざとらしく眉尻を下げ、私は全力で無念そうな表情を作る。

 「樋口、お前の死後。何年後かに竹馬の友によって同窓会が開かれる。充実した生活を送っている者、いわゆる[リア充]がそれを見せつけようと、率先して会を開く。もっと良い思い出はあったはずなのに、自殺のインパクトが強烈過ぎて、記憶が上塗りされ、楽しい場にも関わらず、お前については自殺に関することしか語られない。『それにしても死ぬことはなかったのに…』『一言相談してくれれば…』と。そして自殺に繋がるような、子供時代の負のエピソードを掘り起こされ、ご本人不在の中、そうする人間だった、と仲間内で結論づけられるのだ。お前にとっては不本意だろうが…お前の“最期”は、酒の肴としてアルコールと共に同級生の胃袋に流し込まれ、翌朝には確実に排出される。そして何事も無かったかのように、各々の日常が始まるのだ。級友にとってお前の死は…その程度。ご愁傷さま…」

 自身の姿を重ね合わせているのだろうか、樋口は西の空に僅かに残留する落陽を無言で眺めている。

 

 見も蓋もないことだと知りながら、樋口に真実を伝えるために私は続ける。

 「あぁ~因みに補足だが、今世で徳を積めば来世で『より高い地位として生まれ変われる』などと信じ切っている人種もいるようだが…そんな夢物語、100%ないこともつけ加えておく。そもそも来世など存在しない。今現在の自分の境遇に不満を持っている者の根拠なき希望(よりどころ)に過ぎない」

 「夢も希望もないね~おばさん。今でも『きっと、サンタクロースはどこかにいる!』って思ってるタイプなんだけどな~…信じるよ僕は」

 人間が直視することを避けてきた事実を、私は畳み掛ける。

 「ならば聞くが…お前には前世の記憶があるのか? あったとして、なぜそれを前世だと言い切れる? 単に夢かも知れない。『来世の自分のために善行を積む』…それこそお前たち人間のご都合主義そのものだ。嘆かわしい。ギブ&テイク。何かをギブされるためにテイクをする。見返り、リターンがなければ、決して行動を起こすことはない。その発想こそ、お前たち人間を如実に表している。人間そのものだな」


 そもそも私たち担当者には、見返りとして何かを得ようとする発想がない。よって当然、対価となり得る金銭を生み出す必要性がない。

 私たちの[労働]は人間が言うところの[仕事]とは異なる。


 人間が生物として当たり前に行う自然な行為。


 呼吸するように・・・


 食事をするように・・・


 睡眠をとるように・・・


 セックスするように・・・我々は働くのだ。

 

 それはごく自然なことで…

 本来、仕事とはそういうものだったのだ。


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