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【12】


 日中たっぷり注がれた太陽光により、蓄積された地表の熱は、日が傾いても尚、アスファルトに立つ人間を蒸し続けている。

 風鈴の()を聞くと、一時的であれ涼を感じる、という昔話のような説を耳にしたことがある。

 が、真夏になれば連日、熱中症の危機に晒される現代人に対して、それは説得力を持たないだろう。


 学生の夏休みが終わろうとしている八月下旬の晩夏にも関わらず、夏の暑さは手を緩めることなく、ジワジワ人間を弱らせていく。

 そんな容赦なく人間を痛めつける街に…『人間様、残暑お見舞い申し上げます』と思わず声掛けしてしまうくらい熱せられた東京に…私は立っている。


 人間が密集する大都市といえども、通常はそれぞれの目的地へ人々は流れ、散って行くものである。

 しかし夏祭りに集う人々のように、音楽フェスの観客のように、人間が一ヶ所に寄せ集まり、揉みくちゃになっている。

 そして群衆となった彼らは、一様に頭上を見上げている。

 人間ならば、屋外にいるだけで汗が滴り落ちる気候なのにだ。

 

 一方、黒い法服で身を包む私は、汗一滴流すことなく佇んでいる。

 暑さ寒さを感じることのない私たち担当者の辞書に“寒暖差”という文字はない。

 汗を流すことのない私たちの体調は、常に一定であり続ける。

 汗、涙、尿、体液、様々な液体を放出することで感情を…自己を…表現していると言っても過言ではない人間とは異なり、私たちは何かを外部に排出することはない。ゼロだ。

 最も私たちは何かを摂取することがないので、それは当然のことなのだが。生命の概念がない私たちは、それを維持するためにエネルギーを蓄える必要がないのである。


 人間にとって、心地良い室温が保たれていた定食屋では気にも止めなかったが、度を越えた暑さによって滝のような汗を流し、顔を歪ませる人間の姿を見て…『やはり今日の東京は十分過ぎる程、暖められているのだな』と私は再認識する。


 汗だくの人間に囲まれた私は、定食屋にて届いたメッセージを再度確認するため、携帯電話を開く。


 『港区 ニュービルディング芝 屋上』

 

 受信ボックスの文言を私は復唱する。

 『港区 ニュービルディング芝 屋上』


 不親切で、文章の体をなしていない単語の羅列に…『本当に何かを伝える意思はあるのか? 動詞を使え! 助詞を用いよ!』と簡潔過ぎる伝言に私は嘆くしかない。

 定食屋でぶっきらぼうに注文を口にした兼子が思い起こされる。

 『この文言を入力した奴も…ど真ん中じゃないのか?』

 そして私も、周りの人間同様、顔を見上げてみる。

 定食屋のテレビを視聴するように、顎を持ち上げる。

 眼前には大都市では埋没してしまう規模、11~12階の低層ビルが立っていた。

 『あれがニュービルディング芝か? ぼろっぼろじゃないか! 完全に名前負けだな…ニューのニの字も見受けられない。しかし、ガヤガヤガヤガヤ喧しいな~! これからここで…祭りでもおっぱじまるのか?』

 特定の人物という訳ではなく、ビルの周囲に集まる[無目的な暇人]に向け、私は訊ねる。

 しかし私の言葉は人間の鼓膜に届くことなく、足元に落ち、踏みつけられた。

 対象者ではない彼らは、誰一人反応を示さない。

 答えが返ってこないことを知りながら、私は隣に立つサラリーマン風の男に再び訊ねた。

 『このビルの名前は? いったい何の騒ぎだ?』

 「今、ニュービルディング芝の前にいます。屋上に人が…遠くて顔までは確認出来ませんが…。フェンスを飛び越えた(へり)に、人が一人座っています。飛び降りるつもりなのでしょうか? 本当に…」

 

 『おぉ~~~ぉ』


 問い掛けに答えたかのようなスーツ男の言葉に、感嘆が音となり自然と私の外側に漏れる。

 『聞こえるのか? 私の声が!』

 私は鼻先が触れる程、男に顔面を近づけ、唇を尖らせ、キスをする仕草を見せる。

 『まさかな…』男は耳にスマートフォンをあてがっていた。『…だろうな』

 私には、どことなく男の声が弾んでいるように感じられた。

 『部外者のお兄さんにとっては…ある意味祭りと同じか? カーニバル!』

 

 男の言う通り屋上に人影が映る。

 『なるほどアイツか…。ありがとうお兄さん! しかし人間なのに真夏にスーツなんて着て…ご苦労なこった』

 サラリーマン風の男は、険しい顔を覗かせ、額の汗をハンカチで拭う。

 

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