【11】
テレビを視聴するためだけに定食屋を訪れる私は、静粛な[行きつけ]を後にしようと立ち上がった。
私が動き出すのを待っていたかのように、ポケットの中から電子音が漏れる。
通話とメールのみの、無駄を省いた、必要最低限の機能しか持たない、古の携帯電話を私は取り出す。
『そろそろメイン・ディッシュの時間のようだ』
労働に関すること以外で、私たち担当者の携帯電話が鳴ることはない。なぜならば、対象者以外の人間の目に触れることのない私たちを、知る人間が殆ど存在しないのと、私たちの携帯電話の番号を知る手段を人間が持ち合わせていないからである。
人間から私たちの元に連絡がくることは有り得ない。
まぁ対象者本人が、騒動の担当者である我々に直接連絡してきたら、それはそれで愉快なことではあるが。
緊急時以外、電話がかかってくることのない携帯電話を手にし、私は当然のようにメールの受信ボックスを開く。
『グッドタイミング!』
やはり労働の時間のようだ。
味は兎も角、やはりこの定食屋は、担当者の[行きつけ]としては本当に素晴らしい。『星三つです』
私はデザートであるテレビの視聴を終え、これからメイン・ディッシュである労働に向かう。
その順番に違和感を覚えるのは人間だけで、担当者である私にとって、デザートの後にメイン・ディッシュを食することは日常的なことである。
『私は甘い甘いホットケーキの後に、鉄板の上でジュージューと音を立てる肉厚なビフテキを食らう』
口の周りについたメープルシロップを紙ナプキンで拭き取り、この店を訪れたときと同じようにドアと暖簾を通り抜け、私は現場へ向かう。




