【10】
「今日のランチ、意外と盛況でしたね! 私疲れちゃったな~休憩にしましょうマスター」
配膳係の女の声がする。
一瞬…時間にして一、二秒だろう、私の目の前が暗くなった。
定食屋のテレビが消されたのだ。
演劇の場面転換を思い起こさせるが、それよりも明らかに短い時間だ。
「テレビ消しときますね~」
動作と言葉の順序があべこべの、配膳係の女は店内を一望し、店主のいる厨房の奥へと消えて行く。
『また暖簾をしまうのを忘れている…そそっかしい女だな~』
私は支度中にも関わらず、暖簾が垂れ下がっているため、店内に入ったことがある。それは一度や二度では済まない。
テレビを視聴しているときの私は、過去に担当した対象者との出来事が、映像としてテレビ画面に映っているかのような錯覚に陥ることがある。
現実のテレビ画面と、過去の対象者との出来事が、二画面で映し出されている感覚だ。
通常のテレビ視聴時と同様、人間によりスイッチを消されると、その画面はリセットされる。
今回は、プロ野球中継が試合中にも関わらず、途中で終了し、取るに足らないCMが流れているときだった。
テレビに夢中になり、私は全く気がつかなかったが、隣に腰を下ろしていた兼子を含め、店内の客は一人もいなくなっていた。
兼子と私を取り囲むように座っていた他の客の姿も消えている。
毎度のことだが自分の集中力に感心してしまう。
定食屋の時計は午後三時を回っていた。
ちょうど今時、昼食と夕食の間、支度中の時間に定食屋では一旦テレビが消される。
私が、この定食屋を[行きつけ]にしている理由はそこにある。
買い物にでも行くのだろうか、必ず配膳係の女は外出し、二代目店主は昼寝に興じる。
労働に支障を来すことなく、メリハリをつけてテレビを視聴出来る定食屋は、私にとって貴重で替えのきかない場所である。
テレビの音声が聞こえない、物音ひとつしない定食屋で私は考えていた。
『この国の人間は端ばかりに執着するな』
際どいコースばかりを狙い過ぎるあまり、走者を溜めに溜めていたプロ野球の投手と、それを結果的に誘導してしまった捕手。
そしてど真ん中の席を避け、それを取り囲むように置かれた席に、意思を持って座る定食屋の客。
『どうしてこの国の多数派の人間たちは、端ばかりに集中する、集中させようとする』
傲慢で、欠落している部分は多々見受けられるが、自分勝手にテレビのチャンネルを変えた兼子や、法を犯して警察に逮捕された尾崎のような“ザ・ど真ん中”の人間も、この国には必要に思える。
多数派ではない、圧倒的な少数派だからこそ、存在する意味がある。
『実際に関わり合いを持つ人間にとっては…迷惑この上ない、必要悪だろうが』




