堕落ちゃんの物語
「……美シイ……今スグ刻ンデヤル……」
魔人は素肌を晒し、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
彼がゆっくりと僕を包み込み、その『烙印』を僕の首に刻もうとしたその時だった。
「トレント、今だよっ!!」
(……承知した……!!)
トレントは『精霊魔法』のひとつである、強力な『永劫拘束陣』を張り巡らし、ゼルブレードを取り囲む。
(……久しいな、魔人。貴様を殺す為に蘇ったぞ……ッ!!)
「………ヌゥゥゥッ……キサマ………『ファレアディオ』カッ!!」
僕は急いで聖剣を拾い上げ、拘束された彼の前に向き直る。
「貴様は……何者ダッ……ドウシテ魔将デアル俺を『魅了』デキル…!!」
「死した『人の魔王』と『色魔』には子供がいたのよ。知らなかったのー?」
僕はクスクスと笑い、彼の元へと近寄っていく。
「……魔王ノ娘……。……半魔メ、ニンゲンの側ニツクトハナ……!」
「何言ってるの。僕は平穏に暮らしたいだけだよ、それにネ……」
僕は最後に、彼の心臓へと剣を突き立て口を開いた。
「僕、君みたいなムサイ『男』より、人間の『女』の方が好きだからサ……」
「……オノレ……オノレェェェェェェェェェ…………ッッ!!!!!」
「…………死んじゃえーっ!!」
──────………………グサッ……………………
──────………
僕は魔人を倒した。直にここも崩壊する。
崩れ行く神殿の破片が、僕の頬を掠めて傷付ける。
(……ティータちゃん。地上へ帰るぞ……ティータ!?)
僕は動けなかった。とても悲しくて、とても辛かったから……。
「……君も聞いたでしょ。僕は『半魔』だよ。人に害をなす存在……」
最初からわかってたんだ。僕が魔物である以上、平穏な日常は訪れない。
黙っていても人を魅了してしまう僕が生きて行ける場所など、何処にも無いって。
だから僕は、このままここに残るんだ。このまま死を迎えて、楽になろう……。
──────………その時。僕の手を引いたのは、老年の魔法使いだった。
「……帰ろう、ティータ。『私の愛した人の世』が、美しい主を待っている……」
「………………ありがとう………………」
──────………………
気が付けば、僕達は地上に居た。
ダンジョンの崩落に驚いた雑貨店の常連達は、下着姿で茫然としていた僕の事を心配し、様々な国や村から大勢の人間を連れて駆けつけてくれた。
──────………………
特に外傷が見られなかった僕は服を着替え、そのまま雑貨屋前の大木……。
トレントの元へとやってきた。
(……相変わらずお尻がぷりぷりじゃのぉ。素晴らしい光景じゃ……)
「恥ずかしいから言わないでよー。それより、約束覚えてるよね?」
(……あぁ。覚えているとも……)
ゆっくりとツルを伸ばすトレントは、僕の手についた契印を消し去った。
(……直にワシの声も聞こえなくなる。寂しくなるのう……)
「そうだね。僕も寂しいよ」
……僕は小さく消えゆくトレントの声を……最後の声を、聞いたんだ。
(……本当にありがとう、ティータ。……さらばだ……私達『人の英雄』よ……)
……………………
「さようなら、トレント」
───────………………
それからの僕は、再び平穏な日常を取り戻した。
ダンジョンは崩れ去ったから、名誉を求める人々は来なくなっちゃったけど……。
それでも僕目当てで店に通う冒険者達は少なく無く、以前よりも楽しい生活を満喫している。
相変わらずセクハラはされるけど、なんだかちょっぴり許せてしまう。
堕落しきっていた僕が、本当の意味で『生きる希望』を見出せたのだから。
───────……………
短い間だったけど。
一緒に冒険したトレントの隣で、僕は一冊の本を読んでいた。
……どんな本なのかって?
それはね、『光明の魔法使い』と呼ばれた『素晴らしき英雄』のお話。
『────ファレアディオ・ディンサリオン』の一生を描いた物語だよ。
(完)