宛名
美愛が失踪した翌日。朝起きてから、何も食べずに学校へ登校した。食べる気にもなれない。昨日まで、輝いて見えた桜は萎れたように寂しさを帯びながら、舞っているようだった。心なしか、今日は街路樹の鳥の鳴き声さえ、聴こえて来なかった。
教室に入ると、一気にクラスメイトに囲まれてしまった。それもそうだ。誰だって昨日の状況を知りたいはず。だが、話す勇気も気力もない。
「美愛は歌声綺麗だし、美人だったからね~」
知ったような口で、女子達は美愛を称賛する。確か、あの中心にいる女の子は中学の頃の同級生。鼻を高くして、得意げに話している。煩わしい。君は中学一年生の時に同じクラスになっただけでしょ。歌声も聞いたこと無いくせに、美愛の何がわかんのよ。合唱コンクールのソロをしたという美愛の噂をきいただけのくせに。...叫びたくなった。
「あんた達に美愛の何が分かるの?表面だけの心配なんて、要らないのよ。そろそろホームルームでしょ。早く座れよ」
私の想いを代弁するように、そばにいた梨華がクラスメイトに立ちはだかった。気付けば、もうそんな時刻か。もしかして、今日梨華が遅く来たのはこうなると分かっていて、遅刻ギリギリの時間帯に来たのかもしれない。ドスの聞いた梨華の声にクラスメイトは直ぐに着席した。座る直前に感じ悪い、という心の声が聴こえた。別に気にしない。梨華の方が正しいから。梨華の放った威厳のある言葉。これが、鶴の一声というものか。
全員が着席すると、其を見計らったかのように、担任が教室に入ってきた。
「お前ら~お早う。昨日のニュースはみたな?もう、学校中の話題になっているが、そういうことは私たち大人に任せて、今は勉学に励め。いいな?
まあ、一つお知らせだ。色んな都合が重なって、二日間遅れて学校に入学した生徒がいるんだ。それを紹介する。おーい、君ー入ってきてー」
お知らせの内容にクラス中が騒ぎ始めた。今、暗い雰囲気のなかに入ってきても、きっと気まずくなるだろう。残念だったね、遅れ生徒くん。
......前言撤回。クラス中が唖然とした。
「皆、お早うございます!俺、大刃雷ライデインって言います。この金髪は生まれつきで、イギリスのロンドンから来ました。此れから宜しくお願い致します」
凄い名前だねと感想をいうよりも、その容姿に驚いた。長く細い脚に、輝いている金髪。蒼く光る中に映るエメラルドが宿っている瞳。男の子なのに、高いが、尚綺麗な透き通る声。その中世な顔立ちと、声にクラスメイトの女子はおろか、男子まで目がハートになる手前だった。彼は世に言う『イケメン』に分類されている、男の子だ。歩く度に、いい香りがしたような気がする。
「話のとーり、ライデインはイギリスから来た。二日間来れなかったのは、飛行機の便が予定に合わなかったためだ」
でも、イギリスという外国からきた割には、日本語が堪能で、話慣れている様子だった。ライデインくんは私の視線を感じたのか、少しはにかみながら、告げた。
「俺、十歳までは日本に居たんですけど、色んな事が重なって、イギリスにまた戻りました。なので、日本語は話せるし、好きです!」
首を傾げながら、ふへへと笑顔を溢すライデインくんを見た我々は、立ち眩みが止まらなかった。嫌、着席していたけれども。隣の田中さんが、机にびたーんと顔から崩れた。だ、大丈夫かい、田中さん?
そうして、ライデインくんを迎えたクラスは授業後に、ライデインくんの机の周りへと集い、かごめかごめ状態になっていた。人気だな~。イケメンパワーは凄いなと実感した。
「凄い人気だよね」
「...そーね。昨日の美愛の出来事なんて忘れてるみたいだし、こっちとしちゃあ、いいカモだわ」
クラスメイトをカモという梨華をやはり、尊敬する。眼科に連れていって、イケメンをきちんと見させたほうがよいのでは......?美愛のこともあり、更に毒舌味が増している。授業中も何か考えていて、手帳にずっと書き込んでいたみたいだし、大丈夫かな......。
「さぁ、詞織。今日の放課後は美愛の家に聞き込みにいくわよ。それと、時間があったら他の町にいって事件被害者の家に聞き込みいく、いいね?」
「うん。勿論!」
地道にこうするしかないと思った。梨華は歩きながら、そう言ってくれた。私が考えるに、時間に猶予がないと分かる。急がなくては。
と、その前に少しでも警察から情報を得ようと、私達は例のチラシを渡してきた、あの警察官に聞こうと思った。心の声に確証がない。でも、あのとき響いてきた声は絶対にあの警察官だと、不思議に確信していた。詰め寄って、あの爽やかな顔の下の本性、暴いてみたい。確証はないけど、自分を信じてみようと思う。
学校から歩いて5分。交番へと到着した。梨華と顔を見合わせて、意を決して中に入る。
「おや、何か用かね?お嬢さんたち」
中に入ると、そこには年配の警察官がいた。のんびりとお茶を啜っている。梨華はその様子に少しイラついているのか、気が立っているのか、声色が少し怒りを帯びている。粗方、あの警察官の特徴を話終えると、年配の警察官はうーんと、腕を組み何やら首を傾げている。
「すまないね、その警察官、ちょうど昨日のこの市で起きた行方不明事件のことで、本部に行ってね。とても謙虚で、真面目な男だった。この交番は市の中でも小さいからね、彼のような警察官は本部といくんだよ」
「つまり、ここにはいないということですね?」
梨華の鋭い声に警察官はぎょっとしている。おずおずと頷くと、梨華は大袈裟にため息をついた。
「...それでは、何か少しでも教えて頂けることはありませんか?」
「...いや、私は現場に居なかったものでね、詳しいことは良くわからなくて」
警察官は気まずそうに窓に目線を送る。梨華は更に大きくため息をつくと、軽く舌打ちをしてお辞儀をすると、交番からでていってしまった。私も軽くお辞儀して、梨華を追う。
《あのような女子高生に何がわかるっていうんだ。偉そうに》
...本当に性格ねじ曲がった警察官だな。情報知ってて言わないとは。こんな年齢に見た目のため、揶揄されても仕方ないと思うが、あの警察官には善意というものがないのだろうか。まあ、この心の声が聴こえるようになってから、体力は消費するものの、人の表面に隠された裏が見えてくる。今までに気づかなかった本性。人の本当の汚さだったり、日常を垣間見る。
先程の警察官の様子に、梨華はきっと気づいていた。侮られていることも、情報を手渡さないだろうということも。梨華の横顔は凛としていて、呆れているようだった。きっと、これからの調査で警察官には頼ることがないだろうと私は悟った。
昨日、パトカーが沢山停まっていたとは思えない、綺麗に整備されている美愛の家に着いた。美愛の家は親子四人暮らしで、美愛のお母さんは住宅やマンションの建築デザインをしているらしい。お父さんの方は海外に行ってることが多く、あまり聞いたことはないが、素敵なお父さんなんだそう。弟くんもいるらしく、今年受験生だって美愛が言っていたな...。
少し緊張するが、インターホンを押した。すると、美愛のお母さんが玄関から出てきた。
「あら...りーちゃんとしーちゃん、いらっしゃい。どう、したの?」
りーちゃんとは梨華のこと、しーちゃんとは私、詞織のことだ。美愛の親御さんは私達を小さい頃からそう呼んでいる。予想通り、親御さんの目は腫れぼったく、クマがよく目立っていた。寝不足...だよね。そう思いながらも、聞き込みをさせて頂いた。
「あの子に変わったことは無かったけど、そうね、朝に何かのチラシを紙飛行機にして、ベランダから飛ばしていたと息子に聞いたわ。あの子、変わった趣向を持っているから、そんなことしてたのね、きっと」
「ちなみに、そのチラシはこんな色でした?」
「そうよ、当にそれね」
やはり、このチラシか。紙飛行機で飛ばす意味はあまり分からないが、きっと何か理由があるんだろう。
誰かにこのチラシを伝える為だとしたら、近所の人が拾っている可能性もなくはない。そして、このチラシの色は綺麗な群青。何か、引っ掛かるな...以前、美愛は空が好きだと言っていた。兎に角、『青』に此れから気をつけて、聞き込みをしてみよう。
「りーちゃん、しーちゃん、貴方達も気をつけてね。あの子の事は気にしないで、ね?高校生に成れたのだし、高校生活を楽しまないといけないのよ」
「お言葉ですが。美愛のことを気にしないで生きていくことは私にも、詞織にも出来ません。生活は常に美愛が居て、詞織が居て成り立っているようなものなんです。なので、私達が美愛を忘れてしまったら、私達自身にも関わることになります。お母様もお身体にお気をつけて下さい。お忙しいなか、ありがとうございました」
「ありがとうございました。情報提供、ありがとうございます!」
梨華の強い意志の表れに、美愛の親御さんは、ありがとう、と泣きそうな顔で笑った。お礼を言って、聞き込みを終わりにする。梨華のいう通りだ。私達には美愛が必要で、互いに大好きだから、こうしている。生活は何かが有って、成り立つもの。その何かが欠けてしまえば、生活は崩れてしまう。親御さんも美愛という大切な家族が居なくなったから、思うように寝れなくなってしまい、寝不足で生活が崩れていた。改めて、美愛の存在は私達にとって、不可欠なものなのだとわかった。...早く、会いたいな。
その後に、美愛の近所の家を訪ねてチラシの事を聞いてみても、誰も拾っては無かった。公園や樹木のそば、上などを探してみても、紙飛行機は見つからない。気付けば、空は夕焼けに差し掛かっていた。
「うーん...見つからないわね。この距離だし、そう遠くには行ってないはずなんだけど...」
「あの......!」
梨華と公園の椅子で一休みしていると、後ろにあった並木通りの道から、誰かが小走りで駆けてきた。透き通るようなその声に、思わず二人同時に振り向いた。
「はぁ、はぁ、ごめん、急いで来たから、息が上がってしまって...花咲さんと、神木さんだよね?ちょっと、伝えなきゃいけないことがあって...」
なんと、其処には今日少し遅れて入学したライデインくんが立っていた。そもそも、私達の名前を覚えていた時点で驚いた。肩で呼吸をしている辺り、相当な距離を走ってきたとみえる。しかし、その努力も梨華には通じず、怪訝そうな顔でライデインくんに向かって、毒を吐言た。
「はぁ?何?高嶺の人が私達平凡人に何か御用?」
と言うか、梨華さん。貴方ね、人の名前覚えておきなされ...。その言葉に驚いたのか、ライデインくんは一歩後退するが、負けるものかと、一歩前に進み出た。へぇ、梨華に動じない人に久しぶりに出会った気がするなぁ。大体、皆逃げるのだけど。
「あの、俺が高校に来る前日にこの学校でも行方不明事件が起こったとは聞いていたんだけど、登校するときに、街路樹から何か落ちてきて、見てみたら、このチラシだったんだ。差出人が同じクラスで、行方不明事件の被害者の清風蘭さんで、宛名に拾ったひとと二人の名前がかいてあったから、二人に届けないとって思って、放課後探してたんだ」
その話をきいた私達は、ライデインくんの手にしている紙飛行機の折り目がついたチラシに飛び付く。ライデインくんはもう見たようなので、二人で見させてもらった。
《私は清風蘭 美愛。読んでくれて、ありがとう。私の意識が落ちる前に、伝えて置きたいの。脳が変な風になってて、単語しか言えないけれど、ごめん。青に飛び込んで。鈴の音。県立公園。噴水。ポプラの木。かな?此を、私の友達に伝えてね。見ず知らずなのにありがとうね!我が儘かもしれないけど、私を探して。迎えに来て。最後に、無理はしないでね?
此を拾ってくれた君と花咲詞織と神木梨華 宛》
此を読んだ梨華は泣きそうになっていた。やはり、美愛は凄い子だ。何かしらで伝えてくれた。自分だって辛いはずなのに、人の心配をしている。ライデインくんは梨華と私の様子を見て、安堵していた。
「良かった...本当にこの手紙を信じてもらえるか心配していたんだ。早く届けようと思っていたんだけど、色々なことが放課後に入ってしまって。遅くなって、ごめん。でも、良かったよ」
「これ、探していたんだ。ありがとう、ライデインくん。凄く有力な情報だよ!」
称賛すると、ライデインくんは笑顔を返してくれた。この単語をもとに聞き込みをしていけば、予想してみるに、行方不明事件の被害者の子達が最後に訪れた場所が分かるかもしれない。希望が見えてきて、俄然やる気が出来てきた。
「まぁ、礼は言っとく。ありがとね。わざわざ足を運んで頂き、感謝するわ。じゃあ...詞織、もう今日は日が暮れてる訳だし、帰宅しよう。高嶺の人も、さっさと帰んなね」
「じゃあ...ライデインくん、ありがとうね」
梨華の感謝の歪みに焦りつつも、ライデインくんにお礼をいう。ライデインくんが居なければ、有力な情報は手に出来なかった。ある意味、ライデインくんが拾ってくれたことも奇跡ではないかと、思う。軽く会釈して、二人で帰ろうと、するとー...
「待って!!」
ライデインくんの透き通る声に一喝され、さすがの梨華でも、立ち止まった。公園内に大きく反響しているのがよくわかった。二人して、首を傾げると、ライデインくんはうなじ辺りを手で掻きながら、恥ずかしそうに告げた。
「あのさ。あの子の手紙が俺に届いたのも、何かの縁だと思うんだ。いや、そんな気がして。だから、協力するから、行方不明事件のこと、俺にも手伝わせて欲しい」
思わぬ申し出に、二人して動揺する。いや、動揺するだけなら、まだしも、怪訝そうに睨んだ梨華は例外である。協力してくれるのは、効率も上がって、有難いことだ。しかし、梨華がどう采配を下すのかが問題。梨華は睨んだ目を伏せながら、ため息と共に言葉を吐いた。
「...そーね。まぁ、何も知らない人がおこがましいけど、でも、協力してくれるってんなら、別だわ。じゃ、お願いします」
その言葉をきいたライデインくんは嬉しそうにガッツポーズをした。梨華はまだライデインくんを認めていないらしいけど、これで聞き込みの幅は広がった。
明日の放課後から、早速被害者の家に聞き込みに行く予定だ。梨華はライデインくんに私服で来るように頼んでいたけど、その理由は分からない。夕焼けに照らされた、ライデインくんの笑顔は、私達二人の希望を表しているかのように、輝いていた。
茜色の空には一番星が瞬き始めていた。
もう少しだ。美愛、待ってね。
『探して』『迎えに来て』
それらの必死の願いを必ず叶えようと目標を込めて、茜色の空を手で仰いでいた。
この手が一番星に手が届けばいいのに。