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運が良く、親友の二人と同クラスになれた。
クラスを見渡す限りは、こうといった問題児らしいひとは居ない。しかし、高校生活に浮かれて騒ぎ立てている生徒が目立つ。梨華がぎろりと睨んでいるから、そろそろ気をつけたほうがいいよ~。美愛は人見知りのため、私の背中に張り付いて離れない。愛おしいとは、この事か..まあ、緊張する気持ちも分かる。私達のいるこの高校は市内でも大規模の学校で、様々な県からの生徒が入学してくる。そのため、知っている生徒より、知らない生徒の方が圧倒的に多い。それ故、美愛がこうなる理由も分からなくもないのだ。
「おーし、お前ら、早速入学式について説明すっぞ~。私は松河。宜しくなぁ!」
引き扉が開いた瞬間、担任の先生だと思われる女性が教室に入ってきた。口調が男性だが、お団子しばりの若い先生だ。親しみやすそうで、ほっと安堵する。前の男子が他の男子と指を立てて、数字を表しているのを見るに、美人に入る教師だと分かる。
丁寧に入学式について教えられたので、その後が順調に進み、入学式を無事終えることが出来た。ふぅ、何も無くて、安心した。立ち上がって退場しようとしたとき、脳に声が響いた。
《入学式なんて、どうだっていいのに》
《さっきの女の子、可愛いかったな》
《あいつだ》
波のように押し寄せる言葉の渦に、立ち眩みがしてならない。
な、なにこれ?誰の声?誰の想い?誰?誰?
理解が追い付かず、世界は傾いていく。
身体に鈍い音が響いたとき、意識は遠退いていった。
『たった3人相手に疲労感で倒れているようじゃあ、此れからドウスルノ?』
淡い淡い空間で幼い声が響いている。目を開けようとしても、何かが邪魔をして、その空間を目にすることは叶わなかった。
「..誰、なの?」
幸い、声は発することが出来た。響くその声に問いかける。
『やだなぁ、アタシの聲、聞こえるなら、誰か分かるんジャナイノ?』
分からないから聞いているのに、何を言ってるのか理解できない。首を静かに振ると、そのひとは鼻でふふっと笑った。
『わかんないかぁ、ずっとずぅっと一緒に居るのに。追憶してみなよ?マァ、そんなコトのために来た訳じゃないからねぇ。忠告しにキタンダヨ。』
「忠告?」
『そうソウ。忠告~。よーくきいててねぇ。君のそばには、たぁーいせつな御人が居るから、そのひとをきちんと見てて。そうじゃないと、君もアタシも、御人も危ないんだよ。君の大切な世界のために、シッカリ、ね?』
何を言っているのか、さっぱり理解出来ない。私のそば...腑に落ちないが、一応頷いた。
『其から、その想い使いすぎると、大変だからね?んじゃあ。ソユコトで。』
相槌を打つより早く、世界は明るく彩られていった。眩しい光に、目が覚め始める。
目が覚めて、天井とカーテンしか視界にないということは、ここは保健室だと分かった。そして、すぐ側には美愛と梨華がいた。二人ともベッドに寄り掛かるようにして、居眠りをしている。私に気付いたのか、保健室の先生がカーテンを開けて、にこりと笑った。
「あら、起きたかしら?もう、貴方熱もないのに、意識がとんで急に倒れるから、驚いたわ。二人はしばらく無気力だった貴方の隣に居てくれていたのよ」
私は先程の夢で倒れたのだろうか....?誰かから、あの忠告を承けるために?其とも、誰か3人の声を感じ取ったから?...分からない。
「まあ、無気力状態になったのは分からないけれど、入学式が長かったから倒れたのかしらね。今日はもう家に帰って、ゆっくり休んでね」
「ありがとうございました。私のことを誰が運んでくれたんですか?」
「んん、えーとね、凄く素敵な男の子だったわよ~。倒れた瞬間、脈とかも調べてたみたいだから、医療技術がわかっている子かもしれないわね。お礼は言って置いたから、大丈夫よ」
「分かりました。二人起こして、帰ります」
倒れた時にあれほど力が入らなかったのに、自分が凄く元気で、びっくりした。私を運んでくれたひとには、取り敢えず、探してみてお礼を言って置こう。二人の肩を揺らして、起こしてみると、二人はぐわっと私に抱きついてきた。
「な、ちょ、どうしたの?」
「詞織~、急に倒れたりしないでよ、びっくりしたんだよ?もう、大丈夫なの?」
「詞織!あんたね、きちっとしなさい!今度急に倒れたら、心臓止まるから!」
「あぁ、二人共、ごめんごめん、もう大丈夫だから、家に帰ろう?」
美愛は嬉しそうに頷いたが、梨華はそっぽを向いていた。...帰りに何か奢れば、機嫌なおるかな?保健室の先生に3人でお礼を言うと、学校を出た。どら焼の屋台を発見したので、二人に買ってあげると梨華はすぐ機嫌が直った...。
帰り道、交番の前を通ると警察官の男性にチラシを貰った。聞き込みらしい。交番に入り、話を聞き出された。爽やかなおでこを出した警察官の男性だ。
「すみませんね、行方不明事件が起こってて、その行方不明になった女の子たちの共通点がやっと分かったので、教えられる範疇で教えたいとおもってね。」
「其を知って、私たちになんの利点がおありで?」
「梨華...、事件防止のためなんだから、ちゃんと聞いて?」
「まあ、美愛がそう言うなら、聞くけど。」
梨華の相変わらずの態度に笑みが零れる。これで将来結婚出来たら、私は梨華にお金を賭けようと思う。
「ええと、まずね、行方不明になった女の子たちは容姿端麗な美人だったらしくて、透き通るような美声を持っていたらしい。居なくなる当日は抜け殻のように重い表情になるらしいんだ。」
美人と美声...。そして、重い表情か。
「先程から、君たち位の年の子たちにチラシを配って、事件を防止しているんだ。君たちも気をつけてね」
「はい!ありがとうございました!」
美愛が大きくお礼を言うと、私達は交番を出ていった。唯一、お礼をしなかった梨華が腕組をしながら、顔をしかめた。
「さっきの警察官、今までに見たことあった?」
「んー...分からないな」
私はあまり、人の顔を覚えないから、梨華ほどの偵察力がない。梨華にしか分からないことなのか、梨華は別れ道まで長い間首を傾げて、何かを考えていた。
二人と別れたあとに、さっきのチラシを再度見てみる。行方不明事件か...最近、ニュースを見るたびに流れている気がする。共通点がたった三個しかないのは、捜査のしようがない気がする。これは、警察官も行き詰まるわけだ。
私の予想通り、捜査は暗礁に乗り上げているようで、テレビのニュースキャスターがあまりにも少ない情報に顔を歪めているのが、カメラに映っていた。
「しかし、これだけ犯人が痕跡を残して行かないのは、極めて稀ですね」
顔を歪めているのを見て、隣にいた専門家らしき男性は、ニュースキャスターに助け船を出した。その助け船にニュースキャスターの顔はあからさまに明るくなる。
「そうですねー、誘拐の可能性が検討されていますが、犯行現場のメドさえ立っていないようです。加えて、近隣住人への聞き込みでも犯人の情報が得られていない、とすると、これは誘拐ではないのかもしれないと言われています」
「誘拐ではない...とすると、一体、何になるんでしょうか?」
「一部の専門家は、近年でも最悪の神隠しだと論じているようですねー」
「...神隠しですか。本当にそのようなことが科学的にあり得るのでしょうか...」
ニュースキャスターが神隠しという単語を出すと、番組は《神隠しとは?!》というロゴが表れ、VTRが流れ始めた。行方不明事件はテレビの目次で《神隠し》となっていた。しかし、神様が人間に関与すると考えれば、神隠しとは凄いな、と思う。この世界の創造主が、自分の造りだしたちっぽけな存在に執着するなんて、何だか馬鹿馬鹿しい気がする。他の誰かに取られないようにして隠すほど、その存在が創造主にとって大切なら、その存在こそ神の上にあった方がいいんじゃないかとふと考えながら、今日の最後に幕を閉じた。
次の日。朝起きて、自分が理解するより速く、母に可笑しなことを聞いていた。
「今日さ、なんか可笑しくない?」
「何いってんのよ、早くご飯食べて学校に行きなさい」
いつもの日常だ。起きてから、身支度を整えて、学校へ向かう。でも、心にもやがかかったように、曖昧な感じがする。いつもの道路。街路樹。鳥の鳴き声。電柱。全てがいつもと変わらないが、何かが可笑しい。
そんな気持ちのまま、学校へ向かった。
「ねぇ、花咲さん、何見てるの?」
授業の休み時間の折、隣の席の女の子に昨日のチラシを見られた。あー...このこは確か、田中さんだっけ?
「田中さん、おはよう。これね、昨日、交番で渡された行方不明事件のチラシ。田中さんも配られなかった?」
「ん...?ここの学校のひとって大体その交番通るよね?でも、配られてないよ?」
「?可笑しいね。何でだろう?」
配られてない?でもあの警察官は声を掛けて配っていると言っていた。田中さんは気になったのか、黒板の前に立ち、チラシを持って呼び掛けた。
「ねえ、皆!ここ最近で、交番とかでこのチラシ配られたひといる?」
呼び掛けに対し、帰ってくるのはいいえなどといった、否定の言葉ばかり。田中さんが戻ってくると、私と同じように可笑しいと首を傾げていた。配られていたのは、私たちだけということ?どういうことなのか。
訳が分からないまま、夕方になり、そのまま帰路へと足が動いた。帰りはいつも美愛と梨華と一緒なのだが、梨華だけだった。
「あれ?梨華、美愛は?」
「分からない。早退なんてしてないだろうし、私達よりも早めに帰ったんじゃない?」
とは冷静に言ったものの、梨華は美愛を溺愛している。それ故、落ち着きがない。心配をしつつも、あっという間に別れ道で、梨華に別れを告げた。まだ、もやは取れない。
「あら、詞織、お帰りなさい」
「あれ?お母さん、早いね、ただいま。今日の晩御飯は?」
母はいつも遅くに帰ってくるが、今日は早番だったらしい。台所で野菜やらを切っていた。晩御飯を聞いたその時。
《ウゥ~ウゥ~》
パトカーのサイレンの音が、段々に近づいて来ている。カーテンを開けて確かめると、更に音は大きくなり、私の家の前を通った。
ここで。
いつもなら、結構煩いとかを思う私が胸騒ぎを感じた。一日中感じていた可笑しいことと、ピースが揃ったように、重なった。胸騒ぎは寒気へと変わっていき、鳥肌が止まらなくなる。
東だ。美愛の家がある方向。
もしかして...。私は後ろにいた母をはね除け、大急ぎで靴を履き、駆け出した。
「ちょっ!?詞織!どうしたの!」
母の声が雑音にしか聞こえなくなっていた。急いで梨華に連絡すると、梨華もこちらに向かっているようだ。少し行った先で、梨華が待っていた。同時に頷くと、急いで美愛の家に向かう。サイレンの音が大きくなるにつれ、私の胸騒ぎはザワザワと音を立てるように、大きくなっていった。
角を曲がったとき―......
私と梨華はコンクリートにへなっと崩れ落ちるように、座り込んでしまった。
美愛の家の周りには、騒いでいる野次馬と多くの警察官が黄色い"立ち入り禁止"のテープで包囲していた。家の玄関では、美愛の家族が泣き崩れていて、警察官が聞き込みをしていた。
「梨華、ごめん......」
「何いってんの、私のほうこそ......」
完全に油断していた。美愛には私たちが居ればと、安心仕切っていた。互いに意味のない謝りを入れる。そう言った瞬間、瞼に涙が滲んで、零れた。涙を流しても美愛は戻って来ないのに。
美愛が神隠しに遭ってしまった。
唐突すぎて、驚きさえこない。涙ばっかりが目に滲んでくる。どうして。行き場のない疑問は喉に締め出されていた。今日一日中、可笑しいと思っていたのに。その事ばかりで、親友の様子にさえ気づかないなんて。あの可笑しな夢でも大切なひとを見てて、と忠告されていたのに。私は今日1日で、何をしていたんだろう。何で、自分のことばかり考えていたんだろう。
私は、馬鹿な上に周りも見れていなかった。今更ながら、自責の念にかられて後悔しても、時は戻らない。美愛は、いないのに。
涙が溢れて揺れる視界のなか、警察の群衆から、一人の男性が駆け寄ってきた。
「あ、君たち!大丈夫かい?気の毒にね、君たちの友達である美愛さんが被害者となってしまったんだ...」
《どうせ聞いても、女王様の国に行ってしまえば、もう帰らないけど。泣いてる奴とか凄く面倒。泣いても仕方ないのに。》
この前の交番の警察官が話し掛けてきた。優しい言と同時に、押し流されてきた低くずる賢い声。梨華はそばで泣いているし、このひとが行ったとしか思えなかった。泣いても仕方がないということは重々承知している。このひとに面倒と評価されようと、私たちに関係ない。そして、女王とは誰...?
何も言わず、怪しい、と疑惑の視線を向けると警察官は顔をしかめた。
《何だ、こいつ。感じ悪いな》
「ごめんね、ちょっと上司に呼ばれたから、また後で聞き込みするね」
私の視線に驚いたのか、私を感じ悪いと罵り、裏腹に笑顔で警察官の群れに紛れ去っていった。振り向く前の、あのずる賢い目付きを私は忘れられない。それほど、嫌な気持ちになった。同時に、少し呼吸が荒くなる。倒れはしないが、少し苦しい。深呼吸して、息を整えると大分楽になった。
少し泣き止んだ梨華に先程のことと、倒れたときのことを話そうと決心した。
梨華は静かに、其を否定とも肯定とも取らずに、話を聞いてくれた。この子は貫禄があり、私の嘘かもしれない話を、しっかりと目を見て聞いてくれたのだ。もし、否定されたら、私という存在も否定されているように感じてしまうから。...私は嬉しくてたまらなかった。梨華は真剣に告げる。
「詞織、話してくれてありがと。私の推測ではあるけど、詞織が聴こえているその声は"心の声"なんじゃないの?」
心の声...。そうかもしれない。
「そう言われてみれば、今までと一致する...」
「あの警察官、やっぱり怪しいと思っていた。あいつ、行方不明事件に何か関係してる。チラシを渡した時点で、美愛に目星をつけていたとしたら、完全に騙されたわね」
梨華はぐっと拳をつくると、力強く握っていた。私も悔しかった。そして、私の夢に出てきたあの聲は、美愛のことを凄い御人といっていたんだ。全て一致した。同時に自分が不思議な力を持ちはじめていたことに、驚いた。この力を使えば、美愛を見つけられるかもしれない...心の声なら、隠しようがないから、相手の本質を見抜ける。
なんとか、コントロールして、使い物になるようにしよう。コントロールするには時間がかかるだろうけれど。前回のこともある、疲労感で倒れてしまわぬように、この疲労感にも慣れていかないと。そう、決心した。
美愛、また笑顔を見せて。あの優しく、はにかむ笑顔が見たい。
そのために、何としても神隠しの事件を解決しなければならない。行方不明でなく、拐われた3人と、美愛を助けだすために。
想いと並行するように、空には雲が掛かり、雨が降り始めた。
私達も、涙を流し始めてしまった。黒い雲から、降ってくる雨を私は不幸と悲しみを告げている雨だとも思い、これからくる試練を"乗り越えろ"と告げる雨だとも思った。
雨か涙か分からないが、濡れた目を拭い、私達は振り返らずに、帰路を目指した。
美愛、待ってて。
必ず、迎えにいくから。