始発の便
「ニュースをお伝えします。某県のI市で、又しても行方不明事件が起こりました。今月で三件目となります。警視庁は....」
早朝、7時10分頃。朝のニュース番組を見ながら、呆けていると、気付けばもう登校時刻に差し掛かっていた。家を出る前に、玄関の側にある大きな鏡を見ながら、新しく煌めいている紺色の制服に袖を通し、格好を整えた。似合ってないなぁと嘲笑とため息が出るほどに、このブレザーの制服はまぶしいと思う。紺色が寒色であるとはいえ、色の識別では言い表せない輝きをいま、私は身に包む。母からお弁当を受け取り、急いで家を出ていく。
家から少し歩いた街路樹に留まる和やかな鳥たちの美しい声が微かに聴こえる。朝焼けの光が羽ばたく鳥の広がった羽に反射して、朝を実感した。初めて履くローファーには、緊張のためか力が入り、靴擦れが起きていた。
春。出会い。別れ。桜。
様々なことが一度に起こる四季の一つ、春。
なされるがままに風に吹かれる春の主張である桜は、なんの様子もなく、花びらを散らせている。風に舞う桜の花びらが、常に視界をよぎる。
春の訪れである桜は、何もない田舎である私の町を少しでも明るく彩っている。
私は今日、高校生になる。
高校生とは何かと選択肢が多い。中学生の頃もそれなりに多かったが、あの頃は義務教育によって進む道を、それにそって歩くだけ。決定された事柄を受けるだけ。その決定された道を進むことは楽だった。しかし、高校生は大まかには決まるものの、細かいことを自分で決めていく。その面倒さ故に、私はその選択肢の多さに心が浮かれる訳でもなく、ため息をついていた。迷うのが面倒くさい。迷いなく決められれば、迷いなく決定された道ならば、苦労しないのだが。
桜吹雪がまだ止むことのない細い路地に差し掛かったとき、そのため息を心地よい酸素に替える人物が桜吹雪と共に現れた。
「詞織!おはようございます!今日は待ちに待った、入学式だね!桜もたっくさん舞ってることだし、今日はきっといい日になるよ!」
この明るく元気な女の子は、幼なじみで、親友である清風蘭 美愛。
短いおかっぱの黒髪は常に光に輝いていて、清潔感がある。顔も綺麗で可愛い。俗にいう、美少女だ。声も透き通っていて、小さい頃からの親友の一人。一緒にいると癒される。
「なんか...詞織、元気無いね?どうしたら、そんな無気力な顔になれるのよ?」
美愛の裏から現れて毒を吐くのは、もう一人の幼なじみで親友である、神木 梨華。相変わらずの毒舌だが、もう慣れてしまった。反感を抱いて、減らず口だねということでさえ、もう慣れすぎて忘れてしまっている。こんな毒舌ではあるが、根は優しい、いいこである。肝が座っている姉的の存在故に、美愛を溺愛している。長い藍色の髪を一つに束ね、目に宿された紫色の光は、実に美しい。
「心配なんだよ...上手く生活できるか、ね」
そして私。花咲詞織。 一言で表されると、第一言目で必ず返ってくる言葉は『平凡』その通り、髪はクリーム色で、何の面白みもない平凡な女子高生である。
私達は高校生活の一歩を踏み出したばかり。これから、どんなことが起こり始めるのか、まだ分かりはしない。ただ、私には疲労感が訪れる。二人といれるのは歓喜極まりないが、新しいことを始めるのは、苦手だ。
ただ、桜の花びらが散るたびに、新生活への不安が募っていく。二人が明るく校門に踏み出すなか、私は何気なしに、足を踏み入れる。
ふと見上げた空は清々しいほどに、澄み渡っていた。
**
拝啓 〇〇へ
『あはは。ねえねぇ。
突然だけどさ、この世で一体どれくらいのひとが亡くなっていると思う?興味深いと思わない?いまこうしている瞬間に、どれくらいのひとがさ、
交通事故。殺人。病気......等々で逝ってると思う?
そんなん、わかんないよね?
だって、いなくなると同時に、産まれてるんだからさ。ほらほら、今、北の方で老人が病気で亡くなったよ。おっと、またまた、南の方で、まんまるな赤ん坊が子宮から出てきて産声を上げたよ。
わかんない、ね?こんな一瞬の輪廻なんてさ。
ほら、例えば、桜の花弁が散るたびに、何処かで若葉が芽吹いてる。生命は皆、輪廻する。
こんな風にさ、
死と生は一緒にあるんだ。隣合わせで何時も仲良く一緒にあるんだよ。
それを分かってよ。
ねぇ。
君はさ、この手紙を手にして読んでる時点で
もう。
手遅れ、だよ?
あはは。じゃあさ。
両端で生きて、頑張ってみて?』
**
この手紙は宛先もなく、
もう一つの世界を旅して
出会い。生きる。
別れ。逝きる。
それを記した『君』へのお便り。
頑張って、旅しておいで?
いってらっしゃい。
敬具 〇〇より