~木場君は友人が出来ました~
これで登場人物の紹介は基本的に終わりました。
紅葉と昼飯を食べ終わるころ、金子が席に戻ってきた。
「え?え?二人ってそういう関係?」
あまりに唐突な物言いだが、俺は冷やかしごとには慣れている。
それにこういう場合、俺が何かいう事はない。
紅葉が毎回、否定し誤解を解いてくれる。
今回も例に漏れず、紅葉が「違う!違うよ?」と顔と手をぶんぶん振っている。
金子はそうかぁと、言いつつも如何わしげな目で俺ら二人を覗き込んでいる。
あんまり掘り返されると面倒なので、話題を金子に振ることにした。
「そういう金子は、天音に片思い中なのか?」
そう切り返すと思ったより冷静な言葉が返ってきた。
「まぁ、あんな美人は今後お目にかかれるかわからないからねぇ。挨拶だけはと思って。」
言いながら頭を振った。どうやら片思いというよりは友人になりたいとかそんなんだろう。
まぁ友人にすらなれるような気がしないのは、この際黙っておこう。
そんな会話を続けていると、金子に二人の人物が「よっ」と軽い挨拶を交わした。
「金子、元気してたか~」
そう声をかけたのは、ちょっと背の高めなイケメンと言って差し支えなさそうな、男だ。
もう一人は、何を話すでもなくダンベルを片手にふんふん言っている。ガチ体育会系色黒男だ。
「元気、元気。バリ元気!優も敬一も元気だったか?」
金子がそう言うと、二人してうなずいた。
「ところでこっちの方は?」
優と呼ばれたイケメンが、俺に問う。
「俺は木場雅、んで、コイツが大場紅葉。二人は?」
次いで二人が自己紹介をする。
イケメンの水木優に、体育会系の野原敬一。
昔の俺だったら両方に喧嘩を売っていたかもしれないが、
そんな野蛮な真似はもうしない。
「なぁ、腕相撲やってみねぇか?」
野原に問うと、「俺は強いが大丈夫か?」と自信にありふれているようだった。
俺がシャツの袖を捲り、力こぶを見せてやると、
少し驚いた顔をして、いいだろうと向かいの席、つまり金子の席に座った。
金子は敬一に筋肉で勝負を挑むとは、身の程知らずだな!と言っている。
水木も見え見えの結果を予想してか、興味なさげに携帯を開いた。
「んじゃ、構えろ。紅葉、コング役頼むわ。」
互いに机に腕を置き、熱い握手を取る。コングはまだ鳴っていないが、この時点で握力やら手の大きさで相手の力量を判断する。
北斗に比べりゃ青二才だ。
紅葉が俺らの拳に手を重ねファイっとコングを鳴らした。
二人の腕に力が入る。浮き出る血管の筋、筋肉の凹凸。15秒ほどの均衡。
視界に映るギャラリーが若干増えている。
さらに力を籠め、腕をグッと押し込む。
相手も負けじと、踏ん張るが45度ほど傾いた状態からでは俺の力を押し返せなかった。
ゴンという机に拳が叩きつけられる音を合図に勝敗が決した。
最初は5名ほどのギャラリーがいつ間にやら10人に増えている。
その中に一際、強そうな奴がいた。北斗である。
アイコンタクトを送るとニヤリと笑って席に着いた。
二回戦目の開幕だ。
俺は喧嘩を辞めたが筋トレは欠かしたことがない。
それは北斗も同じだろうから実力は五分五分な筈だ。
紅葉の声でコングがなると、
二人一斉に力を最大限まで上げた。
手加減は無しのガチバトルである。
結論から言うと、結果は敗北であった。
3分にわたる激闘だったことは言い訳にしかならない。
「やっぱ強えな、北斗」
「これで俺の11勝、勝ち越しだぜ、雅」
この会話からわかるように、コイツとの腕相撲は初めてではない。
喧嘩を辞めてからというもの、力の出しどころを見つけられないでいた俺に、
北斗が腕相撲を仕掛けてくれたのが発端だ。
これで31勝、42敗。
俺の方が10回分負け越している。
二人の腕相撲の勝敗が決まった時には暗黙の了解として、ドリンクを奢るという決まりがあった。
「コーラでいいか?」
「いや、今日は牛乳だな。」
了解とだけ返して、席を立つ。
それにしても牛乳とは珍しい日もあるもんだ。
午後の授業は事無く終え、放課後の時間がやってきた。
家に帰っても暇なので、誰かと遊ぼうかと教室をフラフラしていると、
窓から中庭で北斗が何かをしているのが見えた。
あいつがすぐに帰宅することなく学校に留まるのは珍しい。
中庭にいることも相まって人を埋めているんじゃないかと疑ったが、
草原から出てきた猫を見て、それは杞憂だったとわかった。
「牛乳ねぇ・・・。」
一人納得した俺は北斗をそっとしておくことにした。
あいつと猫が戯れてるなんてところを見たと知られた日には、
口止めに殴れぬとも限らない。
そんなことを考えている折、金子、水木、野原の三人が暇か?と話しかけてきたので、
おうと、返した。
この後カラオケに行くらしかった。
帰路から少し外れた場所にある、BanChanというカラオケ屋に入る。
3時間750円で飲み放題付ということで、俺の財布に入っている金で足りた。
あと250円高かったら、紅葉に借りることを考えなければならなかったが、
まぁ足りたのだから考えることもなくなった。
四人でカラオケというのは俺の人生の中ではきわめて稀で、
20年間で過去一回しか行ったことがない。
去年は紅葉と違うクラスだった為か、
一人でいる俺に話しかける奴はいなかったし、基本は北斗とつるんでいたので、そこに割込んでこれる奴はいなかったんだろう。
俺も北斗もダチと認めたやつにはとことん善人であったから、
入り込んでこれる奴なら仲良くなれるとは思うのだが、如何せん、最初のハードルが高い。
そして、俺らの方から話しかけても怖がられるのが目に見えていたので、そうはしなかった。
結果的にダチは少なかった。
そんななか、二年になって初日、いきなり交友が増えたことに嬉しさを感じていた。
水木が歌うのはメジャーな曲で知っている曲が多かった。
野原は予想通りというべきか、甲子園の応援歌で流れるような曲が多く、こちらもよく知っていた。
金子はアニメキャラがいろいろ出てくる歌を歌っていた。俺にはよくわからんが、水木も野原もデュエットしていたりしたので、
割と有名な曲なのだろう。
俺はというと無難な曲をチョイスしておいた。
B'sだの、BlueHerentなどだ。
これもまぁ言わずと知れた名曲が多いので、盛り上がっていたほうだろう。
ひとしきり歌い終えたところで、受話器の音が鳴った。
水木がそれを取って「あと10分だよ」と言うので、俺は帰り支度を整えた。
金子が「延長延長」いうので俺は金がねぇと財布を開いて見せた。
貧乏と思われたろうか。高校生ならこんなもんだろう。
俺のこづかいは月1000円。
飲み物買ってたらすぐになくなる。というか、カラオケ一回でほぼ壊滅した。
ここで周りのこづかいの状況について尋ねてみた。
水木は月5000円貰っているようで、うらやましくあった。
金子はバイトで稼いでいるらしく財布には2万も入っていた。
野原に関しては少々特別で、部活でのヒット一本につき500円との事らしい。無論野球部だ。
先月12本打ったので6000円だったそうだが、去年はスランプ続きで地獄だったそうな。
俺もバイトをやろうかなと思った。
BanChanを出ると外はだいぶ暗くなってきていた。
じゃあなと言うと、また明日ね~と返ってくるこの感じが心地よかった。
~紅葉の放課後~
放課後、小町ちゃんに誘われて3人でパフェを食べることになった。
一緒にいるのは、小町ちゃんの他に平塚静火という友人である。
普通にいい人なのだけど、目つきの問題なのか、私たち以外に友人がいない子だ。
カッコかわいいという言葉が似合うような女性で、つるんでる私から見るとツンデレという奴のように思える。
三人でパフェを食べていると、隣の席に知った顔がいた。
「あ、天音さん」
私が声をかけると、あ、え~と、と困惑顔だ。
助け舟として名前を名乗った。
天音さんも三人で来ていたらしく、森山緑さんと、花咲春さんという子がいた。
話しているうちに仲良くなれて、6人で連絡先を交換した。
パフェはもちろんおいしかった。
その後はデパートで買い物などをしてから帰宅した。
家に帰ってから、スマフォを開くと一通の通知があったので開いた。
天音です。お疲れ様。
今日は楽しかったです。またご一緒いたしましょう。
私はそれを見てふふんと笑い、ええ、また遊びましょうと返事をした。
最初は女王様系の子で冷たい印象を持っていたけれど、優しい子だとわかった。
二年生の初日は、とても楽しかった記憶だけが残った。
~天音美鈴の放課後~
「あ、天音さん」
声をかけてきたのは、普段木場君といる女の子だった。
連絡先を交換し、こんな子なんだと思った。
とても気さくで明るくて、木場君が惚れるのも無理はないなと思った。
自宅に帰る道のりでスマフォを開いてメッセージを送信しようと文を打った。
天音です、お疲れ様。
今日は楽しかったです。またご一緒いたしましょう。
今度は木場君も誘ってくださると嬉しいです。
結局送信ボタン押下の間際にいなって最後の行は削除した。
きっと木場君は私のことなど覚えていないのだから。