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ファウスト  天国と地獄  作者: 伊都 空色
1/1

ルシア参上

「何これ? これが私?

 お願いだから、すぐに元にもどして。お願い…」

水辺に映った自分の姿を見て、アダチは絶叫した。


「お前が、自分で望んだ姿がそれなのに、望んだ姿に

なるのが、どうして嫌なんだ? 」

淡々(たんたん)と老人の声が言った。


「私は、こんな姿なんて望んでない。こんな化け物の

姿なんて絶対に嫌だから。 早く元の姿にもどしてよ」

アダチは、さらに声を荒らげて言った。


見えない老人の声が、何か呪文のような言葉を発すると

たちまち、アダチは元の姿にもどった。


目の前の様子に驚いて、自分がどうしてここにいるのか

忘れてしまいそうだったが

俺たちは、臨海学校で、普段は交流のない他のクラスの

連中とチームを組まされ、そのチームの中でもさらに

役割ごとのサブチームがあらかじめ決められてあって

水を浄化する材料を集めてくるのが、この3人だった。

だから、お互いに顔はみたことあるくらいで、話をする

のも初めての3人だった。


その3人が、池のほとりで少し休憩をしていた時

いきなり、白いモヤが池の周辺にたちこめて

真っ白な雲の中に入ったような感じになり

その後から、あの老人の声が聞こえてきた。


老人といっても、姿は見えず、声だけで

俺たち3人に

お前たちは、今の自分の心の中を知っているか?って

聞いてきた後、自分の心の中を見せてやろうってことに

なって、さっきのアダチの『変身』になったのだった。



放心状態で、もはや何も耳に入って来なさそうなアダチ

におかまいなく、老人の声が続いた。


「ここは、お前たちの世界とちがって、自分の心で望んだ

ことやものが、すぐに姿をあらわす世界なだけで、それを

地獄と呼ぶ者もいるし、天国と呼ぶ者もいるというわけだ。

 

 自分の心の奥底の望みと、自分が頭で思っている望みが

ちがっている者には、ここは地獄に感じるだけだろう。


 お前たちの世界では、普通、望んだことが、すぐには

形にはならない。ある種の時間差が必ずあるが、それは

本当にそれが自分の望みであるのかを考えさせてくれる

時間的な猶予ゆうよであると同時に、望みがすぐに

かなわないことの意味を考えようとする者にとっては、

森羅万象の大きな流れを知ろうとする機会にもなっている

からだ 」


「じゃあ何? 今のは私にとっての罰ってこと?」

やっと普通の意識にもどったアダチが口を開いた。


「そう。罰かもしれんな。

 お前自身が、いつも、お前の心に与えて続けていた罰が

そうやって、お前の目の前に見えたという意味ではな。


 見たくない自分のこと、思い通りでない自分のことを

お前自身が許せないと、痛め続けた結果の姿が、化け物

のようにお前には見えたのだろう。


 見たくなかったものを見せつけられたという意味では、

それが罰であり、お前がずっと心の奥ではぐく

でいた本当の姿という意味でも、残酷な現実と言えるかも

しれんな 」

老人の言葉に、アダチは声も上げずに、ただ泣いていた。


「しかし、お前の方は、これまた、すごい姿だな」

老人に言われて初めて、俺は自分の姿を水辺にのぞきこ

み見てみた。


俺は、今すぐ、心を入れ替えようと決心した。


確かに、俺は女の子が好きだし、人にはけっして言ったこと

はないが、どんな可愛い子だろうが、最初は俺の方からの

一方通行でも、必ず向こうをその気にさせる自信があった。


しかし、今の俺の姿は、化け物というよりも道化どうけ

と言ったほうがよかった。


これでは、俺の一部分に性器がついているのではなく

性器の一部分に小さく俺がついている、まるで主人は性器だ。


「本当に面白い。お前のような姿を何人か見たことはあるが

こんなに大きいのは初めて見たよ。よほど好き者なんだな。

 別に悪いことではないが、そのエネルギーをぜひ、別の面

にそそげるようにして欲しいものだ。

 

 まあ、見てると笑い死にそうな位、迷惑な姿だから、すぐに

元にもどしてやろうな 」

老人はそう言った。


「さて、もう一人の女の子は、これまた不思議な姿だな」

そう老人に言われたイリエの姿は、形が見えない光の輝きだった。


「光の姿だけというのも、なかなか見たことがない姿だ。

 確か、お前さんは、親からもクラスメイトからもイジメられて

いたと聞いているが、老人がそう言うと


3人のサブチームになってから、ほとんど何もしゃべらなかった

イリエがしゃべり始めた。


「私は、いじめられているけど、どうして自分がいじめられるん

だろうって考える時に、このことには必ず何かの意味があるはずだ

って、ずっと思って、ずっとその意味を考えていた。

 

 そしたら、これは私にとって最悪なことじゃないんだ。普通の

贈り物ではなくて、私にとっての最高の贈り物が来るための、試験

みたいなものだって思えて来て、重たかった気持ちが、どんどん軽

くなっていくような感じだった。


 だから、学校の廊下で、アキノ君が、私の落としたエンピツを

ひろってくれた時、これは神様の贈り物のひとつだって思った。

私にとっては、それ位でも幸せなできごとだった。


 その後からは、私に幸せなできごとばかり続くようになってきた。

 両親が私を見て、初めて微笑ほほえんでくれた。

 友達も1人できた。

 先生も私の目を見て、名前で呼んでくれた。


 だから、アキノ君は私にとって、サンタさんだと思った。


 同じグループになって、すぐに話そうと思っていたんだけど

すごく緊張してだまりこむのは、今も変わってないものだから、

すぐに言えずに、ごめんね。 」


 忘れてしまっていたが、イリエから言われて、俺は思い出した。

普通に、落ちたエンピツをひろって渡しただけだったのに、あとから

クラスの連中から、ワケのわからないカラカイをされたことがあった。

 でも、ゴメン。イリエは俺の好みじゃない。そんな事は言えないけど。


「バカね。アキノは、イリエみたいなのはタイプじゃないんだって」

完全に元にもどったアダチが、俺の心の声を聞いたかのように言った。


「私は、アキノ君みたいに、いろいろな女の子と遊んでいる男子は最低

だと思っているけど、誰にでも平等にやさしいところは嫌いじゃないから」

イリエの『反逆』が始まったと俺は感じた。


「まあ。まあ。3人とも、もう少し天国と地獄の世界を見てみないか?」


そう言って、今まで見えなかった老人の姿が、白い雲のようなものが消え

ていくにつれて、はっきりと見え始めた。


 小さいな。

 その老人の姿を見て、3人とも、きっとそう思っただろう。


すてネコでも見るかのような3人の視線に気づいたかのように

老人は言った

「このサイズは、とにかくお前たちを萎縮いしゅくさせないようにと

いう気づかいだから、そんな目で見るな。 

 お前たちが、そんなバッタもんを見るような感じでいるなら、こちらも

正体を教えてやろう」


 小さな老人が、そう言った後、姿は消えたものの何も起こらないまま

 だいぶ間のびした時間が経って



「おまたせ」

いきなり、老人の声ではなく、若い女の子の声

「ちょっと衣装を探すのに時間がかかちゃって」

そう言いながら、まだスカートのホックがとまらないようで、手と意識

はそっちに気がいったままのようだが、女神か天使かわからないような

コスチュームで、『小さな老人』は変身していた。


「では、お3人がた。天国と地獄の体験ツアー 出発しまーす 」



「私、早くもどらないと行けないんで、ダメだから」

そう、アダチが言うと

「私も、特に今そんな気分じゃないんで、大丈夫です」

イリエも続いた。

「アキノッチ、助けてよ」

気安く、あだ名をつけるなよ。

だが、モト小さな老人が少し、あわれだった。


「わかったよ。3人で行こうぜ」

俺はそう言って、他の2人に、反対しないように目で説得した。

「しょうがないか」アダチがそう言うと

「2人がそう言うなら、私もかまいません」イリエも続いた。


「でも、まだ名前聞いてなかったですよね」

イリエが、モト小さな老人に聞いた。


「紹介が遅くなって申し訳ありませんでした。

 私は、天使見習いのルシアと申します。

 これからの7泊8日の天国と地獄の体験ツアーにお供させて

いただきますので、よろしくお願いしますね。

 

 念のため、ご心配されないようにお伝えしておきますが、この世界

での7泊8日は、あなた方の世界の時間になおしますと25分程になるよ

うです 」 


 こらからの移動は、慣れるまでは、これに乗って下さいと、なぜか

それぞれ1人に1台ずつ、ブレイブボード(体をクネクネさせて前へ進

むやつ)を渡された。 これに慣れるのに時間がかかりそうだと思い

ながら、電動アシストでも付いているかのように、スイスイと加速して

ルシアの後に俺たち3人は、ついて行った。


 つづく


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