田中くん
「やっぱり都さんは美人だなぁ」
彼女の腰辺りまで広がる美しい黒髪は、まるで絹糸のようにサラサラと風に靡いていて、後ろを歩く僕の鼻にも彼女の髪が振りまく花の香りが届いた。
前を歩く彼女の名前は藍井 都さんという。
都さんは同じクラスの、僕の隣の席の女の子だ。
美人だけど無口で無表情、少し暗い感じでクラスでも少し浮いている存在だ。
だけど、時々見せる笑顔は綺麗で、可愛くて、僕はそんな彼女が気になって仕方が無かった。
好きだと告白をしたいけど、僕には面と向かって彼女に告白する勇気が無い。
だから僕は授業中に【スキです】とだけ書いた手紙を彼女の机に忍ばせることにした。
彼女は授業中寝ている事が多いので、その隙に机に入れる。
気付いてくれるだろうか? 返事はもらえるかな?
そんな不安と期待で僕の頭の中は一杯になった。
・・・
翌日
しくじった。【スキです】と書いた手紙に、僕の名前を書き忘れたことに帰ってから気付いたのだ。
あの時は焦っていて、そこまで気が回らなかった。
改めてもう一度机に手紙を入れようと思ったけど、今日は彼女の様子が何時もと違っていて、授業中も眠りそうもない。
何処か警戒した様子で、気が立っているのか、何時もより機嫌も悪そうだ。
結局放課後になっても彼女の机に手紙を入れる事が出来なかった。
このままじゃ何時まで経っても僕は告白できない気がする。
僕は直接告白する決意をして、教室を飛び出した。
そのままの勢いで廊下を歩いていた彼女の肩を掴む。
「都さん、好きです!」
突如、世界が回転した。違う、僕は投げられたのだ。誰に? 都さんに、だ。
彼女は今まで見たことも無い、人形のように無表情で、いつの間にか持っていたナイフを僕の首筋に当てていた。
「……って、田中くん?」
「は、はい。」
僕に気付いたのか、都さんは何時もの雰囲気に戻って慌てたようにナイフを僕の首筋から外した。
「もしかしてあの机に入っていた手紙も田中くん?」
「えっと、多分そうかな。」
「私ってそんなに隙だらけかしら?」
「それどういう意味?」
「そのままの意味よ。」
都さんが言うには、僕の必死の手紙や告白を「隙だらけだぞ?」的な警告と勘違いしていたらしい。
「そんなアホな。」
「じゃあどんな意味なのよ?」
「あなたの事が好きって意味ですよ。ラブです。ラブ。」
都さんはキョトンとした後、顔を赤くして立ち上がった。
これは本気で気付いていなかったみたいだ。
「いや、そんな事、いきなり言われても!?」
この感じは脈ありと見て良いんだろうか?
良く分らないけど、今日は慌てる都さんを見れただけでも良しと思う事にしよう。
「ところで田中君は忍者じゃないわよね?」
「いきなり何? 僕が忍者に見えるの?」
「見えないけど………」
その日、僕は都さんと途中まで一緒に帰った。
告白の返事は待ってほしいそうだ。
帰り道で都さんは何度も僕の事を忍者じゃないか聞いてきたけど、どういう意味があったんだろうか? 謎だ。