勧誘 Solicitation
「やあ、初めまして。……いや、もしかしたらもう何度目か、かもしれないね。まあ、それに関してはボクははっきりと知ることができないことだから、……そうだね、こんにちは、とだけ言っておくよ」
長い髪に整った顔立ちのその人物は男か女か判断できない。そんな中性的な顔立ちをしている。ただ、その鋭く細い目は相手を威圧する力強さを持っていた。
「ああ、そんなに緊張しないで。リラックス、リラックス。別に君に何かをしたりはしないよ。それに、ここに来たのは君の意思だ。帰りたいのなら今すぐにでも帰ってもらって構わないよ」
「まあ、帰らないよね。そう思ってたよ」
その人物は微笑んだ。まるでここから離れなかったことを見透かしていたかのように。
「まあ、そうじゃないとお話は全部終わっちゃうからね。話を続けるためにも君が必要なのさ。君がいないと話が始まらないし、話を終わらせることもできない。……正確に言えば君の意思でいつでも終わらせることはできるんだけどね。中途半端で終わるのはボクも嫌いなんだ。そんなわけで、君は今のボクにとって必要不可欠な存在なのさ」
声は男の方が近いと思われるが、女と言われてもあまり違和感はない声だ。どちらか判断することは難しい。
「さてさて、ここはどこかわかる? まあ、どこにでもありがちな普通のファミレスなんだけど。今、君とボクは向かい合って座っている。ドリンクバーは君の後方さ。少し行ったところにあるよ。トイレはさらにその先。ちなみにこのテーブルのすぐ横の通路の向かい側は、通路に沿って二人掛け用の小さなテーブル席と外を眺められる一面ガラス張りが続いているよ。ボクの後方に向かってね。四人掛けのボックス席よりそっちの方が良かったかな。そんなこともないかな。まあ、変われると言えば変われるけど、面倒だからここで我慢してね。……どうだい? 大体想像できたかい?」
外を見ると、植木鉢に植えられた大きな植物の葉に水が溜まり、それが重さで下に落ちていくのが見えた。ガラスには至る所に水滴が付いている。空には夕焼けに照らされて赤い雲と、まだ青い空が共存していた。雨上がりの空だった。
「さて、君がここに来たってことは、ボクには君と話をする義務が生まれたってわけだ。つまらないと感じたらすぐに帰ってもらっても構わないよ。まあ、ボクは君につまらないと思わせないように話さないといけないわけだから、すぐに帰られるとボクのトーク能力が低かったってことで悲しくなっちゃうんだけどね。さてさて、何から話そうか」
悩むその人物を尻目に、横の通路を通り過ぎて行った黒髪の人物を見る。黒いパーカー、デニムに白いヘッドフォン。体型的に女性っぽいが男といわれても違和感はない。向かいに座る人物の方へ歩いて行ったので顔は見えなかった。
「そうだね。それじゃあ、神様の話をしようか」
向かいに座る人物はにこやかにそう告げた。
「今、君帰ろうと思わなかった? よく分からない変な宗教団体から勧誘行為を受けてるとか思わなかった? そんなことない? まあ、いくら聞き出しても君の心まで読むことはできないから本当のことはわからないけどね」
「さてさて、神様神様。日本には八百万の神様って言ってね、いろんな場所、物に神が宿っていると言われているのさ。この水やこのテーブルにも神様が宿っていて、神様はすべてを見ているのさ。ボクのことや君のことも。今もまさに、ね。……っていうのが、ボクの考えの基となっている考えであって、これからボクが話す内容に結びついていくわけなんだけど。その前に、そうだね……。君に聞きたいんだけど、うーん……。じゃあ、あの子にしようか。ボクの後方の窓際に座ってる茶髪の若い女の子。そうそう、あの子。最近の大学生って感じがピッタリのあの子を見てどう思う? どんな子? 聞かせてくれないかい? さあ、話して。…………………………うんうん。なるほどねぇ。なるほどなるほど。君にとっての最近の大学生はそんな感じなんだねぇ。オッケーオッケー、わかったよ。そのイメージをしっかりと心に刻んでおいてね」
「さて……、まあ、気付いてる人は気付いてるだろうけど、それは置いといて。ボクは最近の大学生って言ったけど、髪色以外は別に見た目について発言してないんだよ。つまり、今君が思い浮かべたその最近の大学生っていうのは、君自身が創り出した存在ってわけだ。そう、この短編を読んでる君自身がね。ああ、逃げちゃダメだよ。いや、別に逃げてもいいけど、ここで終わらせちゃうの? まあ、別にいいけどね。逃げないのなら君はこのファミレスで僕と向かい合って座ってる。それをちゃんとイメージしてね。
まあ、そのファミレスのイメージも君自身のものさ。大まかな見取りは最初に話したし、ファミレスの外もイメージできてるでしょう?確かにきっかけは僕の文章かもしれないけど、文章で説明していない部分のイメージは君自身が創り出したものさ。
僕はすべてのものに神様が宿っていると言った。それと同じでね。僕はすべての人間に神になれる力があると思っているのさ。
君が最近の大学生を思い浮かべたときに、その大学生が生まれた。つまり君が一人の人間を創り出したわけだ。それは神が人間を創り出すことと一緒。あとはその創り出した人間をしっかりと一人の人間として形にできれば、君は神になるのさ。
神に創り出せるのは人間だけじゃないさ。新たな世界自体も創り出すことができる。
さあ、ここにあるのは無限に湧き出る原稿用紙と無限に書けるペン。これさえあれば世界はいくらでも創り続けることができる。いくらでも。無限に。永遠に。自分のイメージの泉が枯れ果てるまで。
僕の名前は夢猫沙夢。単なるインチキさ。
さあ、共に神の道へと歩もうじゃないか」