表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
弐.凍土の獣と炎の拳
9/114

一.

 ――そこは、普段は新兵の教育に使われる大教室だった。部屋中にびっしりと無数の椅子と机が並び、正面には教壇と大黒板がある。

 午後の穏やかな陽光が差し込むその部屋に、二人の人間がいた。

「大夏国東北部に、崑崙という地がある」

 教壇に立ち、大佐は静かな声で言った。

 灰色の髪を中途半端に伸ばしている。さほど背は高くないが、体格はがっしりとしている。霊軍の所属であることを示す黒の軍服を着て、軍帽を被っていた。

 特徴的だったのは、その顔の左半分。炎を思わせる黒い紋様が入っている。

 大佐は鋼色の眼を細め、最前列の席を見つめた。

「この崑崙の地は巫覡機関の動力源の他、様々な資源が眠っているが――先日、この場所で何が起こったのか、知っているな?」

「えぇ。アリョール帝国が先日、侵攻を始めた場所です」

 たった一人の生徒――三笠はうなずいた。

 歳は十五歳。軍帽の下の面差しは幼い。だが、その赤い瞳は射貫くように鋭かった。

 大佐は満足げに頷き、淡々とした口調で語る。

「よろしい。――連中の蛮行を許せば我が神州の権益だけでなく、ゆくゆくは国土までが脅かされかねない……しかし、アリョール帝国は、世界でも有数の呪術国家だ」

「マキナの数も、世界第三位だとか」

「うむ。特に常勝不敗を謳われたバルチックの名は、お前も知っているだろう」

「バルト海方面の精鋭マキナの軍、ですね」

「そうだ。そしてそのバルチックが、崑崙に向け移動を開始したとの報告が入った……指揮官はクニャージ=スワロフ。弱冠十七歳だが、相当な強者だ」

「……アリョール帝国は、焦っているのでしょうか」

「おそらく。もう帝制は限界だ。霊脈を獲得できねばあの国は崩壊する――だが、それよりもだ。わかるか、三笠。この意味が」

 大佐は教壇から離れると、三笠のすぐ目の前に立つ。

 三笠は赤い瞳でじっと男を見上げた。

「開国間もない我が国が――我が霊軍が、ついに世界に名だたる軍と戦う時が来たのだ」

 大佐が押し殺した声で語る。

 しかしその鋼色の瞳は熱を帯び、言葉にはかすかな興奮がにじんでいた。

 それに対し、三笠は淡々と答える。

「私達が――六六部隊が出撃するのですか」

「無論。バルチックに対抗できるのは六六部隊だけだ。富士、八島、敷島、朝日――特に三笠、お前は別格だ。今作戦ではお前が六六部隊の指揮をとれ」

「……いえ、私は未だ若輩です。富士殿、敷島姉上が隊長となるのが妥当でしょう」

「いいや。三笠、お前しかありえない」

 大佐は三笠の肩に手を置いた。

 三笠はわずかに体を硬くして、間近に迫る鋼色の瞳を見つめた。

「お前は私の最高の作品だ。……この世に、お前に勝てるマキナなど存在しない」

「……私、は」

「何をおののく事がある? あの雪の日、鬼を皆殺しにしたお前の姿を見てすぐにわかった。お前は、マキナになるために生まれてきた存在だと」

 三笠は思わず視線をそらす。しかし大佐の言葉は、その胸に深々と突き刺さった。

「――お前の存在意義を果たせ、三笠」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ