一.
――そこは、普段は新兵の教育に使われる大教室だった。部屋中にびっしりと無数の椅子と机が並び、正面には教壇と大黒板がある。
午後の穏やかな陽光が差し込むその部屋に、二人の人間がいた。
「大夏国東北部に、崑崙という地がある」
教壇に立ち、大佐は静かな声で言った。
灰色の髪を中途半端に伸ばしている。さほど背は高くないが、体格はがっしりとしている。霊軍の所属であることを示す黒の軍服を着て、軍帽を被っていた。
特徴的だったのは、その顔の左半分。炎を思わせる黒い紋様が入っている。
大佐は鋼色の眼を細め、最前列の席を見つめた。
「この崑崙の地は巫覡機関の動力源の他、様々な資源が眠っているが――先日、この場所で何が起こったのか、知っているな?」
「えぇ。アリョール帝国が先日、侵攻を始めた場所です」
たった一人の生徒――三笠はうなずいた。
歳は十五歳。軍帽の下の面差しは幼い。だが、その赤い瞳は射貫くように鋭かった。
大佐は満足げに頷き、淡々とした口調で語る。
「よろしい。――連中の蛮行を許せば我が神州の権益だけでなく、ゆくゆくは国土までが脅かされかねない……しかし、アリョール帝国は、世界でも有数の呪術国家だ」
「マキナの数も、世界第三位だとか」
「うむ。特に常勝不敗を謳われたバルチックの名は、お前も知っているだろう」
「バルト海方面の精鋭マキナの軍、ですね」
「そうだ。そしてそのバルチックが、崑崙に向け移動を開始したとの報告が入った……指揮官はクニャージ=スワロフ。弱冠十七歳だが、相当な強者だ」
「……アリョール帝国は、焦っているのでしょうか」
「おそらく。もう帝制は限界だ。霊脈を獲得できねばあの国は崩壊する――だが、それよりもだ。わかるか、三笠。この意味が」
大佐は教壇から離れると、三笠のすぐ目の前に立つ。
三笠は赤い瞳でじっと男を見上げた。
「開国間もない我が国が――我が霊軍が、ついに世界に名だたる軍と戦う時が来たのだ」
大佐が押し殺した声で語る。
しかしその鋼色の瞳は熱を帯び、言葉にはかすかな興奮がにじんでいた。
それに対し、三笠は淡々と答える。
「私達が――六六部隊が出撃するのですか」
「無論。バルチックに対抗できるのは六六部隊だけだ。富士、八島、敷島、朝日――特に三笠、お前は別格だ。今作戦ではお前が六六部隊の指揮をとれ」
「……いえ、私は未だ若輩です。富士殿、敷島姉上が隊長となるのが妥当でしょう」
「いいや。三笠、お前しかありえない」
大佐は三笠の肩に手を置いた。
三笠はわずかに体を硬くして、間近に迫る鋼色の瞳を見つめた。
「お前は私の最高の作品だ。……この世に、お前に勝てるマキナなど存在しない」
「……私、は」
「何をおののく事がある? あの雪の日、鬼を皆殺しにしたお前の姿を見てすぐにわかった。お前は、マキナになるために生まれてきた存在だと」
三笠は思わず視線をそらす。しかし大佐の言葉は、その胸に深々と突き刺さった。
「――お前の存在意義を果たせ、三笠」