六.
「【凍てつく星辰!」
「なっ――!」
三笠はとっさに横っ飛びに転がった。
直後、それまで三笠が立っていた場所に凄まじい勢いで氷弾が叩き込まれる。
「三笠、決闘よ」
スワロフが荒く呼吸しながら言った。
肩から腕にかけてが、白い霜と氷の装甲で覆われている。
その背中には、巨大な雪の結晶のようなものが浮かんでいた。とげとげしい形状のそれは白い冷気を漂わせつつ、静かに煌めいている。
「魄炉を開放しなさい」
「ば、馬鹿者! そんな状態で特攻鬼装を発動させるな!」
三笠は思わずスワロフを怒鳴りつけた。
特攻鬼装――それはマキナの兵装の中でも最強の装備だ。魄炉を完全に解放し、絶大な力をもって敵を殲滅する最終奥義。
スワロフの背後に浮かぶ氷の結晶を睨み、三笠は必死で訴えた。
「鬼装を納めろ、スワロフ! そんな体じゃ、霊気を消耗して死んでしまうぞ!」
「黙りなさい! 六年前――あの戦いの屈辱を、今こそここで晴らしてみせる!」
怒声とともにスワロフが斬りかかってくる。
「ちいっ!」
三笠は大きく舌打ちをして、刀でサーベルを受け止めた。
「く……!」
凄まじい冷気が腕を貫いた。
冷え切った腕の感覚が麻痺していく中、三笠はスワロフを睨んだ。
「この……馬鹿が!」
「何をしているの、三笠! 魄炉を開放しなさい!」
スワロフはぎりぎりと力を込めてくる。そのせいで右肩からいっそう血がだくだくと零れ、冷気によって赤い結晶と化した。
苦痛に顔をゆがめながら、スワロフは怒鳴った。
「早く特攻鬼装を出して! あの力を見せてごらんなさい!」
「断る! こんな状態のお前と戦うつもりは――ないッ!」
「くうっ!」
三笠は一気に押し返し、スワロフと距離をとった。
スワロフは再びサーベルを構えるが、やはり肩で息をしている。
「くっ……意地でも戦わないつもりなのね? どこまでも腹の立つ女……!」
「もうよせ、本当に命に関わるぞ」
「ならば意地でも開放させてあげるわ! 行くわよ!」
静止する三笠の声を遮り、再びスワロフがサーベルを振るう。途端、スワロフの周囲に漂っていた白い冷気が一気に膨れあがった。
キラキラと輝きながら、空気中に鋭い氷柱が次々に形成されていく。その数は視界を埋め尽くすほど。先ほどの機巧妖魔の時の比ではない。
それらすべてが、三笠めがけて一斉にぶちまけられる。
「くっ、聞く耳をもたんか――やむを得ん!」
三笠はカッと目を見開いた。
圧倒的な冷気とともに、壁のように迫ってくる無数の針弾。
――すべて、見切った。
三笠は左足をざっと後ろに引き、刀を腰だめに構えた。
その鼻先に、鋭く輝く氷の弾丸が迫る。
「はっ――!」
瞬間――氷針が砕け散った。
まばたきすらせず三笠は迫り来る氷針を粉砕していった。刀を振るう手はあまりの速度に霞み、ひるがえす刃はほとんど閃光のようにしか見えない。
背後の木々が氷針により蜂の巣にされ、轟音を立てて倒れていく。
しかし三笠は眉一つ動かさず、間合いに入った氷針はことごとく粉雪に変えていった。
その姿は徐々に、白い雪煙の中に消えていく。
やがて最後の氷針が真っ二つに叩き切られ、砕け散った。
「……これくらいか」
三笠はざっと刃を振るってから納刀する。
顔を上げれば、冷たい薄煙の向こうに人影が揺れているのが見えた。
「はぁっ、はぁ……くうっ、こんなっ……!」
スワロフはあえぎ、胸元をきつく押さえ込む。
その拍子に、彼女の肩や腕から透明なかけらが落ちていった。どうやら呼吸するたび、氷の装甲がぼろぼろと崩れていっているようだ。
たしか、あんなにもろい鬼装ではなかったはず。――どうやら、本当に限界のようだ。
三笠はゆっくりと口を開いた。
「おい、スワロフ――」
「くっ、まだ……三笠ァアアアアアアア!」
スワロフの瞳がまた青く燃え上がった。
絶叫とともにスワロフが駆け出す。氷のかけらや血の雫を振りまきつつ、馬鹿正直なほどまっすぐ三笠を狙ってサーベルを構えている。
三笠は空を見上げ、嘆息する。
「……どうしてこう、ままならないんだ」
「ァアアアアア!」
無防備に晒された白い喉めがけて、スワロフの切っ先が突き出された。
瞬間、三笠の姿がかき消える。
「なっ、どこに――くぅ!?」
「もうやめろ」
およそ二歩でスワロフの背後に回り込み、三笠はサーベルを押さえつけた。
肩の傷に配慮しつつ、スワロフの耳元で訴える。
「それ以上は命に関わるぞ」
「離して!」
「ぐッ!」
みぞおちを狙って肘を突き出された。
それをとっさに防いだ瞬間、三笠の腕の中でスワロフの体がぐらりと傾いだ。
「お、おい、スワロフ!」
急激に重みを増した体を、三笠はなんとか抱える。三笠に比べれば長身だが、ずいぶん華奢な体のつくりをしていた。
スワロフの顔はひどく青ざめ、ぼそぼそとうわごとをつぶやいている。
「ワタシは……ワタシ、は……」
青い瞳がふっと光を失い、閉じられた。
三笠はおずおずと手を伸ばし、スワロフの細い首筋に触れた。
「……生きてる」
霊気の使いすぎで、意識を失ったのか。
ほうっと息を吐き、三笠はスワロフを抱え直した。
よくよく見ると、白い肌には無数の傷が刻まれていた。特に深い肩の傷に負担がかからないよう、三笠はスワロフを楽な姿勢にしてやる。
「……とりあえず連れて帰るか。――しかし、参ったな」
まさか、かつての宿敵を救うことになろうとは――三笠は頭を掻き、ため息をついた。